読めばモチベーションUP?ビジネスや会計の気になる「あの本」を紹介 萌さんとカッキーの読書室 #35

 

仕事と資格マガジン『TACNEWS』から生まれた会計小説『女子大生会計士の事件簿』のメインキャラクター、公認会計士・藤原萌実(萌さん)と新人スタッフ・柿本一麻(カッキー)のふたりが、気になる本について激論を交わす…?!ゆったり、まったり、時に激しい、「楽しく、ためになる読書室」です。

文豪、社長になる


『文豪、社長になる』

 著者  :門井慶喜
 出版社 :文藝春秋
 初版  :2023年


カッキー 萌さんは休憩時間によく本を読んでますけど、何を読んでいるんですか?

萌さん だいたい小説だけど。結構仕事に役立つこともあるしね。何か変?

カッキー 変じゃないですけど、僕らの仕事には全然関係ないと思うのですが……。

萌さん そんなことないわ。例えば、今私が読んでいる本とか、とても勉強になるわよ。

カッキー 『文豪、社長になる』ですか。

萌さん 『家康、江戸を建てる』『銀河鉄道の父』で有名な門井慶喜先生の小説よ。今回の主人公は菊池寛なの。

カッキー 菊池寛――どこかで名前は聞いたことがあるような、ないような。一体誰でしたっけ?

萌さん 大正から昭和にかけての文豪の一人よ。現代文の文学史の授業で習ってないかしら。

カッキー 言われてみると、習った気もします。

萌さん 菊池寛はその時代に活躍した小説家というだけでなく、芥川賞や直木賞といった文学賞を創設した人でもあるのよ。

カッキー えーっ、めっちゃ有名じゃないですか!

萌さん あと、文藝春秋という会社を作ったのもこの人なの。

カッキー えーっ、えーっ、めっちゃ有名な出版社じゃないですか!『週刊文春』とかも出していますよね。ということは、この人がいなかったら「文春砲」もなかったということですか。

萌さん まあ、そうなるかしら。

⬤ 菊池寛略年譜
1888年(明治21年) 香川県高松市に生まれる。
1903年(明治36年) 県立高松中学校入学(現県立高松高等学校)。
1916年(大正5年)  京都大学卒業。時事新報社入社、社会部の記者となる。
1917年(大正6年)  戯曲「父帰る」等発表。
1918年(大正7年)  「無名作家の日記」「忠直卿行状記」等発表。文壇での地位を確立。
1920年(大正9年)  新聞小説「真珠夫人」で成功。
1923年(大正12年) 文藝春秋社を創設。雑誌『文藝春秋』創刊。
1927年(昭和2年)  誌上座談会を創出。
1935年(昭和10年) 早逝した親友・芥川龍之介、直木三十五を悼み、芥川龍之介賞、直木三十五賞を創設。
1939年(昭和14年) 菊池寛賞を設定。大日本著作権保護同盟会長。
1948年(昭和23年) 狭心症により59歳で急逝。

(高松市公式ホームページ等を元に筆者作成)


カッキー 年表を見ますと、とても順調な人生ですね。

萌さん それがさ、この小説を読むと全然そんな感じがしないわけよ。大学も入ったり出たりだし、夏目漱石の門下だけどなかなか芽が出なかったり。

カッキー そういう時代もあったのですね。

萌さん 特に、高校時代の同級生・芥川龍之介に、文壇の世界では随分と先を越されてしまったのよ。

カッキー あの『羅生門』や『蜘蛛の糸』の芥川龍之介ですよね。教科書で読みました。凄いですね、同級生だったなんて。

萌さん 結局、菊池寛は“友人の芥川龍之介に嫉妬しまくる”という小説を書いてブレイクするんだけどね。

カッキー それも凄い話ですね……。で、一体どのタイミングで文藝春秋社を立ち上げるんですか?

萌さん その前に雑誌を創刊するの。平成の時代でもドラマ化された『真珠夫人』とかが当たって人気作家になるんだけど、執筆が忙しくて川端康成ら後輩たちの作品を読む時間がない。だから雑誌を作ったの。

カッキー ちょっと待ってください。後輩の作品を読むのに、なぜ雑誌を出す必要があるんですか?。

萌さん 後輩たちは自分が世に出るために、菊池寛に作品を読んでもらって評価してもらいたい。そして、あわよくば雑誌で紹介してもらいたい、と期待しているの。だけど、菊池寛には時間がない。だったら、菊池寛自身でお金を出して雑誌を作って本屋さんで売れば、勝手に他の作家や雑誌社・新聞社が注目してくれる。そして、菊池寛自身は作品を読まなくても済む。

