日本のプロフェッショナル 日本の会計人

髙橋 達徳(たかはし たつのり)氏
税理士法人リリーフ 代表
税理士
1991年、千葉県千葉市出身。武蔵野大学大学院修了。2020年、税理士登録。大学院修了後、大手税理士法人に勤務。2022年4月、税理士事務所リリーフとして独立開業。2024年、法人化し、税理士法人リリーフを設立、代表社員。
学生時代にこそ、税理士をめざしてほしい。
大学4年生で簿記論と財務諸表論に合格した税理士の髙橋達徳氏。その後、大手税理士法人勤務を経て、2022年に30歳で独立開業を果たしている。髙橋氏はなぜ税理士をめざし、30歳で独立開業したのか。その歩みを追いながら、独立開業で直面した赤字、経営者としての苦悩、そして今後の方向性についてうかがった。
野球少年は税理士をめざす
2022年4月、30歳の税理士、髙橋達徳氏は地元千葉県千葉市で独立開業を果たした。髙橋氏はどのような経緯で税理士をめざしたのかをひも解いていこう。
子どものころ、警察官である父親に剣道を勧められたが、痛くておもしろくないと感じた髙橋少年が熱中したのは野球。小学校4年生のとき、友だちに誘われて遊びがてらやってみたら、同じスポーツでもこんなに楽しいんだと子ども心に衝撃を受けた。
「そこからは、高校の途中まで、野球一筋でした。とにかく打球を遠くへ飛ばせるすごい選手になりたい。その一心で練習に励んでいました」
しかし、高校生になると自身の実力を客観視できるようになる。ライバルチームには、のちにプロ野球選手として活躍する選手もいた。
「それまで野球に没頭するあまり、将来について深く考える機会がありませんでした。ただ、漠然と自分でビジネスをやってみたい、経営の現場を間近で見てみたいという思いは持っていました」
そんなとき、たまたま高校に訪れた専門学校の担当者による資格説明会があった。
「税理士という資格が、実に多様な業種・業態の企業に関わることができると知りました。企業の財務数値を扱い、外部の視点だけでなく内部からも経営を見ることができる。様々な企業との関わりの中で、『これは興味深い、自分も携わってみたい』と思える仕事に出会えるのではないかと考えました」
加えて、もうひとつの動機があった。髙橋氏が中学生のころ、祖父の相続税申告に税務調査が入り、思いがけず追徴課税が発生し母親が困惑していたという出来事を目の当たりにしていた。そのような記憶もあり、資産を守るには正確な知識が不可欠だと感じ、簿記の勉強を始める契機となり、税理士を志す第一歩となった。

大学4年生で簿記論・財務諸表論に合格
「実際に簿記の勉強を始めたのは大学に進んでからです。日商簿記検定3級、2級と順調に取得しました。大学3年次に、大学の学内講座で税理士試験の簿記論と財務諸表論を学べることを知り、本格的な勉強を始めました」
そんな髙橋氏は大学4年次に、簿記論と財務諸表論の2科目に現役合格している。
「大学4年生になると、周囲はみんな就職先が決まっており、自分だけが宙に浮いた状態でした。そのとき初めて、本気で取り組まなければならないと危機感を覚えました。もともと、勉強が得意ではなく、それまで学業に真剣に向き合ってきたとは言えません。人並みの方法では合格できないと考え、自分なりの学習法を模索しました。書いて記憶することが苦手だったため、要点を書き出して壁に貼る、音声で繰り返し聞いて覚えるなど、様々な工夫を重ねた結果、2科目同時合格を実現できました」
とはいえ、就職活動をしていない髙橋氏に、学内講座の講師は「実務のほうが大変だから、早く税理士になったほうがいい。大学を出たら大学院に行きなさい」とアドバイスした。
「そのアドバイスを受けて大学院に進学しました。大学院の2年間で法律科目1科目に合格しようと決意しました。ただ会計科目に合格していた安心感や2年目に本腰を入れれば合格できるという甘い考えがあったことも否定できません。もちろん本気で勉強して、本試験では消費税法を受験しました。
