5分で学べる会計ミステリー短編『世にも会計な物語』 #3 “Vチューバー、ストーカーに反撃する”事件(後編)

会計ミステリー短編『”Vチューバ―、ストーカーに反撃する”事件(中編)』"


(前回のあらすじ)

 芸能界専門の会計サービスを行う「東京芸能会計事務所」。鹿児島出身の下っぱ職員、竜ヶ水勇人は、ある日SNSで幼なじみの重富アイラを発見し、やり取りをする。が、後日新規顧客として偶然事務所にやって来たアイラと対面したところ、SNSでのやり取りは、アイラ本人ではなく彼女のストーカー相手だったことが発覚。ストーカーに情報を漏らしてしまった竜ヶ水は責任を取るため、自宅をアイラに提供し、自分は事務所で徹夜で調査。その結果を聞いた所長の天王洲あいるは、ある作戦を思いつく――。


4.のつづき
 昨日に引き続き、僕の家でアイラが配信を始める。昨日は天王洲さんがそばにいての配信だったが、今日は天王洲さんと僕がそばにいる。万が一、何かあったときのためにスタンバイしているのだ。人口密度がやけに高いけどしょうがない。
 今日は雑談配信ということで、アイラは21時ちょうどにパソコンの前で話を始めた。

「ハローン、天文館いづろだよーん」
 こうしてライブ配信が始まった。同時接続で8千人がこの配信を見ているって……すごいなあ。ほんとに芸能人なんだな。アイラはずっと、面白い話を続けている。たわいもない内容だけど、アイラは配信直前にトークの練習を何度もしていた。プロだなあ。
 50分を経過して、天文館いづろは突然口調を変えた。
「今日は最後に、いづろ激おこな話があるんだけどー」
 『なになに?』『珍しいフリw』などとチャット欄に視聴者のコメントが入る。
「最近、いづろの住んでいる場所を特定しようとしている輩がいるんだよねー。だからさ、その野郎をちょっと懲らしめようかと思ってるの」

 画面を見ると、『天文館いづろ』のキャラが満面の笑みである。
「特定しようとしている人を逆に特定してやろうと思ったんだよね。そいつにも、自宅が特定される恐怖を味わってもらおうかと思ってさ」
 『すごい!』『本当にできるの?』などのコメントが次々と流れる。
「これが特定できちゃったんだよねー。ここで言っちゃっていいのかな? 8千人が聞いてるけど。言っちゃっていい? 千葉県千葉市稲毛区のK・Tさん」
 『マジで?』『晒されてるw』といったコメントが流れる。
「今日はこれくらいにしてあげるけどさー。次、いづろの住所を特定しようとしたら、住所と名前を全部晒して、弁護士から内容証明を送りつけるからねー。ウへへへ」
 ファンは『草生える』『いづろちゃん、こわーいw』『K・Tはファンの風上にもおけない野郎だな』といった反応だった。

 天文館いづろこと、アイラは1時間ほどのライブ配信を終えると、僕らのほうを振り返った。
「所長さん、どうでしたぁ?」
「うん。とりあえず、これでよかったんじゃない」
「あのう、もし犯人が人違いだったらどうするんですか?」
 僕が天王洲さんに尋ねる。
「その可能性も半分くらいあるけど、犯人に『同じことをしている別の奴が身バレしている。Vチューバーに反撃されることもあるんだ』と思わせられたら、今回の目的は達成よ。要は、身バレしてネットに晒されるかもしれない、という怖さを少しでも味わわせられればいいんだから」

「それにしても、あたしも迂闊だったな。コーヒーの支払いであのカードを使っちゃってたなんて――」
 昨晩僕はレシートを入力している中で、やたらとコーヒーのレシートが多いことに気付いた。それは2ヵ月前から特に顕著だった。しかも池尻や三軒茶屋といったアイラの住む場所に近いところで、かつコーヒーチェーンの“チェリー&アイランド”ばかりだったので、天王洲さんに報告した。
 天王洲さんがアイラに確認をすると、それは2ヵ月ほど前に、あるファンからその“チェリー&アイランド”の1万円チャージ済みプリペイドカードをもらったからという理由だった。
 そのプリペイドカードは、いつどの店舗でカードが使用されたのかが、カード購入者なら分かる仕様だった。つまり、プリペイドカードを送った人なら、使った人がどの店舗によく行くのかが特定できるのである。

