5分で学べる会計ミステリー短編『世にも会計な物語』 #1 “Vチューバー、ストーカーに反撃する”事件(前編)

会計ミステリー短編『”Vチューバ―、ストーカーに反撃する”事件(前編)』

 芸能界専門の会計サービスを行う「東京芸能会計事務所」。芸能人になるために鹿児島から上京したはずの竜ヶ水隼人は、変なきっかけで元アイドルの所長税理士・天王洲あいる(旧芸名:桜上水芦花)に声をかけられ、ここでアシスタントとして働いている。

1.
 今年、我が事務所は儲かったらしい。
 なんと、下っ端職員である僕にまで、結構な額のボーナスが出たのだ。僕は夢見心地で、死にそうだったパソコンを買い替え、ネット環境を最速最強にした。いまどきスマホでいーじゃん、という声が聞こえてきそうだが、やっぱりパソコンにはスマホやタブレットには代えがたい美点がある。そう、画面がデカい!
 もっとも、そのデカい画面に最初に写したのは、SNSだったのだけれど……。

 そのSNSで、僕は懐かしい顔を見つけた。
「この写真、アイラだよな」

 そこには、小学校時代からの同級生、重富姶良(しげとみあいら)の笑顔があった。
 名前は『神宮 霧』とあるが、プロフィール欄の写真はどう見てもアイラだ。自撮りの写真はアイドルのような衣装で(結構似合う)、趣味の欄には『ランニング』『カフェ巡り』とある(そういや陸上部だった)。『鹿児島県出身・東京在住』と書いてあるので彼女に間違いない。父親が町内の集まりでアイラのお母さんに会って、アイラが上京した話を聞いたって言っていた。
 プロフィール欄には、『昔話がしたいから、私のことを知っている人、気軽に連絡ちょうだい』と書いてある。
 うーん……どうしようかな。

 アイラは高校では陽キャの人気者だった。でも、小学校からの仲なので、地味で陰キャな僕にも気安く話しかけてくれた。女の子にDMを送るのは、ちょっと気が引けるけど、東京にいる同級生なんて貴重だし、送ってみようかな。

「アイラだよね? 小・中・高で一緒だった竜ヶ水隼人です。久しぶり! 高校卒業以来だから、2年ぶりだね」
 その晩、返事が返ってきていた。
『隼人くん? うわー、懐かしい!』
 やはり、アイラだったようだ。勇気を総動員して送ってよかった。
『隼人くんは、いま何をしているの?』
「渋谷の会計事務所で働いているんだ。アイラは?」
『凄いなぁ。ちゃんと働いているんだ。私も東京に来て、アイドルみたいなことをやってるよ』
 へえ、だからあの衣装だったんだ。確かに昔から可愛かったもんな。何というか、鹿児島らしい、目鼻立ちのハッキリした子だ。くるくるとよく動く瞳が印象的で、いつもニコニコしていた。
『隼人くんはどこに住んでるの?』
「横浜なんだ。そういや、うちの親にアイラが世田谷公園のそばに住んでるって聞いたよ。東急田園都市線? 僕もそうなんだ」
 しばらく間があって、返信があった。
「そうなんだ! 美味しいお店が多いから、ここにしちゃったの」
「そうだよね、三茶のあたりとか、カフェ巡りには最高なんだろうな」

 ここで、このやり取りはプツリと途絶えた。
 今度一緒にお茶する?という返事を期待していた僕はちょっとがっかりした。警戒されたのかな。変な下心はなかったとは言え、ショックだ。何かフラれた感じ。
 ちなみに、名前の『神宮 霧』で検索したら、アイドルグループのウェブサイトにその名前があった。
 人気はあまりなさそうだったけど、幼馴染が芸能活動をしていることに、なんだかジーンとした。僕も、元はと言えばモデルになりたくて東京に来たから。
 僕の分まで頑張ってくれるといいな。
 そして1ヶ月後、この話の続きが突然始まる――。

