日本のプロフェッショナル 日本の行政書士|2016年10月号

Profile

伊藤 健太氏

株式会社ウェイビー 代表取締役社長 ウェイビー行政書士法人 所長 行政書士

伊藤 健太(いとう けんた)
1986年、神奈川県生まれ。2006年、行政書士試験合格。2009年、慶應義塾大学法学部卒業。卒業後、大手損害保険会社に入社するもロースクール入学のため9ヵ月で退社。その後、ロースクール入試に専念。しかし、ロースクール合格直後に大腸腫瘍が見つかり、ロースクール進学を断念。2010年8月27日、株式会社ウェイビー設立。2011年1月1日、ウェイビー行政書士事務所(現・行政書士法人)設立。
著書:「日本一わかりやすい! 『創業融資』を成功に導く最強ノウハウ(中央経済社)」、「月商倍々の行政書士事務所 8つの成功法則(TAC出版)」、「合同会社設立のすゝめ(日本法令)」

起業家支援のワンストップサービス提供で、
世界で一番起業家を知っている会社になりたい。

2010年8月27日、「将来何か一緒にやりたいね」と語り合っていた小学校のクラスメート4名が集い、資本金5万円で会社を設立した。24歳の若者たちが作ったのが株式会社ウェイビーだ。人脈、資金、経験ゼロでのスタート。設立以来売上がない中で閃いたのが、言い出しっぺ伊藤健太氏が行政書士資格を持っていること。こうして2011年1月1日、ウェイビー行政書士事務所が誕生。ゼロから立ち上げ、独自の集客方法とマーケティングによって月間相談件数50〜60社をわずか1年間で築き上げた。伊藤氏とウェイビーの歩み、独自の行政書士論から「士業として何をめざしていくのか」を考えてみたい。

