特集 リーガルを投資活動に活かす。
ベンチャーキャピタリスト弁護士の活躍

下平 将人氏
Profile

下平 将人(しもだいら まさと)氏

DIMENSION株式会社
弁護士 ビジネスプロデューサー

1986年生まれ、長野県松本市出身。一橋大学法学部卒業。慶應義塾大学法科大学院修了。2011年、司法試験合格。弁護士として都内法律事務所での勤務を経て、LINE株式会社のリーガルカウンセルに。チャットボット領域の新規事業開発を担当したのち、株式会社ドリームインキュベータに参画。国内1号ファンドDIMENSION株式会社を立ち上げる。グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。日本組織内弁護士協会理事。

 自身のキャリアを弁護士からスタートさせた下平将人氏は、法律事務所での勤務から、LINE株式会社のリーガルカウンセルへとキャリアチェンジ。LINEの新規事業開発を経て、戦略コンサルティングやベンチャー投資・支援を行う株式会社ドリームインキュベータ(DI)に参画した。その後、DIの国内1号ファンドとなるDIMENSION株式会社を立ち上げ、日本のスタートアップ企業を対象に出資するベンチャーキャピタリストとして、出資、支援に注力している。下平氏が弁護士を経てキャピタリストをめざした経緯、法律家の知識をどのように活かしているのかをうかがいながら、資格から広がるキャリアの可能性を探ってみたい。

社会正義の実現のため法律家をめざす

──現在、弁護士資格を持ちながらベンチャーキャピタリストとして活躍されている下平さんですが、弁護士をめざしたのはいつ頃ですか。

下平 小学生の頃は「将来はスクウェア・エニックスに就職してゲームクリエーターになる!」と宣言するほどのゲーム好きで、当時はまだ高額だったパソコンを親にねだって買ってもらい、ちょっとしたコードなどをかなり早くから書いていました。
 司法試験を意識し始めたのは、中学2、3年の頃です。当時は『カバチタレ!』『HERO』『ビギナー』といった法律家をテーマとするテレビドラマが活況で、社会正義を貫ける仕事に興味を持ったのがきっかけでした。そこから国際弁護士や企業で活躍する弁護士の本を読んで、弁護士は社会正義を軸にいろいろな場面で活躍できる、可能性に満ちた資格だという思いが芽生えました。大学は法学部に進学して法律を学び、そのままロースクールに進んで司法試験を受けようと決めていたので、大学1、2年の頃は学生生活を満喫し、後半の3、4年になると勉強に集中した記憶があります。
 そして2011年にロースクールを修了し、その年の司法試験に合格。東日本大震災があった年だったので、試験の実施そのものがなくなってしまいそうな相当しんどい状況だったのを覚えています。

──司法試験をめざした段階で、すでに検察官などではなく弁護士になると決めていたのですか。

下平 はい、そうです。司法修習後は、とにかく様々な領域の法律問題を扱いたいという思いから中堅の法律事務所に入り、そこで多くの案件に関わらせていただきました。その後、インターネット事業を展開するLINE株式会社に転職しています。

企業内弁護士から新規事業開発部門へ

──法律事務所から事業会社へと活躍の場を変えた背景には、どのような思いがあったのですか。

下平 曽祖父をはじめ、起業家や自営業の人間が多い家庭環境で育ったことが大きかったと思います。経営に興味があったので、学生時代は世界最大級の学生組織AIESEC(アイセック)の日本支部、アイセック・ジャパンに参加していました。AIESECは、日本の学生に海外の企業やNGOでのインターンシップを、海外の学生に日本の企業でのインターンシップを提供する活動をしています。私もそこで企業経営者と会う活動をしていました。
 法律家をめざしつつもどこか経営への思いがあった私は、弁護士は「人権を守る」というアプローチで社会正義の実現をめざしているし、起業家や経営者は「世の中の課題を解決する」というアプローチで社会正義の実現をめざしているので、切り口は違うとはいえ社会正義の実現をめざすという点は共通しているのだという認識が当時からありました。

 司法試験合格後の就職活動でも、経営の根幹に関わりたいという思いがあったので、四大ファームや企業法務系の事務所ではなく、中小企業の経営者に寄り添える中堅規模の事務所を選んだという経緯がありますが、実際に法務に携わってみると、より経営に近い場所で働きたいと感じたので、それなら早めに法律事務所で働くのをやめたほうがいいだろうと考えました。
 インターネットから生まれる自由で新しいものが次々と出てくるカルチャーが好きだったこと、そしてLINEというプラットフォームを通じて様々なサービスが出てくるスマートフォンの可能性を感じて、2014年、まだLINEが上場する前の時代に、リーガルカウンセルとして転職しました。

