日本のプロフェッショナル 日本の司法書士|2017年10月号

斎藤 竜さん
Profile

斎藤 竜氏

司法書士・行政書士事務所リーガルエステート
代表 司法書士

斎藤 竜(さいとう りょう)
1976年生まれ、東京都出身。日本大学法学部卒業。1999年、新卒でコンビニ業界へ。本部営業所にて3年間ルート営業を経験。2002年に退社、司法書士受験に専念し、Wセミナー横浜校に通学。2003年、わずか1年半の受験期間で司法書士試験合格。個人事務所勤務を経て、2004年に司法書士登録し、エフシー司法書士法人(現:司法書士法人A.I.グローバル)入社。2008年、同法人の代表社員就任。2009年、同法人横浜支店代表社員に就任。2012年、同法人退社。2013年2月、司法書士事務所リーガルエステート開業。2015年10月、横浜の司法書士を路面店化、「横浜・六角橋相続サポートセンター」としてオープン。現在に至る。

IT化と働き方改革とプラットフォーム化で「人ができる仕事」へ業態変換。
法律家として何ができるかを追求した結果です。

「勤務か、独立か。36歳の時、最後のチャンスだと思ってチャレンジしたかった」と、話すのは司法書士・行政書士事務所リーガルエステート代表の司法書士・斎藤竜氏だ。以前は司法書士法人の代表社員を務めていたが、2013年に独立し、「司法書士・行政書士事務所リーガルエステート」を開設した。斎藤氏は今、ITによる効率化を図り、捻出した時間を「人ができる仕事」に集約しようとしている。斎藤氏の足跡から、司法書士の今後のあり方と方向性を探ってみた。

「人の役に立つ仕事がしたい」

 司法書士になる前の斎藤竜氏が新卒で入社したのは某コンビニエンスストアだった。スーパーバイザーとして加盟店を回り、本部の意見を伝達し、また加盟店の状況を本部に吸い上げる。加盟店の経営者と信頼関係を築くために足しげく店舗を訪れ、経営者不在の際には業務代行を務める。日夜、休日問わず営業として馬車馬のように働く日々の中で募った徒労感は、いつしか「営業と関係ない仕事がしたい」、「もっと人の役に立つ仕事がしたい」という思いにつながった。
「何か自分でできることはないかな」
 そう考えた時、法学部出身の斎藤氏は法律系資格をめざそうと思い立つ。法律系資格といえば筆頭は司法試験。しかし、一人暮らしで貯蓄300万円の斎藤氏にとって、最低3年はかかる司法試験にチャレンジするのはあまりにもリスキーだ。そんな時に目に入ったのが、当時「1年勉強すれば合格できる!社会の役に立ち、稼げる資格です!」と謳っていたWセミナー(※)の司法書士講座だった。「1年で合格できるならやってみよう!」とWセミナー横浜校に申し込んだのがはじめの一歩だった。
 2002年2月、3年間勤務したコンビニエンスストアを退職。同時にWセミナーに通学し始めた斎藤氏は、担当講師の勧めもあって、その年の7月の本試験を受験し、手応えを感じた。
「司法書士の試験は正確さとスピードが要求されます。翌年の本試験から逆算するとその時の学習ペースではまったく間に合わないと気がついたので、そこからは猛勉強しました。仕事をしていないのでお金もない極貧生活です。1週間の食費が1,000円の生活をしながら、朝6時から夜9時まで1日15時間の受験勉強。やることと言えば、Wセミナーと自宅の往復だけです。とにかくお金がないことが辛かったですね。勉強面では学んだ内容を忘れてはまた思い出し、それを何度も繰り返す忘却との戦いが苦しかった。
 最後の壁は本試験の解答時間が足りないことでした。午前の部は択一式試験のみで2時間、午後は記述式試験2問と択一式試験35問で3時間。これを時間内にすべてやりきるスピードを身につけることが一番大変でした」
 辛い生活に耐え、迅速に攻略法を見つけ、逆算して必要時間を確保し必死に勉強した結果、2003年、斎藤氏は司法書士試験合格を手にした。また、この2003年は法改正により司法書士法人の設立が可能になった年でもあった。