2.
 ある昼下がり、所長の天王洲さんがバタバタと僕の席にやって来た。

「竜ヶ水! 鹿児島出身のお客様が来るんだけど、会いたい? 会いたいでしょ? 会いたいよね!」
「え、えええ? うーん、会いたいか会いたくないかと言えば、珍しいから会いたいような気もしないでもありませんけど……」
 でもいま忙しくって、という言葉は天王洲さんのセリフにかき消された。
「そーだよね! じゃ、すぐ来てね。1時間しか取れないっていうから、すぐね。あー、よかった、雑用係が見つかって」
「雑用なんですか! まあいいですけど……1時間って、そんなに忙しい人なんですか?」
「いま人気のバーチャルチューバーの一人、『天文館いづろ』さんよ。今年売上が急に伸びて3000万円を超えたんだって」
「へえ、凄いですね」
 いわゆるVチューバー。CGのアニメキャラクターで動くYouTuberで、いまやYouTube界の一大勢力になっている。
 税理士に会計を頼もうとしている時点で売れっ子の“芸能人”なのだが、売上3000万円ラインをあっさり超えるとは凄いとしか言いようがない。
「単に確定申告を頼みたいだけじゃなくて、相談事もあるんだって」
「へえ……どなたかからのご紹介なんですか?」
「ううん、ネットで探したみたいよ。さっき電話があったんだけど、さっそく今から面談。Vチューバーって、ライブ配信や収録、ダンスレッスンとかがあって、めちゃくちゃ忙しいから、今日のこの1時間しか時間が取れないんだって。じゃ、そんなわけで、その仕事てきとーに切り上げてさっさと応接室に来てね」

 僕が書きかけのメールだけ終わらせて応接室に行くと、すでに天王洲所長とお客様が座って話していた。
 お客様は若い女性だった。Vチューバーだから、中の人は意外と年齢が高い可能性もあるかと思ったが、僕と同じ年……つまり20歳ぐらいに見える。

 お客様が僕のほうを見た。
「えっ」
 とお互いの声が重なる。
「隼人!?」
「アイラ!?」
 アイラ――重富姶良じゃないか。
「わー隼人だー! ひったまげた!」
「アイラ、いまVチューバーしよっとなぁ?」
「じゃっど。隼人は会計事務所で働いちょったとなぁ。あれ?隼人、なんかモデルになるっち聞いちょったんやけどぉ」
「あー、それはもうよかで忘やんせ。いまは会計の勉強を頑張っちょっとこや」
 久しぶりの鹿児島弁に猛烈な懐かしさを感じつつも、僕はこの会話に違和感を覚えた。何かおかしい。が、考えがまとまる前に天王洲さんが口を挟む。
「ちょっとまったー! ストップ鹿児島弁! イントネーション独特すぎてよく聞き取れない! それ以前に二人、知り合いだったの?」
「そうなんです。小・中・高と一緒で」
 アイラが答える。
「そりゃまあ何て偶然。これはもう運命ね! とっても素敵だわ。じゃあそんなキミには、はい、これお願い。懐かしむ時間がなくって悪いけど、1時間しかないから」
 銀行の通帳2冊と過去の確定申告書のファイルを渡される。
「重富さんが持ってきてくれたの。早速、事務所のコピー機で全部スキャンして、私が分析できるように共有クラウドに上げておいて」

 僕は再会後まもなく応接室を追い出された。
 コピー機でスキャンをしながらさきほどの会話について考える。
 おかしくないか? 僕が会計事務所で働いていることは、この前DMで教えたはずなのに。大体において、天文館いづろって……。アイラは『神宮 霧』というアイドルではなかったのか?
 うーん。

3.
 スキャンを終えて応接室のドアを開けると、その場の空気がなんだか重かった。

「そう、それは困ったわね……」
 天王洲さんが難しい顔で腕組みをし、アイラはうつむいている。そのまま、二人は押し黙った。
 僕は天王洲さんの横にそーっと座る。
「はい、これ……」
 預かった通帳と確定申告書のファイルをテーブルの上に置き、アイラに返す。沈黙が続く。耐えられない。
「えーっと、アイラ。うちの事務所、すぐわかった? あっ、そういえば、世田谷公園のそばに住んでいるんだから田園都市線なら1本だよね」
 この言葉に、二人の顔色がさっと変わる。そして、アイラは怯えるような目で、天王洲さんは怒りの目で僕を見る。