──LINEに入社し、企業の中から法務に関わった感触はいかがでしたか。

下平 当時はLINEのプラットフォーム上に『LINE MUSIC』や『LINEマンガ』といった多くのサービスを立ち上げていた時期で、プロダクトマネージャーやエンジニアがまっさらなゼロベースから事業を創り上げていくプロセスで、リーガルの立場から、レギュレーションや契約のスキームなどを考えるのがとにかくおもしろかったですね。LINEに在籍した3年間のうち、最初の1年半はこうした仕事をしていました。
 ところが、やればやるほどプロダクトサイドやビジネスサイドに携わりたいという気持ちが強くなっていったので、事業部に移りたいと考え、社内転職制度を利用して、チャットボット領域の新規事業開発部門に所属することになりました。そこからは法律をまったく使わない仕事をしていました。

──その新規事業開発部門では、具体的にどのような業務を担ったのですか。

下平 当時のミッションに「LINEのプラットフォーム上での収益の柱を作る」というものがありました。中でも私は「BtoBで事業を立ち上げる」ことがミッションだったので、いろいろなクライアント企業にどのようにLINEを使っているのかをヒアリングしたりしながら、事業開発担当としてゼロからプロダクト作りに関わりました。
 その頃すでに、企業が公式アカウントを用意して一般ユーザーとLINE上でコミュニケーションを取るというサービスが始まっていました。一方で、多くのBtoC企業が、一般消費者からの問い合わせ対応の負担を軽減したいという課題を抱えていることもわかりました。であれば、この企業の公式LINEアカウントというプラットフォームを活用して、コールセンターに代わってAIが一般ユーザーからのメッセージの意図をくみとって自動返信するサービスを企画できるはずと考え、BtoBで販売していくプロダクトを立ち上げたのです。
 このときにいろいろなAIのスタートアップ企業とのつながりができて、ベンチャー投資の領域を垣間見る機会に恵まれたのですが、事業を創ることのおもしろさに間近で触れたことで、今度は自分が起業したいという意識が芽生えました。

起業を考えたことでベンチャーキャピタルの魅力を知る

──転職の次は起業を考えたのですね。

下平 起業を思い立った時点で、私のそれまでのキャリアは法律事務所で法律家として働いた経験と、BtoBのAI事業での経験でした。2017年当時はまだ「リーガルテック(法律の世界におけるAIやソフトウェアといったテクノロジーの活用)」という言葉もほとんど聞かなかったですし、法律業界がまったくデジタル化されていない状態でしたので、ピッチブック(投資の提案資料)を作ってベンチャーキャピタル(ベンチャー企業やスタートアップ企業など、高い成長が予想される未上場企業に対して出資を行う投資会社。以下、VC)から資金調達しようと考え、起業家として検証活動的なことをやってみたのです。このときにVCの方と接点を持つことができて、起業を支援する側の仕事もすごくおもしろそうだと感じました。

──そのとき感じたVCの魅力とはどのようなものだったのですか。

下平 まずVCは、起業家のビジョンに対してリスクマネー(企業の将来性を評価し、回収不能リスクを覚悟の上で投じる資金)を提供する存在で、リスクテイクしながら新しい産業を創る仕事だとわかりました。また調べてみると、VCは日本ではまだまだ成熟していない産業であることもわかったのです。アメリカでは年間11兆円ほどVCマネーが投じられているのに対して、日本は当時年間3,000~4,000億円程度しか投じられていませんでした。アメリカと日本はGDP対比では4倍ぐらいしか差がないのに、VCマネーの量では約30倍の差がついていて、しかもそれが単年でなく長年にわたって差がついていたのです。バブル崩壊、失われた20年など要因はいろいろありますが、生産性が上がらず、効率化もデジタル化も進まず、株価が上がらないひとつの要因は、社会全体における研究開発や新規事業に投じる資金の総量が足りていない点なのではないかと感じました。このタイミングで「この課題をどう解いたらいいのか」が自分の中で重要な論点となったのです。そこで「VCに入って国内のベンチャー企業へ投資し、日本を元気にする」という志を立てました。

 一方で、自分自身のキャリアで得た法律とAIの知識を使って起業家としてプロダクトを作っていく方向性も当時はあったので、どちらの道に進むかはかなり悩みました。悩んだ結果、投資家としてリーガルテックの企業に出資することを通じて、法律業界のデジタル化や業務効率化には貢献していけるだろうと考え、VCの道を選びました。