プリペイドカード仕様


 天王洲さんは、犯人は僕が引っかかった“SNSなりすまし”以外にも、複数の罠を用意しているに違いないと、最初から思っていたそうだ。
「だって、2ヵ月くらい前から『池尻や三軒茶屋によくいるよね』ってメッセージが来ていたのよ。竜ヶ水が罠に引っかかったのより1ヵ月も早いじゃない」
「た、確かに」
「でもその仕組みがわからなかったのよね。ファンからもらったぬいぐるみに発信器が仕込まれていたっていう古典的な罠でもなさそうだったし、まさかプリペイドカードが使われていたとはねー。竜ヶ水が領収書からコーヒーチェーンに目を付けてくれて助かったわ」
 アイドル『神宮 霧』時代に趣味を『カフェ巡り』と公言していたから、そこに目をつけられたのだろう、と天王洲さんは指摘した。

 僕の活躍により(えっへん!)プリペイドカードが怪しいことに気づいた天王洲さんは、今朝アイラの所属事務所に連絡をしてプリペイドカードを送ってきたファンの発送記録を調べてもらい、送り主を特定したのだった(すべての宅配便の送り状・伝票が、所属事務所に保管されていた)。
「犯人の野郎は、プリペイドカードで大体のエリアを、竜ヶ水の罠で世田谷公園のそばであることを、そして選挙カーでよりフォーカスした位置を特定していたのよね。あとはそこを始終うろついていれば、いずれは住んでいる家を特定できたはずだから、本当に危なかったわ」
 アイラは自分を抱きしめてブルっと震えた。
「あとは、ちゃんと休みが取れるように事務所にお願いしなさい。1ヵ月でも2ヵ月でもいいから、ちゃんと休みを取って、その間にセキュリティーの高いマンションに引っ越ししなさい」
「でも……」
 アイラが口ごもる。
「確かに、その期間ファンは多少離れるかもしれないけど、あなたが病んだりして、いなくなるよりはマシなはず。ちゃんとリフレッシュするのもアイドルを続ける、芸能人として活動し続けるための大事な仕事なのよ」
「……」

 まだためらっているアイラを見て、天王洲さんは僕に顎をしゃくった。何か言えってことか。
「……アイラ、実は僕、高校時代からずっとアイドルの烏山千歳のファンだったんだ。千歳ちゃんがグループを脱退した後も、結婚を発表した後も、ずっとファンなんだ。千歳ちゃんは、今も昔も僕を元気にしてくれる。アイラもきっと、アイラの配信を聞いてくれている何千人もの人たちを元気にしていると思うんだ。でも、そのためにはまず、アイラ自身が元気で幸せじゃなくちゃ」
「隼人……」
「アイラもファンを長く、長く幸せにしてあげなよ」
 アイラはしばらく考え込んでいたけれど、やがてこっくりとうなずいた。
 天王洲さんはアイラの背をポンとたたいて、ファンを信じなさい、と優しく言った。

エピローグ.
2ヵ月後。
 Vチューバー『天文館いづろ』は2ヵ月間の休養を経て、久々の復活配信を行った。そのライブ配信のチャット欄には『おかえり』の声が溢れていた。

 配信を見届けてから僕はアイラにメッセージを送った。
『ファンの人たち、待っていてくれてよかったね』
『うん。あたしも隼人にとっての烏山千歳みたいになる!』
『あはは……あの時は勢いでえらそうに言っちゃって……お恥ずかしい』
『隼人が烏山千歳のファンだって、部屋に行ったからわかってた。DVDやら写真集やらがめっちゃあったもん』
『は、ははは……』

 だから部屋に泊めるなんて嫌だったんだあ。
『もうひとつわかったんだ。高校時代、隼人がある時から急に明るくなったのって、烏山千歳のおかげだったんだね』
『あー、うん。そうなんだ』
『あたし、てっきり彼女ができたんだと思ってた』
『えー、ないない!』
『だったら、あたし、あきらめなくてよかったんだね』

 え?
『じゃあね、今回はほんとにありがと! 所長さんによろしくね』
 僕が質問をする間もなく、バイバイと手を振るスタンプが送られてきた。
 って、えっ、えっ、ええーーっ!!

“Vチューバー、ストーカーに反撃する”事件(後編)
おわり

[『TACNEWS』2022年5月号│連載│世にも会計な物語]

著者プロフィール

山田真哉(やまだしんや)

公認会計士・税理士。TAC梅田校出身。中央青山監査法人(当時)を経て、現在、芸能文化税理士法人会長。株式会社ブシロード等の社外監査役。著書に『女子大生会計士の事件簿』シリーズ、『世界一やさしい会計の本です』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』等。

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