「日本を代表する何か」へ

 資格を取得する理由は人さまざまだ。今回、ご登場いただく行政書士の伊藤健太氏の理由は、一風変わっているとも、真面目とも取れる。
「行政書士資格を取ったのは、学校の勉強が実社会では役立たないと思っていたからです。勉強する目的、出口を探そうと考えました。法学部生の自分が一番手っ取り早く取れそうな法律系資格、それが行政書士だったんです」
 伊藤氏がそう思い立ったのは大学2年の8月、本試験まで3ヵ月のタイミングだ。
「模擬試験は日程が決められているので、必ずしも自分の学習スケジュールに合うとは限りません。模擬試験を受けるとなると、その日程に照準を合わせて勉強することになるので、逆に時間がもったいない」と、模擬試験も一切受けず、ほとんどすべてを独学で臨んだ。
 結果は一発合格。2006年は「理解力、思考力等の法律的素養」を重視するかたちに行政書士試験が改正され、試験科目の変更の他、記述式が40字程度になり、また多肢選択式が採用された年で、合格率は4.79%。特に10代の合格者が少ない中、当時19歳だった伊藤氏は見事10代の合格者となったのである。
「受かっただろうと思って合格発表を見ると、合格ラインが180点のところ186点での合格でした。3ヵ月で合格できれば、それでいいんです。高得点を狙う人もいますが、必要以上にやっても意味はありません。わかる問題だけをきちんと解いて正答率を上げていけば合格ラインは見えてきます。
 僕は受験を含め、常に勝ちにはこだわってきました。勝ちたいと思った時は勝ちにいきます。もちろん行政書士も1日10時間勉強したベースがあっての話ですけど」
 そう言った後すかさず、「面倒くさいヤツだなと思うでしょ」と苦笑。
 伊藤氏は小学校時代からリーダーシップを取るタイプで、クラスの誰よりも運動をして、わからなくても授業中に手を上げる目立ちたがり屋だった。
 「小さい頃に両親が離婚して家に帰っても誰もいなかったから、クラスでは皆に好かれたいという思いがありました。学校行ってまで淋しい思いをしたくなかったんです」
 高校は慶應義塾高等学校に進学。理由は単純に「偏差値が高くてカッコいいと思ったから」。大学進学時に法学部を選択したのも、内部進学で文系最難関だからというのが理由である。勝ちにこだわるから常に最上位を狙う。裏を返しても他に理由はない。大学進学時に法律家をめざそうという気持ちがあったかといえば、20%あったかどうか。少なくとも伊藤氏が自分からやりたいと思っていたことではなかったようだ。
「大学生って不幸だと思います。自分が将来何をやったらいいかわからない中で、出口を決めなければならない。結局ロールモデルが少な過ぎるから、資格の勉強を始めるヤツとサークルで遊ぶヤツ、アルバイトに勤しむヤツ、趣味に没頭するヤツ、この4つになってしまいます。
 僕は学生時代3つのことにコミットしていました。1つ目はアルバイト。高校3年から大学卒業までの5年間マクドナルドに勤めて、時給800円からスタートして店長代理まで昇格し、時給1,100円にまで昇給しました。お金を稼ぐためというより単純に楽しかったから続けていました。2つ目は勉強。勉強して知らないことを知ると一歩階段を上がるので、見えるものが増えてくる。その循環が好きでした。3つ目がスポーツ。中学高校でやっていたサッカーを大学でもずっと続けていました。
 勉強もしっかりやりながらスポーツも人づきあいもする。高校や大学では文武両道・人間性・おもしろさ、この3つを追求していました。バランス感覚を大切にするというか、欲張りというか。就職活動でも『長所はバランス感覚に優れているところ』が売りでした」
 就職活動では「日本を代表する何か」になれる環境かどうかを軸に企業を探した。将来「政治家になりたい」という思いもあり、政治家になるためにはビジネスの最前線を見ておく必要があると考えていたからだ。大学3年10月にコンサルティング会社から内定をもらい、同年、リクルート主催のビジネスコンテストで「日本おしどり夫婦化計画」で優勝。大学4年の4月1日からコンサル会社のインターンに入った。
 就職先にコンサル会社を選んだ経緯について、伊藤氏は消去法だったと明かす。
「例えば銀行に就職するとお金のことしか聞かれなくなるし、商社で鉄鋼担当になったら鉄のことしか聞かれなくなる。それが嫌だったんです。勤務している間、同じことしか聞かれないのは可能性が狭まっていくように思えました。
 僕は1人の人間として闘いたい。だから本当は就職したくないと思っていたんです。でも一方で、大学を出たらお金を稼がないといけない。だからフィーが高く、ものごとに幅広く関われるコンサル会社にしたんです」
 コンサル会社のインターン初日、伊藤氏を高く評価してくれていた社長は「こいつは逸材だ」と突然出張に連れていった。
「名刺交換のやり方も知らないのに社長と同席してクライアントの社長に会いました。今振り返ればすごくいい会社ですよね。インターンの身でこんな経験ができるんですから。今ならそのままコンサル会社に残っていれば良かったと判断すると思います。でも当時の僕はぬるかった。なぜこんなところにいなきゃいけないんだ、なぜ大学生なのに出張なんだ、と不満ばかり募らせていました」
 結局、伊藤氏はインターン1週間でコンサル会社の内定を断った。