※WセミナーはTACのブランドです。

横浜支店を成長軌道に

 試験合格後、斎藤氏は従業員6人の個人司法書士事務所に入所し、1年後に大手司法書士法人に転職している。
「個人事務所は所長のカラーが強く、業務も所長の得意分野が中心で、補助者としてできる業務も限られます。若かった私はあんな業務もこんな業務もやってみたいと希望にあふれて入所したので、さらに幅広い業務を求めていたのです」と、転職の経緯を話す。
 斎藤氏が転職したのは、法改正後にいち早く法人化したエフシー司法書士法人(当時)。そこには「司法書士の新しい働き方がある」ように思えたのである。
 代表社員の上野興一氏は、魅力あふれる人物だった。加えて「自分がやりたい分野は、自分で開拓していい」という運営方針が斬新で、自由で楽しそうに思えた。斎藤氏は上野氏が受託した金融機関の不動産登記業務を中心に補助者としてスタートしたが、自分でも仕事を取るべく、積極的に営業をかけていった。自由な空気は斎藤氏にとって馴染みやすいものだった。
 エフシー司法書士法人はその後、司法書士法人A.I.グローバルに名称変更。司法書士法人の他に、弁護士法人、税理士法人、社会保険労務士法人、行政書士法人でグループを形成し、ひとつのブランドの下でワンストップサービスをめざす共同体となった。東京を本部に全国11都市に支店を設置し、全国展開のスケールメリットを持ちながら、地域密着型の法的サービスを強みとしていた。業務内容も司法書士の基本業務である不動産登記・商業登記だけでなく、裁判手続や不動産競売手続、債務整理、企業法務、成年後見と多方面に広がり、20〜30代が中心で、若さを活かしたフットワークの良さと迅速さで確かなサービスが特徴だった。
 そんな理想的とも思える司法書士法人で、斎藤氏は2008年には東京本部の代表社員となり、2009年の横浜支店開設と同時にそこに異動となった。代表社員になるということは、組織に骨をうずめる覚悟ができたと言っていい。
「当時、私もそれなりに顧客を持てるようになっていたので、独立開業という選択肢は確かにありました。でも2003年に法人化が認められてから、時代の流れが大きく変わったように思ったのです。
 今はそれこそどの金融機関でも本店や本部に業務情報が集約されています。以前は支店単位で処理していた登記業務も例外ではありません。すべて本店や本部に集められるようになると、本部で処理している量を一括受注できる体制を整えられる規模であることが必須で、全国ネットワークが必要になってきます。つまり一個人の事務所では対応がかなり難しくなっていたのです」
 入所7年目、代表社員だけでなく横浜支店代表に就任。そこから斎藤氏の仕事内容は大きく変わった。まず、自分で営業し新規開拓しなければならないだけでなく、支店内のマネジメントもしなければならない。事務所の運営をどうするか、戦略や方針をどうするかまですべて決めなければならず、やることは増える一方だった。ましてや、ほぼゼロからの新規開拓だ。地縁も人脈もない中で、1年目から飛び込み営業をかけ、柱となる登記業務はお客様からの紹介で少しずつ広げて開拓していった。
 横浜支店を開業してみると、A.I.グローバルのブランドと全国11拠点の信用力は甚大で、設立1年でかなりの数の依頼を受けることができた。
 横浜支店の立ち上げは、苦労もあったが、自分自身で仕事を獲得することがやりがいにもなった。「こういうところにビジネスチャンスがあるんだな。では今度はこういう提案をしよう。どんな営業をしてみようか」。そう考えるのが大きな楽しみとなったのである。
 1年で何とか利益を確保するまでにこぎ着けたが、横浜支店の売上は債務整理によるものが半分を超えていた。債務整理は、総量規制や利息制限法によって近い将来、売上は下がってくる。となるとあとは不動産登記・商業登記業務をさらに開拓していかなければならない。斎藤氏は、1ヵ月で100ヶ所を目標に新規で飛び込み営業をかけた。コンビニ時代から培ってきたお客様ごとの立場に立った会話や提案営業を駆使し、3年間で金融機関10支店超、不動産会社10社超、税理士事務所数社の顧客を開拓した。