試験終了直後には合格を確信していました。しかし、会場を出たあとに問題を見返したところ、設問の根本的な部分での致命的な誤りがあることに気づきました。理解が不十分な点ではなく、十分に理解していた範囲でのミスによる不合格でした。それに気づいた瞬間の衝撃と悔しさは、今でも忘れられません」
大学院を修了した髙橋氏は大手税理士法人に就職し、実務と受験を両立していくことにした。
「実務に就いて初めて、覚えるべきことの膨大さを実感しました。受験勉強は続けていましたが、実際に合格できたのは入所4年目の2019年です。合格した年は、週末の朝一番にTACの自習室に向かいました。多くの受験生の中から、もっとも集中して学習していると思われる人をひとり選び、その人が退室するまでは絶対に帰らないと決めて勉強しました。結果的に、ほぼ毎回自習室の閉室時間まで残っていましたね」
こうして髙橋氏は税理士試験に合格し、大手税理士法人在職中の2020年に税理士登録を果たした。
自分の働き方を変え、働きやすい環境を作る
髙橋氏が勤務した大手税理士法人は総合型税理士法人であり、多岐にわたる業務を取り扱っていた。
「大手税理士法人の特徴である相続税の申告は数多く経験しましたし、法人の顧問業務、組織再編など幅広い実務に携わることができました。大規模組織の中で自身のポジションを確立していくことは容易ではありませんでしたが、大型の案件も多数担当し、やりがいもありました。いずれは独立という気持ちを持ちつつも、当時、それほど強く明確な意思があったわけではありません」
そんな髙橋氏が独立を意識するようになった理由には、家庭環境の変化があった。
「結婚して子どもが産まれたころ、私は全力で業務に取り組んでおり、帰宅は毎晩23時くらいでした。金融機関に勤務する妻は、その時間にはすでに就寝しています。朝、私が起きたときには、妻は出勤したあとでした。同じ家に住んでいても、場合によっては1週間くらい会わないことがありました。
そのような状況の中で、働き方を見直す必要があると考えるようになりました。それは単に自分の労働時間を調整するだけでなく、より働きやすい環境を作りたいという思いでした。会計業界をはじめ、多くの業界で人材不足が課題となっている中、働きやすい環境を提供できる職場であれば、自然と人材が集まります。そして、優秀な人材が集まれば、ビジネスとしても成立していくのではないかと考えました」
自らの働く環境を変えるだけでなく、働きやすい職場環境を提供する組織を作りたいという思いが、髙橋氏を独立開業に導いたと言ってもいいだろう。

フルラインアップでカバーしたい
髙橋氏は大手税理士法人を2022年3月に退職し、30歳の4月に税理士事務所リリーフを開業した。どのような業務を行おうとしたのだろうか。
「相続専門にしたほうが業務効率も利益率もよいと思いましたが、お客様目線で考えると、幅広いサービスを提供するほうが、顧客満足度の向上につながると考えました。相続税申告が終わったあと、法人の顧問をお願いしたいと言われたとき、『うちは相続専門なのでできません』と言うのは、お客様のためにはならないと思います。『うちはやりますよ』と、税務会計を超える内容でも、できる範囲では対応したいと考えました」
理想を言うなら、お客様のためになることなら何でもしてあげたい、というのが髙橋氏の本音のようだ。開業場所は地元千葉市だが、東京都内での開業は考えなかったのだろうか。
「現実的な問題として、開業してもお客様を獲得できない可能性も考慮し、一旦実家に戻ることを選択したことが理由のひとつです。市場として考えると、都内は税理士事務所の数が多く競合ばかり。神奈川県には地元の大手税理士法人がしっかりと根を張っています。そのような中で千葉市は意外と空白地帯ではないかと思い、地元でもある千葉市での開業を決めました」
顧客獲得は紹介サイトを使ったり、知り合いのハウスメーカーから保険会社を紹介されたりと、自然と広がっていった。