──ご自身での起業はひとまず保留にして、ベンチャーキャピタリストになることをめざしたのですね。

下平 はい、そうです。ベンチャーキャピタリストは複数の起業に同時並行で携わりながらその成長をサポートしていくので、「パラレルアントレプレナー(並行起業家)」とも言われています。社会に欠けている要素を起業家と一緒に見出し、新しい事業やその先の産業を作る“共謀者”としてやっていけるところが大変おもしろいなと考えました。
 こうしてLINEで1年半事業開発に携わったのち、戦略コンサルティングおよびベンチャー投資、支援を行う株式会社ドリームインキュベータ(以下、DI)に転職しました。

DI投資部門からファンド設立

──DIではどのような業務に携わっていますか。

下平 DIには戦略コンサルティング、事業投資、ベンチャー投資といった様々な部門がありますが、私はベンチャー投資部門に入りました。DIはもともと、自分たちで稼いだ利益と調達した資金で自己勘定によるベンチャー投資をしていましたが、より大きな資金で起業家を支援していきたいという思いから、外部からの資金調達を行うために、DIMENSION株式会社というファンドを立ち上げました。現在、私はこのファンド運用の専門子会社であるDIMENSIONに所属しています。
 「投資」という活動自体はDIとDIMENSIONで変わりはありませんが、DIMENSIONはファンドとして大手金融機関や個人投資家といった出資者が多くいらっしゃいます。他人の資本を預かっていますので、受託責任についてより一層感じるようになりました。

──これまで出資した先は何社になりますか。

下平 だいたい16~17社ぐらいです。出資の判断はお会いして検討させていただいているのですが、1日に1~2名くらいは会っているので、約100社に1社のペースです。

──投資先を選ぶ基準はどのようなものですか。

下平 事業のステージによりますね。事業ステージは、シードやアーリーと呼ばれる創業初期のタイミングから、ミドル、レイターと上がっていきます。お会いするタイミングが早期であればあるほど、つまりシードやアーリーのステージだと、投資判断において重視される要素としてトップである社長の資質や志、熱量の占める割合が高くなり、事業が成長してミドルやレイターのステージになってくるとトップの資質だけでなく事業の中身や業績、将来性というところも判断材料に加わってきます。当社の場合は、レイターステージの企業にも一部関わりますが、シードやアーリーステージという創業初期に近いステージを主な対象としているので、目の前の経営者が上場企業の社長を務める器なのかどうかや、ビジョンや志、熱量、リーダーシップ、能力の高さ、人間性といったあたりが、投資において重要なポイントになってきます。

──経営者の器を見極めるのですね。

下平 そうですね。ベンチャーは基本的にはデフォルトで失敗するものなので、人が共感したくなるような強い志、その人ならではの思い、体験に根ざしたもの、そうした温かさやロマンのようなものがあるかどうか、人としての能力以外にもそうした思いの強さの部分も大変重要だと思っています。「絶対グローバルでNo.1になる」といった社長の「やり切りたい」という思いの強さや、その思いに対する社長自身の腹落ち度合いで会社が長続きするかどうかが決まりますし、従業員との対峙の仕方も変わるので、何か幹を通せるものがあるかどうかが、ひとつ重要な要素だと思っています。

──デフォルトで失敗するのがベンチャーとのことですが、出資された会社のその後はいかがでしたか。

下平 今までにTOKYO PRO Market(東京プロマーケット)というプロ投資家(特定投資家)向けの市場に1社上場しています。
 今のところ倒産手続や解散手続に入っている先はありませんので、事業を諦めたという意味での失敗は、幸いにもまだありません。

──VCの仕事のやりがいはどのような点にあると思いますか。

下平 VCは結果を出さなければ次に行けない存在です。外部から資金をお預かりしてそれを一定以上の利回りや倍率にしていく使命がありますから、私たちもベンチャー企業と同様、数値は強く追っていきたいところです。ただ、結果を出すことは重要ですが、その先のリターンや個人の報酬面だけで仕事すると、おそらく苦しい仕事になるだろうと思います。結果が出るまで時間がかかりますし、将来の環境は読み切れない部分もあるので、事業としてどのような結果となるか、投資する時点では読み切るのが難しい部分が当然あります。

 VCは司法試験とまったく違う世界で、個人の努力で左右できる要素が少ないので、そこは多少割り切らないとこの仕事はできないように思います。1日の中で仕事ができる時間を算出し、自分の行動によってコントロールできる、相手にとっても付加価値があると思えることを、プロとして粛々と淡々とやりきること、そしてコントロールできないものはコントロールしようとしないというマインドが重要です。このように大変な仕事ではありますが、起業家やプロダクトと出会うことそのものや、起業家と悩み、何かを見出し、良い縁を紡いでいくプロセスそのものが最大のやりがいと感じています。