世の中を良い意味で変えたい

 内定を断れば就職先、つまり出口がないことになる。大学4年の5月。大手企業の採用はほぼ終わっていた。
「どうしようかと思った時、当時一番なりたかった政治家になっているのはどんな人かを見てみると、世襲でない限り弁護士か検事、あるいはコンサル系出身者が多かった。それなら今度は弁護士になって政治家をめざそうと決めたんです」
 弁護士になるには「ロースクール受験→2年間通学→司法試験受験」というステップを踏まなければならない。ロースクールに入るには受験指導校に通う費用も必要だ。両親が離婚している伊藤氏にとって、親に費用を援助してもらうことなどあり得なかった。そこで伊藤氏にはやるべきことができた。
「まずはロースクールに行くこと。そのためにはお金がないから働くこと。そして何よりロースクールに入るために勉強しなければならないこと。ロースクールに入るための準備資金はアルバイト代で賄えましたが、ロースクールの学費は就職して稼ぐしかない。
 そこで留学生向けの秋採用で、『一番たくさんお金がもらえて、一番早く帰れそうな大手損害保険会社に行こう』と決めました」
 ゴールが見えるとそれに向けて猛進するタイプである。大学卒業後、伊藤氏は大手損害保険会社(損保)に入社。9ヵ月間で資金を貯め即刻退職する。損保に入ったのは、勉強時間の確保とロースクールの学費を稼ぐためだった。
 しかし結果的に伊藤氏はロースクールには入らなかった。伊藤氏の人生の価値観が大きく変わったからだ。
「朝起きてまず机に向かい、働きながらも空き時間はストイックに勉強。誰ともしゃべらずに1日を終える。そんな日々が何ヵ月も続きました。これでロースクールに落ちたら1年間どうするんだ。そのプレッシャーがものすごくありました。そうしたら体調が悪くなってきて。ちょうど受験が終わり進学が決まった時期でした。何度も病院に通って精密検査をした結果、大腸に腫瘍があった。これは絶対に癌に違いない。病理検査の結果が出るまでの3週間、人生の絶望期を迎えました。
 その時、もう時間がないんだと思いました。ロースクールに2年通って、スムーズにいっても弁護士になるまでに約5年かかる。死ぬかもしれない、もしかしたら人生意外に早く終わるかもしれないって時に、そんな遠回りをする必要はないんじゃないかと、価値観が劇的に変わってしまったんです。
 死ぬと思ったらお金なんかどうでもいい。死ぬ前に『世の中を良い意味で変えたい』。そのために会社を作ろう。
 そこで検査後すぐに小学校の同級生3人に声をかけると、みな賛同してくれて会社を作りました。それがウェイビーなんです」
 3週間後の検査結果は「良性の大腸ポリープ」。切除して一件落着。今ではまったくの健康体である。

ウェイビー行政書士事務所スタート

 さて、会社は作ったものの社会的使命感も計画性もなかった。不治の病に違いないという思い込みで始まった会社は最初から迷走した。
「飲食店のクーポン、自転車のリサイクル…始めれば何か残るんじゃないかと5つ位の事業を手がけてみましたが、どれもちょっとハードルがあると『もう無理』と諦めていました。だから何をやってもうまくいきません。カッコつけて、どうせやるなら人のやらないことをやろうとばかり考えていて、お金になる気配など微塵もなかったんです」
 軸が定まらないまま半年近く売上ゼロが続き、いよいよ追い詰められてきた時だった。たまたま創業メンバーから、アルバイト先で一緒のアメリカ人が就職したいのにビザが取れないで困っているという相談を受けた。「このビザの問題を解決してくれたらお金を払うよ」。この一言で、伊藤氏に天啓が下ったのである。
「えっ、『この問題解決したらお金くれるの!?』って、衝撃でしたね。会社をスタートしてからお金を払いたいと言ってくれた人はいなかった。そうか、目の前の困っている人の悩みを解決してあげればお金をもらえるんだ、ビジネスって意外とシンプルなんだなと。
 そして留学生ビザ申請をしている会社に行くと、『この問題を解決するのは行政書士ですよ』と言われました。その時、そういえば6年前に自分も行政書士資格を取ったなと。資格を取ったことすら忘れていたんです」
 こうして伊藤氏は行政書士として看板を出すことになった。その際、開業前に依頼者の目線で行政書士を探した経験が大いに参考になった。
「ウェイビーの設立は他の行政書士にお願いしましたが、『会社設立0円』という事務所もあれば、一方で『設立は20万円』というところもある。おかしくないですか。普通、『牛丼なら1杯380円』という相場観があるじゃないですか。それがないんです。だから0円の事務所にお願いすると良くない会社ができるんじゃないか、20万円のところにお願いするとうまくいく会社ができるんじゃないかと思ってしまう。
 それに会社設立を依頼してから何日でできるのかを知りたいのに、どのサイトにも載っていないんです。こうした経験を思い出して『この領域なら勝てるんじゃないか』と思いました」
 行政書士登録には都道府県の行政書士会への入会金などで約30万円がかかる。売上のないメンバー4人は最後のなけなしのお金を各自7万5,000円ずつ出し合って登録費用にあてた。
「まずはこの30万円を絶対に回収しないとだめだよね」。それがメンバーの合言葉になった。
「それまでは良く言えば無限の可能性の中から選ばなければならなかったんですが、目標に制限がかかったのが逆に良かった」と、伊藤氏はその時のことを振り返る。