人に対する投資を優先
髙橋氏は開業当初から事務所を借りるとともに、質の高いサービス提供には人材が不可欠と考え、積極的な採用活動を展開した。
「開業1年目からお客様は相当数獲得でき、売上も立ちました。食べていくには十分といっていいでしょう。ただ、1年目の数字を締めたら赤字でした。なぜ赤字になったかといえば、人材採用のために積極投資し、人材紹介会社に1,000万円近く支払っていたからです。自分でも赤字になることは認識しており、未来への必要な投資だから仕方ないと考えていました。
でも、実際に締めてみて赤字だとわかったら、夜も眠れなくなりました。1年目とはいえ、相当多忙に業務をこなし、飛び回ってがんばりました。しかし、がんばった結果、赤字でお金が減っていたときは、さすがにダメージは大きかったですね」
とはいえ、人に対する投資を優先した結果、1年目には税理士1名が加わりスタッフ5名に。2年目には税理士2名にスタッフ8名、3年目には税理士3名、スタッフ15名の体制となっている。また、2024年には法人化し税理士法人リリーフとなり、現在の顧客は法人107件、個人251件である。
「現在の業務内容は、法人顧問と決算、相続税申告と相続税対策とで半々です。その他にコンサルティングや確定申告があります。
仕事を獲得するのは大変ですが、仕事がなくて困る状況は現時点では考えられません。むしろ、仕事の依頼を適切に受けられる体制をどう整えるのかが、実際には課題となっています。『私、手が空いていますけどなにか手伝うことありますか』というくらい余裕がある状況が理想ですが、実際にはみんな相当量の業務を抱えている状況ですね」
税理士をかっこいい仕事にしたい
開業当時から「税理士をかっこいい仕事にしたい」と髙橋氏は発信している。この「かっこいい仕事」にはどのような意味が込められているのだろうか。
「働きやすさの中にも『かっこいい』は含まれていて、そのよさが一人ひとり違っていていいと思います。例えば、仕事をバリバリやって稼ぐかっこよさ、仕事と子育てを両立しているかっこよさ、また趣味や推し活と仕事の両立もかっこいいと思います。多様なかっこよさがあるべきだと思いますので、抽象的で子どもみたいな言葉ですが、『かっこいい』を使っています」
髙橋氏が「かっこいい仕事」を打ち出す背景には、会計業界、社会全体の人手不足がある。例えば、中学生や高校生はかっこいい仕事でなければ、やってみたいと思わないだろうし、将来の仕事の選択肢にすら入ってこないかもしれない。
「学生時代から税理士をめざすという選択肢は、個人的にはすごくいい選択肢だと思います。ただ、そう思ってもらえるには『かっこいい仕事』である必要があります。私たちがかっこいい仕事をしていれば、一緒に働きたいという人が集まってくれるかもしれない。するとお客様に対して質の高いサービスが提供できる、いい循環につながっていけばと考えています」
スタッフの中には税理士をめざすメンバーもおり、受験指導校の学費補助(上限あり)、試験前の休暇などでサポートしている。
同じ目線で仕事ができるのが理想
「税理士をめざすメンバーのサポートとは少し意味が違いますが、うちの定時は18時ですが、仕事が終わっていたら17時以降の退社は自由です。学校があるメンバーで仕事を調整して、早めに帰る人もいます。
私の思いとして、仕事に対する責任感はきちんと持ってほしいと考えています。自分で自己管理して、責任を持ち、必要なときには助け合うイメージです。もうひとつは、自由に働いてもらえることが理想と考えています。ただ、自由には難しさがあって、自由だからこそ自分で責任を持ってやらなければなりません。そのためには多少のルールも必要になります。みんながお客様に満足してもらえる仕事をして、お客様から報酬をいただき、それをみんなで分配するのが理想です。利益が相反することがありますから、経営者とか労働者という分け方は個人的にはあまり好みません。