法律家として親世代にできること

 このように順風満帆に組織内で活躍していた斎藤氏が独立開業を心に決めた背景には、様々な理由がある。
「代表の上野氏は今でも尊敬できる存在です。だから、ずっと上野氏をサポートしていこうと思っていた時期もありました。ただ36歳になって、生涯勤務でいくのか、独立するのかを考えた時、これが最後のチャンスだと思ったんです。最後のチャンスならチャレンジする価値があるじゃないですか」
 独立に踏み切ったもうひとつの理由は、父親がガンを患い胃を全摘出し、危機的状況に陥ったことにあった。それは自身の法律家としてのあり方を再度考えさせられる出来事だった。一度しかない人生だし、後悔しないようにやれることはやりたかった。そのために「法律家として親世代にできることはなんだろう」と考えた時、「人の役に立ちたい!」と心の底から思えたのだ。
 当時の相談案件の中で、親が遺した財産の相続や、高齢で判断能力が低下した人が所有している不動産の売却に関する案件が多くなっていることに着目した斎藤氏は、「相続のために制度を利用した、不動産問題解決の専門家になろう」と心に決めた。
 こうして2012年末に法人を退職。2013年2月、「司法書士事務所リーガルエステート」の看板を掲げた。
 開業当初はそれまで培ってきた飛び込み営業などの営業力を活かし、事務所近隣の顧客や異業種交流会で出会った人脈、友人関係に至るまで、それまでの人生でかかわった人すべてに名刺を配り歩いた。粘り強い営業活動で少しずつ人脈が広がり、2013年秋頃から事務所は軌道に乗っていった。
 司法書士になってみて、斎藤氏にはひとつわかったことがある。
「司法書士は商品が登記ときっちり決まっているから、誰がやっても同じものでなければならないし、新商品が出てくる仕事ではありません。つまり差別化できない仕事なんです。でも、逆に考えると誰がやっても同じ結果になるからこそ、人間関係さえきちんと作れれば、あとは営業力次第の仕事といえます。つまり、この司法書士はおもしろいな、ちょっと頼んでみようかなと思わせることが大事。『人』の部分が重要なのです。
 車を買う時も、絶対にこの車種と決めていない場合は、何社か回り、自分のことを一番考えてくれた営業マンから買うことが多いですよね。ブランドも大切ですが、同時に大切なのは『人』なんですね」

パッケージ化による業務効率化を推進

 さて、リーガルエステートのメイン業務、不動産登記は、不動産会社や金融機関から受託する流れだった。それは開業2年目に入って順調に売上も顧客先も増え、スタッフが10数名になっても変わらなかった。依頼されて受けている感覚。そう感じた斎藤氏は「何か自分が柱となる仕事を取りたい」という思いが募っていった。登記業務そのものでは差別化できない。それなら事務所の立地や規模で大きく差別化してみてはどうだろう。そこで、「路面店を出店して相続案件を直接受けられるようにすれば、これまで不動産会社や金融機関から受諾してきた登記業務を直接受けられる」とひらめいた。そこで、行政書士である妻に、路面店として出店してもらうことを思いついたのである。こうしてスタートしたのが「品川・戸越銀座相続サポートセンター(行政書士事務所リーガルエステート)」である。
 そんな軌道に乗り始めていた3年目、順調にいくと思っていた矢先に、事務所の売上構成比の数割を占めていた不動産会社からの仕事が突然消滅することになった。年間売上3,000万円の仕事がなくなり、それをもう一度ゼロから営業で取るのにはかなり厳しいものがあった。
「さあどうしよう、と考えた時、相続の単価を上げるしかないと思いました。当時1件当たりの受託金額は10万円でした。でも提案作成などトータルで8~10時間費やすことになるので割に合わなかったんです。それを単価100万円にするにはどうしたらいいのか。そこから単価の上げ方をずっと模索し続けてきました」
 窮鼠猫を噛む。人間だって追い込まれると底力を発揮する。まだ10ヵ月間は売上維持の見込みがある。「その間に既存の業務を見直し、業態変換していこう」。
 斎藤氏はそれまでは自分だけが売っていたサービス・商品をスタッフの誰もが売れるツールにすることを思いついた。これが、業務の「パッケージ化」の始まりである。
 例えば、認知症になると、その配偶者であろうと子どもであろうと銀行からお金を引き出すことができなくなる。介護費用に充てるために自宅を貸したり売ったりもできない。その時、収益や賃貸物件の管理ができないという問題を解決するのが「家族信託契約サポートサービス」だ。「相続手続き丸ごと代行サービス」は、遺産整理業務での問題を解決するために司法書士が複雑な手続きを一括で引き受ける。「相続対策丸ごと代行サービス」は生前相続対策業務。どれもとてもわかりやすく、依頼者が一括でまるごと頼める。しかも最初の相談時は基本パック5万円にシミュレーション3万円、相続人調査3万円。合計5~10万円で相談を受け、申込むと総額約100万円のサービス料の中にこれらの相談費用が充当され、「相談料無料」になる仕組みだ。
「お客様には商品の形が見えない。可視化できません。そこでサービスをパッケージ化して、『丸ごと代行』とか『認知症になったら家族信託』といったわかりやすい商品にしました。保険商品は形の見えないものだからこそサービスを可視化させていますよね。そこに良い商品があるから売れる。それをヒントにビジネスを展開しようと思ったのです」
 サービスを可視化して、斎藤氏以外のメンバーも売れるようにすれば大きな販路拡大につながる。サービスのパッケージ化は、社内の業務の流れをも大きく変えた。