軸足は起業家支援

 シンプルにビジネスをやり、既存のものをより良くし、さらに安くしていけばお客様は来るはずだ。既存の仕組みを反面教師に、伊藤氏は自分たちのスキームを模索した。
「実務は八百屋さんで言えば野菜の仕入れと同じです。売り先がないのに仕入れたら、野菜は腐るじゃないですか。『受験勉強で知識と資格を仕入れました。実務経験も積みました。仕入れた知識をお客様に適用します』といっても、ただ待っていて誰かが買ってくれるわけではありません。まずはお客様が来てくれる仕組みを作らないと始まらないんです。
 それなのに、多くの人は資格そのものが目的だと考えてしまう。行政書士資格を取ったら、その瞬間から行政書士資格は『目的』ではなく『手段』になります。行政書士資格を手段にして、お客様にどれだけバリューを提供し目的達成に寄り添うかが目的になります。ここを勘違いして、手段と目的が逆になるとダメなんです」
 顧客なし、経験なし、資金なし。実務はOJTで身につける以外なかった。そんな中で、何よりメンバーが心血を注いだのが集客方法だ。いかにしてホームページに多くの人に来てもらうか。まずはそこが勝負だ。ホームページで自分たちが既存の事務所よりもよりよいサービスを安くしかもスピーディに提供できることを強調した結果、最初の1ヵ月で会社設立を約10社から受けることができた。
 事務所の軸になったのは、伊藤氏が幼い頃から考えていた「日本を良くしたい」という思いだった。そこから「行政書士ができる日本を良くする仕事」をたぐっていくと「起業家支援」に至った。
 こうして創業からわずか1年で会社設立、創業融資の相談件数は500件を超え、創業から2年で年商4,000万円という実績を打ち立てた。この成長ぶりは2012年11月、TAC出版より『月商倍々の行政書士事務所 8つの成功法則』として出版されている。この本は新時代の独立・集客・経営のバイブルとして、アマゾンの「起業・開業」ランキング1位を獲得した。
 その後も創業4年半で2000社の会社設立に関わり、会社設立では有数の行政書士事務所へと成長していったのである。ちなみに、前述の著書改訂版が年内にもTAC出版から発売予定で、今回は「すべての士業の開業に成功をもたらす」内容になるという。
 起業家支援を軸に歩み始めたウェイビーは、行政書士事務所での会社設立、創業融資コンサルからマーケティング支援、Web制作だけでなく、ビジネスコンテストへの参加促進、30〜40名近くの起業家が集まる起業家交流会も主催するなど、そのすそ野は広がり、2012年7月には日本最大規模の若手起業家向けビジネスコンテストの事務局を担当し成功に導くなど、起業家支援のスキームが構築されていった。

手続き業務は士業の仕事ではなくなっていく

 ウェイビーの起業家支援はその後、様々な教育サービスやコンテンツ、ホームページ制作に広がり、現在ではグループの主軸となった。
 さらに、このノウハウを活かし、士業を対象にした資格独立支援、士業向けの独立・集客・経営コンサルタント業務も新たにスタートした。また圧倒的な説得力を持つその語り口調が人気を呼んで、日本行政書士会連合会を始めとする伊藤氏へのセミナー講師依頼は引きも切らない。
 八面六臂の活躍をする伊藤氏だが、その落としどころは「お客様の作った会社がうまくいくために、自分たちは何をしなければいけないか。何ができたらいいんだろうか」と、常にぶれない。そこには士業の現実に対する厳しい目線がある。それは業界全体に対する危機感の表われでもあるようだ。
「行政書士業務だけでなく、税理士の記帳代行や社会保険労務士の手続き業務もそうですが、最近はITによる機械化・自動化に取って代わられつつあります。手続き業務は結果が変わらないし、むしろ同じでなければなりません。だったら機械にやってもらったほうが確実性が高い。つまり、本来の目的を忘れて手段を目的だと思っている人たちは、機械との闘いになったり、価格の闘いにしかならないんです。
 さらにもうひとつ言えば、僕は行政書士になって良かったと思っていますが、資格に固執して行政書士だけをずっとやっていくことはあり得ないと考えています。もっと簡単に誰でも会社を作れるようにしたいし、起業家支援に注力していきたいですね」
 お客様が起業後うまくいくために、お客様に寄り添うようなサービスを徹底追求する。このことをウェイビーはOJTを通じて学び取ってきた。暖簾にあぐらをかいて手続きだけやっていたら時代にキャッチアップできなくなると、伊藤氏は警鐘を鳴らしているのである。