「えっ、あの、僕、何かマズいことでも……?」
「マズいもマズくないも、竜ヶ水! どーして重富さんが世田谷公園のそばに住んでることを知ってるの? もしかしてストーカーの犯人って……キミ!?」
「えっ!?」
「え、じゃないわよ白々しい! 吐け、さあ吐け、さっさと吐けー!」
「いやいやいや、何で僕がストーカー? いきなりストーカー?」
 詰め寄る天王洲さんを手のひらで押し戻しつつ、アイラに視線を向ける。
「ストーカーに付きまとわれてるの? ぼ、僕じゃないけどね、僕は無実だけどね!?」
「うん……そうだよね、隼人にそんな度胸ないよね」
「そんなことないわよ重富さん、この子がうちの事務所に来たのだって、某アイドルにストーカーを働いて……」
「わー、天王洲さん、そんなカビの生えたような話を! それよりアイラのことを教えてください!」
 僕が必死に訴えると、天王洲さんは疑いの目を僕に向けつつも説明してくれた。
「前からさ、しつこいファンは複数いたらしいんだけど、先月、ダックポンドって名乗るファンから『天文館いづろ』のSNSにこんなダイレクトメッセージが届いたんだって」
 天王洲さんがスマートフォンを見せてくれた。そこにはアイラから転送された画面のスクショがあった。

世にも会計な物語

「住所や本名を公開してる……わけないよね」
 僕の質問にアイラはブルブルと首を振った。
「もちろん、住所も名前も隠してるよぉ。Vチューバーだもん。実家と、事務所の一部の人しか知らないはずなんだ」
「それなのに竜ヶ水が知っているということは……」
 天王洲さんが僕をチロリと横目で見る。
「いやいやいや、僕はうちの父親から教えてもらったんですって。父親はアイラのお母さんから聞いたって。アイラだって知ってるでしょ? この前SNSでも話したじゃない」
 僕の懸命の抗弁に、アイラは怪訝そうな顔をした。

「SNS……?」
「神宮 霧って名前のSNSでDMのやり取りをしたよね?」
「知らない、何それ。隼人、何言ってるの? あたし、今は天文館いづろ名義でしかSNSはやってないんだよ。隼人、誰とやり取りしたの? 超怖いんだけど!」
「えーっ、だって、だって」
 僕がパニックを起こしてわたわたしていると、天王洲さんが僕の肩をつかんだ。
「竜ヶ水、一応聞くけど、重富さんとSNSでやり取りをしたのはいつの話?」
「1ヶ月ほど前ですけど……」
 僕が答えると、天王洲さんはハアーッとため息をついた。
「やっぱりね。このメッセージが届く直前じゃない。そこで、どんなやり取りをしたの?」
 僕は自分のスマホを取り出し、やり取りをした画面を二人に見せた。二人は食い入るようにそれ見る。
「何これ……あたし、知らない。あたしじゃない!」
「竜ヶ水、やっぱりキミが犯人だったのね」
 天王洲さんがギロッと僕を睨む。
「待ってください! 僕はストーカーなんてしてない!」
「そっちの犯人じゃないわよ。名前や住んでいるところをバラした犯人よ」
「えっ」
「キミがやり取りをしたのが、本当に重富姶良さんだったら、もちろん問題なかった。でも、果たしてキミのSNSの相手は、本物だったのかしら?」

“Vチューバー、ストーカーに反撃する”事件(前編)
おわり

[『TACNEWS』2022年3月号│連載│世にも会計な物語]

著者プロフィール

山田真哉(やまだしんや)

公認会計士・税理士。TAC梅田校出身。中央青山監査法人(当時)を経て、現在、芸能文化税理士法人会長。株式会社ブシロード等の社外監査役。著書に『女子大生会計士の事件簿』シリーズ、『世界一やさしい会計の本です』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』等。

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