業態変換によるイノベーション

 業務内容をガラッと変えた2015年10月には横浜の司法書士事務所を路面店化し、「横浜・六角橋相続サポートセンター」を横浜市内の六角橋商店街に隣接する形でオープンした。そして今、事務所のスタッフ総数は16名、司法書士4名、行政書士3名、行政書士有資格者1名の陣容となった。
 今後の将来像、経営理念を考え、賛同してくれたスタッフの協力を得ながら、新体制で新たに人材採用を行い、内部環境の整備に着手している。
「売り方もガラッと変えて、ものすごくイノベーションしました。今では私以外のスタッフがパッケージ商品を売っています。ここまで来るには時間がかかりましたね。
 学んだのは、お客様が本当に求めているのは手続代行ではないということ。例えばライフスタイルや将来のマネーファイナンスの相談、年金、保険、住宅ローン。そうした問題解決を求めています。本来ならそこに対してフォーカスしていかなければならない。保険会社や銀行員がまとめて、できあがったサービスの中の手続代行だけをするのではなく、司法書士は手続きをする以前のコンサルティングをやらなければいけないんだとわかったのです。お客様にはたくさんの悩みがある。相続だけでなく生前対策のさらにその前からの商品構成を作ることによって、ずっとお客様とつながる存在になれるのです」
 問題解決にフォーカスし、解決していくプロセスに手続代行や登記・遺言・保険・信託がある。複数の解決策をお客様に提案し、その中から最終的にお客様に決めていただく。生前対策なら、結婚後から相続まで、資産の組み換えなどでずっとお付き合いできる。「人に決めてもらう仕事から、人に教える仕事」へ。業態変換からリーガルエステートの立ち位置は大きく変わっていった。