会社が失敗に終わらないためには

 現在、伊藤氏が取り組んでいる業務は3つある。その中で、一番コミットしているのがネット版起業情報を作ることだという。例えばニューヨークで美容室を開きたいので情報はないか。あるいは北海道で飲食店をやるにはどれぐらいコストがかかり、どのぐらい儲かるのか。
「こうしたネット上ではなかなか見えない、僕たちでもキャッチしにくい起業の様々な情報をまとめたネットメディア『助っ人(http://suke10.com)』をスタートしました。それが1つ目です。2つ目は、起業家・経営者、そして弁護士、公認会計士、社会保険労務士、税理士、行政書士といった士業の方を集めた勉強会です。全国で開いていて300人の参加者がいます。3つ目が、社内向けの社長業、組織運営ですね」
 組織の方向性は、すべて実践での気づきで決定していくという柔軟なものだ。
「頭の中で考えることなんてたかがしれているので、基本全部やりながらです。頭の中で考え緻密に設計するのって、嫌いなんです。環境変化は早いし、何かを緻密に計画しても担当者が一人でも辞めたらその計画は全部ずれるじゃないですか。だからとりあえずやってみて、走りながら必要なものをはめていって形を作るイメージですね」
 創業から6年目。売上もグループ全体で2億円が目前。そんな現在の姿を、創業時に想像できただろうか。
「できないです。だから2段階に幸せだと思っています。まず一義的に言えば、最初の数ヵ月売上ゼロだった時は、こんなに自由にお金を使えるようになるなんて想像できませんでした。だから、僕はすごくうまくやっています、と。
 でも一方で欲がすごくあるので、『本当はもっとやれたんじゃないか』とも思うんです。それはお金のことではありません。僕が一番やりたいのは、『世界で一番起業家を知っている会社になること』。今、起業しようとしているどれだけの人が僕の会社を知っているかと言えば、残念ながら日本国内でもせいぜい1万人ぐらいでしょう。6年間一生懸命やってきましたが、僕が70〜80歳になるまであと40〜50年しかない。世界中の70億人に伝えたいと思っても、これまでのペースをくり返すだけでは、70億人には到底届かない。それって僕からしたら大失敗なんです。じゃあどう巻き返していくか。個人としてはこの6年間、よくやったと思っています。だからここからの6年間は全く違う6年間にしていかないと、会社としては失敗に終わってしまいます」
 本人が思い描く「日本を良くするため」のゴールに辿り着くにはまだまだ道半ばということなのだろう。遠大な目標だからこそ達成はそう簡単にはできない。だが、出口を見つけたら一歩一歩進むことができるのが伊藤氏の長所だ。
「利益などではなくて、『僕たちの会社と仲間が与える社会への良い影響』のようなことが今僕にとって一番大切な目標です。この会社が何か発信した時に、社会がどれだけ連動してくれるのか、社会がどれだけ変わるのか。そんな影響力をすごく大切にしたい。
 世界をより良くしていくのに、僕たちは起業の領域でしていく。スティーブ・ジョブズがアップルを作ったことによって世の中が変わったように、新陳代謝を起こすのは大企業ではなく小さな起業家です。そんな起業家を日本でもっともっと産み出す。それによって社会全体がより良くなるようにと、起業家支援を一生懸命やっていきます」
 世界に良いウェイブを起こしたい。ウェイビーの名前の由来通り、世界中に大きな波を起こせるか。「世界で一番起業家を知っている会社」をめざしてウェイビーの挑戦は続く。