定時は18時だけれど17時であがれるのは、そういう意味では利益が一致しているのではないかと考えています。みんなが同じ目線で仕事ができるのが理想ですね」
同様の取り組みでは、朝の定時は9時だが、30分以内の遅刻に関しては遅刻扱いにしていないという。ちょっと遅れるからとの連絡は禁止。朝出かける前に子どもがぐずったり、交通機関が遅れたりは誰しもあることだからと許容しているのである。もちろん、お客様との約束がある場合には、きちんと連絡を入れることは大前提としている。

プラスアルファの提案で顧客満足につなげたい
現在の業務は法人顧問と決算、相続税申告と相続税対策とで半々とのことだが、今後の業務展開についてうかがった。
「税務会計に付随した業務を増やしていきたいと考えています。税理士を変更するお客様の理由は『うちの税理士は何も提案してくれない』という不満がほとんどです。そのような方々に満足してもらえるように、例えば、オーナー社長であれば自社株対策や万が一のための遺言書作成、設備投資をお考えであれば補助金の提案といったように、プラスアルファの提案をすることで顧客満足につなげていきたいと考えています」
ただ、業務が多忙で手が回りきらないことが課題でもあるとつけ加えた。現在は開業4期目だが、5期目に向けてのイメージはどうなっているのだろうか。
「基本的に、まずお客様のニーズがあって、私たちはそれにお応えしています。私の感覚として、私の仕事をスタッフが受け持つ感覚ではなく、みんながお客様の仕事をしているという思いを持って仕事をしてほしいと考えています。同じ目線、同じ感覚で仕事ができるイメージです。
するとお客様のニーズがあって、それに対応しよう、受け止めようとする人が増えると、自然と受け皿は大きくなり、自然体で成長していくと思います。もちろん、経営的には目標があって、それを実現するための施策があるのが本来ですので、両面からのアプローチもしていきたいと考えています」

大学生に税理士を勧めたい
独立して4年、1年目の赤字を乗り越えてきた髙橋氏は、独立して事務所運営を行うことをどう捉えているのだろうか。
「独立してよかったという感覚はありますが、まだ成長途中なので何とも言えないというのが本音です。正直、悩みや不安は常にあります。例えば、ミスをしたらどうしよう、期限に間に合わなかったらどうしよう、といったように。幸い2期目以降は黒字に転じています。大きな利益を上げているわけではありませんが、何かあってもしばらくは耐えられるめどは立っています。そういう意味では、不安は少し解消されたのかもしれませんね」
早く税理士になりたいという思いで大学院に進んだ髙橋氏。20代で税理士になったことはプラスに働いているのだろうか。
「勤務時代は、若くして税理士になっている同僚が多かったのであまり意識しませんでしたが、独立してからは若くして税理士になってよかったと感じています。中小企業の世代交代が進んで30代、40代の経営者が増え、彼らは同世代の税理士を求めています。そのようなお客様が多いので、早く資格を取得して、早く現場で働けたのはとてもよかったですね」
最後に受験生にアドバイスをいただいた。
「税理士は働きながら取得できる社会人におすすめの資格、と紹介されることが多いと思います。うちにも働きながら取得しよう、子育てが落ち着いたら勉強しようというメンバーがいます。
でも、私は時間のある大学生にこそ勉強を勧めたいと思います。学生時代に簿記論でも財務諸表論でも、1科目か2科目取得しておけば、就職に困ることはないし、景気が悪くなったら武器にもなります。自身の選択の幅が広がりますし、私のように大学院に進む道もあります。大学生の皆さんは時間がある学生時代を有効活用して、ぜひ税理士試験にチャレンジしてください」
[『TACNEWS』日本のプロフェッショナル|2025年12月 ]
















