タックスファンタスティック Tax Fantastic!!第36回テーマ 税理士はお客様との距離が近い?

監 子 税太君、画面越しでいいからちょっと聞いてくれない?(泣)


税 太 か、監子さん、その悲嘆にくれる様子から推察するに、例のマッチングアプリで知り合ったJリーガーの男性、ダメだったんですか?


監 子 そうなの、これで何度目かしら?彼にメッセージ送ってくれた理由を聞いたら、「プロフィールに会計士って書いてあるから、いいお金の増やし方を教えてくれるんじゃないかと思ったんだ」って!会計士は錬金術師じゃないわよ!


襟 糸 監子君、恋愛としてはドンマイだが、これは仕事になるんじゃないか?


監 子 「ドンマイ」って、外野フライをスライディングして落とした野球少年をフォローするんじゃないんですから!後輩が落ち込んでいるのにテキトーにもほどがありますよ…。それに恋愛相手を探してるのに「仕事になるかも」ってフォローもどうかと思います。後輩にもそんな的外れな対応で、襟糸先輩はお客様にきちんと親身になって対応できているんですか?


税 太 監子さん、仮にも襟糸先輩は先輩なんですからそんな強いツッコミをしなくても…。確かにデリカシーに欠けますが、八つ当たりはよくないですって。


襟 糸 おい、税太君こそ、仮にもとはなんだ。顧客対応は問題ない。顧客から信頼してもらうために、日頃から専門書籍を読んだり研修に出たりして知識をつけているし、これまでの経験もノートに蓄積して他の仕事に活かせるようにしているからな。


監 子 でも何かが足りないのよね、襟糸先輩は。何か偉そうというか、常に上から目線というか…。


襟 糸 それを言ったら監子君だって、会社や経営者を監査するなんて上から目線の極みじゃないか!


監 子 そりゃそういう仕事ですからね!仕方ないのよ!


税 太 おふたりともやめましょうよ!後輩の私が言うのも生意気ですが、こんな言い合いをするおふたりのお客様対応が不安になってきました…。お客様と税理士の関係は友達や夫婦とは違うかもしれないですけど、信頼関係が大切なのは同じですよね。上から目線で一方的にズカズカくる人は信頼できないと思います。


田久巣 うむ。税太君の言うとおりだ。ふたりに共通しているのは「先生であろうとしすぎること」だな。確かにプロとして仕事をするわけだから、先生であろうとすることは間違いじゃない。しかし自分がまったく懐を開かないのでは信頼感は生まれないし、相手の懐に入るのは難しいと思うぞ。


監 子 所長のその話、どこかで聞いたことがあります。


田久巣 これは昔からいわれていることだよ。夏目漱石も『硝子戸の中』という随筆の中で「教えを受ける人だけが自分を開放する義務をもっていると思うのは間違っています。教える人もおのれをあなたの前に打ち明けるのです」と書いている。自分のほうから心を開いて話をすることで相手も本音を話しやすくなるということだ。


監 子 恋愛でもそうなのかしら?私、恋愛では主導権を握りたいと思っているから、自分の弱みを見せないように、取り繕って話したり見栄を張ったりしてたかも。相手には質問攻めで本音を聞き出そうとしているのにね。


田久巣 仕事だってそうだ。友達や夫婦のようになれとは言わないが、本当に顧客に寄り添ったアドバイスがしたいなら自分のことも打ち明けないといけないね。ちなみに私は「最近腹が出てきて髪が薄くなり始めて、娘から疎まれがちなんです…」と話すのだが、本気で話せば話すほど、そのあとの仕事の話は円滑にいくものだ。


監 子 所長、本気でお腹と頭髪に悩んでいたんですね…。私も自分がダメ男を好きになりがちなことと、恋愛では主導権を握りたいと思っていることを出会った男性に正直に話すことにします!


田久巣 …えーっと、正直に話しすぎて恋愛はドンマイが続くかもしれんが、監子君の恋愛話はおもしろいから仕事の雑談ネタには事欠かなそうだな(笑)

【今回のポイント】

日本では教師や医者と同様に士業を「先生」と呼ぶ習慣がある。そう呼ばれることを嫌がる人もごくまれにいるが、私を含めて抵抗がない人の方が多い。理由は簡単で先生と言われると悪い気がしないからだ。しかし「先生」と呼ばれることで、「先生らしくあらねば!」と威厳を保とうするがあまり、顧客に対して上から目線になってしまう税理士もいる。それだと顧客目線で物事を捉えられなくなるし、顧客の気持ちに寄り添ったアドバイスができなければ、顧客は離れていってしまう。自分が話し過ぎて相手を委縮させてしまうのはよくないが、自分の話をうまく織り交ぜることで、顧客との距離を近づけ信頼関係を築くことができるだろう。それでもうまくいかなかったら「ドンマイ」だが、その経験も話のネタになるはずだ。


[『TACNEWS』 2021年8月号|連載|タックスファンタスティック]

Profile

筆者 天野 大輔(あまの だいすけ)

1979年生まれ。公認会計士・税理士。税理士法人レガシィ副代表/代表社員パートナー。慶應義塾大学卒業、同大学院修了(フランス文学を研究)。情報システム会社でシステムエンジニアとして勤務。その後公認会計士試験に合格、監査法人兼コンサルティング会社に入り、会計監査、事業再生、M&A支援等を行う。その後日本で最大級の相続税申告数実績のある税理士法人レガシィへ入社。相続・事業承継対策の実務を経て、プラットフォームの構築を担当。2019年7月には会計事務所向けWebサービス「Mochi-ya」をリリース。2020年8月にはシニア世代向けWebサービス「相続のせんせい」をリリース。主な著書『改訂版 はじめての相続・遺言100問100答』(2017年、明日香出版、共著)。