「起業のことならウェイビー」をめざして

 「起業家とは何か」という問いについて、最近伊藤氏が確信を持っていることがある。それは「答えのない中で自分で答えを出していく人」だ。
「これまで『違うものが紛れている中から最適な答えを選んでください』というABCD4択構図の中で生きてきた僕たちにとって、起業の世界は真逆。答えなんてないんです。うまくいった時に初めてうまくいったことが証明され、その時に初めて『良かったね』と言われる世界です」
 答えのない世界で自分で答えを出していく。この難しさがあるからこそ、士業をめざす人に絶対にやってほしくないのは「先輩の話を聞くこと」だと伊藤氏は指摘する。
「スタートした2011年、僕はまだスマートフォンを持っていませんでした。今ようやく日本もスマホ普及率は半数を越えましたが、2011年の普及率はおそらく10%以下。だからホームページを作るとサイトへのアクセスは、ほぼ100%パソコンからでした。でも今、楽天市場へのアクセスは約60%がスマホからです。また、開業時にはFacebookもマイナーでした。それが今ではGoogleよりFacebookで広告を打ったほうが費用対効果が高いと言われています。
 このようにトレンドがどんどん変わる中、ひとつのビジネスモデル、成功体験はいつまでも通用はしません。僕たちが成長できたのは、時代や環境に合わせてビジネスモデルそのものを変えていく柔軟性を持った組織だったからです。
 何が言いたいかというと、資格を取って独立するのも、過去の成功事例だけを参考にしてはいけないということです。
 僕だってもう1回ゼロから開業して今ぐらいの事務所を作れと言われたら、100%できるとは断言できません。運もあるし時代も変わっているからです。だからこそ、独立する人は全員が起業家スピリットを持たなければなりません。
 日本行政書士会連合会によると、行政書士は10人に1人しか年商1,000万円を超える人がいません。僕の感覚では残りの90%はビジネス的に成功しているとは言いがたい。資格を取得してビジネスで成功する、これは簡単ではない世界だと思います。でも、そうは言っても10%の人は儲かっている世界なので、これをチャンスとして捉えて欲しいんです」
 伊藤氏は現在、「世界で一番起業家のことを知っている存在」をめざしている。行政書士という枠を越えてもっと幅広いフィールドで「起業のことならウェイビー」と言われる存在をめざし、起業のためのワンストップサービスに取り組んでいるのである。まずは日本中どこでもウェイビーのサービスを受けられるように、大阪、名古屋、福岡と日本中に拠点を展開中である。さらには日本を足場に世界に打って出て、ワールドワイドに「世界で一番起業家を知っている会社」をめざすのである。
「生きるため、生活のために働いている感覚は、僕にはみじんもありません。やりたいからやっているだけなんです。だから報酬はいくらでもいい。年収2億円の会社があったとしても、仕事内容に魅力がないなら、別の年収200万円の会社のほうをやりたい。そこの腹落ち感を今とても大切にしているんですよ(笑)」
 決して楽に安泰な道を歩んできたわけではない。多くの失敗や挫折の上で「能力よりも精神力」を胸に歩んできた。「あとは自分が何になり、何をなすべきかの個人的使命感。そこさえ見えれば後は進むだけ」と先の風景を眺める。後輩となる受験生にも、「やるべきことが見つからない人は、目の前の仕事を5倍やれ。目の前のことを一生懸命やらないと良い循環に入らない」と檄を飛ばす。
 29歳という年齢を考えれば、ともすると「生意気で毒舌な若者」に見えるかもしれない。でも、考えてほしい。士業の中で「世の中のために」を本気で考えている人はどれぐらいいるだろう。「事務所の売上1,000万円達成が目標」という人だって大勢いるし、別にそれが悪いわけではない。フランスでのテロもトルコでのクーデターも「世界の遠いところで起きたこと」と思っている人は意外にも多いことだろう。そんな中、士業を生業としてどれだけの当事者意識をもって正義と向き合っていくか。その一点において、伊藤健太氏は誰にも負けない確固たるものを持っている。

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