カッキー もの凄い発想の転換ですね。後輩たちは世に出たい、菊池寛は作品を読む時間はないが後輩の面倒はみてあげたい。今で言うWin-Winですが、なんだか合理的すぎてちょっと違和感もあります。

萌さん その違和感の正体は、小説家らしくないって点じゃないかしら。とてもビジネスマン的な発想よね。で、こうして誕生した雑誌が『文藝春秋』ってわけ。そこに、芥川龍之介、川端康成、横光利一、今東光らが寄稿して好評を博するの。

カッキー 雑誌は最初から好調だったんですね。

萌さん そうね。で、『文藝春秋』の人気に拍車をかけたのが、直木三十五が企画して執筆した文壇のゴシップ記事なの。

カッキー ゴシップ?

萌さん 作家の仕事や私生活を興味本位にあげつらう記事よ。取り上げられた作家からの抗議も凄かったみたいだけど。

カッキー 今の「文春砲」に繋がる何かを感じますね。

萌さん こうして雑誌の人気が出たあと、今度は文芸誌というスタイルにこだわらず、政治や時事ネタ、海外事情、スポーツ、歴史読物、旅行案内など、世間が興味を抱くありとあらゆるものを対象にした総合雑誌に衣替えするの。

カッキー 今の『文藝春秋』や『週刊文春』に近い形ですね。

萌さん さらに菊池寛は、“座談会”という新しい記事の形式を発明したの。

カッキー 座談会ってそれまでなかったんですか!

萌さん そうみたいね。芥川龍之介のような忙しい作家に原稿の依頼をするのが大変だから、特別な準備がいらない、推敲もいらない、大物でも参加しやすい方式を考えたようよ。

カッキー その辺りの効率化も、ビジネスマンらしい才覚ですよね。

萌さん そうそう、総合雑誌に衣替えする際には、会計に関係した話も出てきたわよ。

カッキー どういう話ですか?

萌さん 総合雑誌にすると社会評論や政治評論の記事も必要になるんだけど、他のライバル雑誌もあるから、一流の書き手がなかなか書いてくれない。幹部と議論する中で、原稿料を他誌と大体同じにする戦略を採ることになったんだけど、他誌が出している原稿料の相場がわからない。

カッキー それは困りましたね。

萌さん すると、若い広告部長が『知らない雑誌でも、定価と目次を見りゃあ原稿料はわかります』と言い出すの。それに同調した菊池寛は編集部員にこう言うの。

「(省略)定価に発行部数をかければ売り上げの総額が出る。それに広告料収入を足す。そこから紙代や印刷代を引いて、取次や小売店の取り分を引いて、編集部員の給料を引いて、残りを目次と照らし合わせれば……」
「部数や部員の給料はわかりませんよ」
「部数は定価を見れば大体わかる。雑誌は売れれば安くできるんだ。広告料収入は想像でいい。部員の給料も想像でいい。一円一銭にいたるまで正確な情報がそろわなきゃ計算できないっていうのは、君、一種の怠惰だよ。意味ないよ」
「すみません」

(「会社のカネ」より抜粋)


カッキー いまで言うところの“フェルミ推定(一見予想もつかないような数字を、論理的思考能力を頼りに概算すること)”ですね。

萌さん ビジネスをやる上で欠かせない能力よね。

カッキー つまり、この辺りが本書の会計的にとても勉強になる点なんですね!

萌さん まあ、ここもそうだけど、一番勉強になるのは、文藝春秋が売れているのに「会社の金庫に、現金がない」事件なんだけどね。

カッキー なんですかそれは!

萌さん 放漫経営と横領疑惑。特に横領疑惑のほうが、さっき出てきた広告部長が怪しいんだけど……。

カッキー 広告部長ということは、広告収入の一部を着服したとかですか? そういった不正の手段は、いまも昔も変わらないですね。

萌さん そうね。この横領疑惑の顛末は、本書を読んで頂くとして、菊池寛の生涯を通して、経営や経営者としての苦労や悲哀、そしてやり甲斐も知ることができるわよ。

[『TACNEWS』2023年10月号│連載│萌さんとカッキーの読書室]

著者プロフィール

山田真哉(やまだしんや)

公認会計士・税理士。TAC梅田校出身。中央青山監査法人(当時)を経て、現在、芸能文化税理士法人会長。株式会社ブシロード等の社外監査役。著書に『女子大生会計士の事件簿』シリーズ、『世界一やさしい会計の本です』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』等。

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