プラットフォーム、IT化、そして「士業の先生」

 2017年6月に北欧を見て回った時、斎藤氏は一国の人口が130万人のエストニアで目から鱗の体験をした。
「日本が今取り組んでいるマイナンバー制度や固定資産評価の一元管理など、あちらではとっくの昔からやっていました。人口が少ない国だからこそ余分なところに人を当てることはできません。日本の行政は連動していないから、一個一個全部その度に名前から住所まで書かされるけれど、エストニアでは同じ入力は一切しないんです。簡素化して一度の入力ですべて転記できる仕組みになっているのです。簡素化した分、皆もっと付加価値のある仕事をしています。
 そこで、私はIT化を推進して、人がそうした作業に時間を割くのは最小限にしようと考えました。浮いた時間は人間関係の構築やお客様への提案に使う。今フレックスタイム制に切り替える最中で、朝7時出社で午後3時退社もOKにしようとしています。ホームページ作成・更新、チラシ作成、自社主催セミナー資料の準備など自宅でできるものは自宅で、登記申請書の作成など司法書士・行政書士の本来業務は事務所でなど、多様な働き方ができるようにしたいと考えています」
 営業力の支えとなる人間力に磨きをかける話術もビジネスの大切な要素だ。斎藤氏はそれを、Wセミナー司法書士講座の講師職に就いていた6年間で会得した。当時、初回の講座は受講生わずか8名だったが、無料相談などを繰り返し、口コミで徐々に増えた受講生は最終的に200人を超えた。この経験は後に開業した時、セミナーで講師を務める際の大きなバックボーンとなっている。斎藤氏は、この経験もパッケージ化し「士業の先生」として税理士や司法書士、不動産コンサルタントに向けた、家族信託の提案者を養成する塾を展開。その他にも事務所内のコンテンツをプラットフォーム化する新たなサービスを生み出そうとしている。
「これからは場所も含めてプラットフォームを作った人が勝つ時代。スマホの販売アプリはすごいじゃないですか。プラットフォームを作って、そこに誰でも出品・参加できる。そこが儲かるんです。ポータルサイトなどもそうですね。私は、こうした他業界で先に取り入れていることを自分の業界に落とし込んでいきます」
 斎藤氏の話の中には、よく「差別化」という言葉が出てくる。開業3年目、仕事が激減した時に、まだブランディングまで至らず、差別化しないとお客様に溶け込めないという固定観念があったからだ。そこから相続の路面店を展開するなど、他の司法書士がやらない戦略に打って出た。
「差別化の要素は立地・規模・ブランド。あとは商品と販促と接客と価格と聞いたことがある。それについて考えた結果、立地では商店街で路面店を出店することなど、いろいろやってみました」
 手続きのオンライン化による司法書士の独占業務減少が懸念される昨今、これからの司法書士はコンサルティングの切り口で入っていくべきだと斎藤氏は主張する。
「当社では、契約書や提案書はひな形を作りセミオーダー化しているので、契約書・提案書はそれぞれ約30分もあれば作成できます。ちなみに昔私が書いた最初の信託契約書は、調べながらでしたので80時間もかかりました。そこを効率化して今は面談に時間を割く。コンサルティング的な展開にはたゆまぬ知識の補充が必要なので、本を読んだりセミナーに通うことも大切です。
 当社の今の商品構成は70代以降にフォーカスしていますが、今後は50代、60代の資産形成期から入っていきたい。そうすれば、さらに幅広いお手伝いができるようになります」

家族との時間を楽しめるような働き方改革を

 一歩でも前へ前へ。そこに時間を割くために作業は徹底的に効率化を図り、他の時間は徹底的に教育研鑽したり、お客様への提案に割く。その時間はプライベートにも活かされている。
「家族との時間は大事です。私は朝は4~5時に起床して仕事をしますが、毎日夜10時には子どもと一緒に寝ています。生活を大切にできると幸せ感がある。これからもっと家族との時間を楽しめるような働き方改革をしていきたい。将来は海外でゆっくりと人生の終わりの時期を過ごすのもいいですね。
 せっかく経営者になったのだから、可能な限りの効率化をして従業員に還元できるようにしたいんです。女性応援制度や短時間勤務制度、残業1時間体制といった、そのための仕掛けはいろいろあります。これを他の司法書士に教えてあげれば、司法書士業界に対する貢献にもなると思います。高生産性で高単価な仕事を取る技術を教えてあげて、その教え子が一人当たりの単価を増やし、業務効率化を果たして幸せになれば、業界にも多いに貢献できるはずです。
 さらに司法書士のフィールドの垣根を取っ払います。私たちの本来の業務は法律上、登記手続の代理と書いてあるのだから、コンサルティングも究極を言えば、司法書士の本来の業務ではないと思うんです。でもあえてその枠にとらわれないで広げていくのです」
 業務報告や指示は社内のグループチャットやグループウェア、メールで行い、自宅で執筆、出版の仕事をすることも多い斎藤氏。必要がなければ、事務所には顔を出さずに、講演活動用の原稿を自宅やカフェで書いていることも多いという。
「来年はプラットフォーム的ビジネス展開とBtoB、そして司法書士として、事務所と消費者をつなげていきたい」
 フロントランナーの明日は、スタイリッシュな新しい展開で盛りだくさんだ。

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TEL : 045-620-2240

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