リーガルを投資判断に活かす

──VCのどのような部分に、弁護士の経験が役立っていると思いますか。

下平 私は当初からVCをめざして法律を勉強していたわけではないので、スティーブ・ジョブズ氏の言う「点と点をつなげる」的な役立て方ではありますが、投資候補先の法務デューデリジェンスを実施する際、リーガル面で問題ない会社かどうか、フロント担当として判断する際のダブルチェックにも法律家としての目線が活きています。企業経営を見る上でリーガルは非常に重要です。特にスタートアップ企業は世の中にない新しいことをやるので、お客様にとってものすごく価値があっても、先進すぎるがゆえに法整備が追いついていなかったり、想定されていなかったりということが往々にして起こりますので、法律の理念、趣旨を理解した上で、ビジネスモデルと法律の折り合いをどのようにつけるかという視点は、投資判断でも活きているように感じます。

 また、株式会社は会社法という法律に基づいて運営されていますので、コーポレートガバナンスの知識があるということも大変大きいと思います。起業家との関わり方でも、会社法の規定を踏まえて法律で足りないところを、投資契約や株式関係でどのようにWin-Winになるように設計するかという観点などに、法律家としての知識が役立っていますね。

──法律家としてスタートした下平さんのキャリアの中で、VCが最も長いキャリアになりましたが、法律家に戻ることは考えませんか。

下平 考えていません。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の主人公ジャック・スパロウのコンパスは、北を指さずに自分のほしいものを指します。ジャックが、そのコンパスを見て「ああ、オレはこっちに行きたいんだ」と判断するシーンがあるのですが、私のキャリアもそれに近いと感じています。VCで4年間続いているのは「これが自分のやりたいことなんだ」という感覚や、天職に近いフィット感と手応えがあるからだと思っています。

──今後もキャピタリストとして活動されていく方向なのですね。

下平 志は外部環境や自己成長とともに変わっていくものだとは思いますが、現時点では今後あと30年は働けるとして、その30年間はVCとしてやっていこうと思っています。

──DIMENSIONに在籍するメンバーは最初から投資家をめざしていた方々が中心なのですか。

下平 それぞれがそれぞれのキャリアを歩んできてここに辿り着いたケースが多いですね。現在のDIMENSIONのトップはもともと大手家電メーカーでエンジニアをやっていてコンサルティングとは全然関係ないところから来ていますし、他にも新卒で大手インターネット事業会社に入り、直近では経営大学院でMBAの講師をしていて縁あってこちらに来たというメンバーもいます。いろいろなバックグラウンドがありながら、人生の中でベンチャーに夢や思いを見出してきた人間が多いですね。

プロボノ活動で社会正義の実現をめざす

──法律家に戻ることは考えていないというお話でしたが、現在も法律家としての活動はまったくしていないのでしょうか。

下平 今は、いわゆるプロボノ活動(普段専門家として活躍している人が、その専門スキルや経験を活かして行うボランティア的活動)の中で法律に携わっていますね。アーティストや美術館クリエーターをサポートするNPO法人「Arts&Law」に所属して月1回程度、無料法律相談を行ったり、アニメ業界に関して業界を横断的に考える「Animation&Law」を主催し支援したりしています。

──下平さんは司法試験をめざしていたときは脇目も振らずに試験突破に向けてまい進されていたと思いますが、法律家からの転身後は、ビジネスの世界一色になっています。ビジネススキルはいつ頃身につけたのでしょうか。

下平 転身後ですね。司法試験を受験する以上は結果を出せなければやっている意味がなくなりますから、受験生のうちは受験生としての本分に特化すべきだと思っています。ですから完全に受験に注力して結果を出す、それでいいと思います。私も受験時代は1日12時間は勉強しなければダメだと思って鬼のように勉強していたので、それ以外のことは何もできませんでした。ただ、そうした期間を経て無事合格できた瞬間から、とにかくやりたいことをやり、会いたい人に会うことで、改めて自分は何者であるのかと問いましたね。全力で受験に臨み、資格を手にしたら、あとはやりたいことに思いっきり時間を使ってみるといいと思います。

──法律家の知識を活かしVCで活躍する下平さんから、資格取得をめざして勉強中の方々にメッセージをお願いします。

下平 資格をめざした原体験や志をぜひ大切にしていただければと思います。そこに込められた思いが強ければ強いほど勉強に身が入りますし、結果を出すために脇目も振らずに進めると思います。そして繰り返しになりますが、資格試験に向けて努力している間は、受験勉強以外のことは考えなくてもいいと思います。ただ、資格を取ったあとは、一度資格のことは横に置いて、もう1度改めて自分が好きなこと、わくわくすることを無邪気に探してみてください。そうやって見つけた自分が輝ける世界と資格との間に天職を見出すこともできると思います。みなさんの健闘をお祈りします。

[『TACNEWS』 2021年9月号|特集]