LET'S GO TO THE NEXT STAGE 資格で開いた「未来」への扉 #43

  
Profile

植田 開(うえだ はるき)氏

株式会社 steam 一級建築士事務所
代表取締役 一級建築士

1983年1月28日生まれ、広島県出身。株式会社steam一級建築士事務所代表。広島工業大学大学院 村上徹研究室で建築を学ぶ。卒業後は上京し佐藤光彦建築設計事務所に所属。社屋ビル、コーポラティブハウス、戸建住宅、共同住宅などの分野で約3年修業を積む。その後ゼロワンオフィス一級建築士事務所に所属しコーポラティブハウスの設計を中心に従事。企画から販売までの一気通貫した業務経験を活かして2015年に独立し、その後一級建築士資格を取得。独立7年目にして多忙な日々を送る。

【植田氏の経歴】

2002年 18歳 広島工業大学工学部環境デザイン学科に入学。建築に興味を持ち始める。
2007年 24歳 広島工業大学大学院 村上徹研究室を卒業後、佐藤光彦建築設計事務所に所属し修業を積む。
2010年 27歳 ゼロワンオフィス一級建築士事務所に転籍し、コーポラティブハウスの業務に積極的に携わる。
2015年 32歳 株式会社steam一級建築士事務所を設立。
2018年 35歳 一級建築士試験に合格。建築専門誌に掲載されるなど、業界人からも評価を得始め、ますます業務の幅を広げている。

開業後に一級建築士資格を取得。
実務経験に体系的な知識が加わり、建築家としての可能性が広がった。

 建築設計のプロフェッショナルである建築士。資格を取らずとも建設業にかかわることはできるが、一定規模以上の建築物の設計や工事監理は建築士の独占業務であり、建築業界でキャリアアップをめざすには必須の資格である。東京都北区中十条に事務所を構える株式会社steam一級建築士事務所の代表、植田開氏は、広島工業大学大学院卒業後、著名な建築士に師事し修業期間を経て設計のスキルを上げていった。資格を持たず実績を積み上げてきた植田氏が建築士資格をめざしたきっかけは何だったのか。資格を得たことによる変化や今後の展望も含め、お話をうかがった。

一級建築士は、若手が求められる将来性の高い資格

 「一級建築士は、足の裏の米粒のようなものだ」と揶揄されることがある。資格を取らないと気持ち悪いが、取っても食えないという意味だそうだ。資格がなくても建築プランの提案や図面の書き起こし、イメージ模型の作成などの仕事はできるが、資格がないとできる仕事に制限があったり、顧客からの信頼を得にくかったりする。ただし、資格を取ったとしても、確実に稼げるわけではない――。
 しかし、株式会社steam一級建築士事務所代表を務める39歳の建築士、植田開氏は「これからの時代は違います」と言う。近年の一級建築士の登録者人数は50~60代が半数以上となっており、その一方で30~40代は全体の30%、20代に至っては1%程度しかいない。つまり若い世代の人材が不足しているのだ。この状況は、若い世代の一級建築士の需要が今後増えていくこと、つまり将来性の高い仕事であることを示しているとも言える。植田氏は、こうした時代に向けて躍進する若手一級建築士のひとりだ。
 1983年、広島に生まれた植田氏。学生時代の得意科目は美術と技術と音楽。絵を描くのが好きで、特に習っていたわけではないがよく周囲から褒められるほどの腕前だった。「他にも技術の授業で取り組んだ電子回路の設計やプログラムなどにも興味がありましたね。でも他の科目はまったく得意ではなくて、学校の勉強はあまり真剣に取り組んでいませんでした」と当時を振り返る。
 これといった将来の展望もなりたい職業もなかった植田氏。高校3年生のとき、卒業後の進路を決める段階になって、とりあえず大学へは進学しようと考えた。
「学力には自信がない。でも絵を書いたり、物を作ったりするのが得意だったので、そうした技能だけで入学できる地元の大学を選んで入学しました」
 広島工業大学工学部へ進学し、2年生で建築の授業が始まったことをきっかけに、植田氏の生活は変わり始めた。
「建築の勉強がおもしろくて、どんどんのめり込んでいきました。表立った活動はほとんどない美術部に所属していたのですが、そこの部室を根城にして、ほとんど家に帰らなくなりました。昼間は授業を受けるか図書館にいるか、夜になると資料を持って部室に移動し朝まで作業。そんな生活でしたね。大学の図書館には建築関連の過去100年ぶん近い蔵書があったため、気に入った建築物があればコピーをして、図面を模写して、模型を作ってということを繰り返していました」
 建築に没頭する毎日。日々の努力が実り始め、大学院に入る頃には、日本建築家協会などが行う設計コンペなどで受賞することも増えてきた。
 大学院卒業後の進路は、先輩から「厳しいが実力がつく」と評判を聞いていた東京の設計事務所。若手にも実務を積極的に回してくれる風土で、図面の書き起こしや模型の制作、現場監督、建築プランの立案など、徐々に任される仕事が増えていった。大手不動産会社やゼネコンに就職した友人たちがなかなか現場に立たせてもらえない中、植田氏はいち早くリアルな現場と実務に触れ、貴重な体験を積んでいった。
 上京して3年ほど経ち、自分のやりたい仕事や得意分野が見つかってきた頃、仕事が少し落ち着いたタイミングで転職をした植田氏。転職先のゼロワンオフィス一級建築士事務所では、コーポラティブハウスを中心に、企画から販売まで一気通貫した業務に取り組んだ。
「コーポラティブハウスとは、居住希望者同士で組合をつくり、自ら事業主となって建物の企画・建築を行う集合住宅のことです。僕の役割としては、土地を見つけてきて建物の設計案を作り、建物内の各部屋の値付けをするところから始まり、それをホームページなどに載せて入居者を募り、全部の部屋が埋まったら着工する。設計だけでなく、広報、営業活動、銀行との交渉を含む入居者の資金借り入れの斡旋など、入居に関する様々なネゴシエーションが必要になるため、大変でしたが良い経験になりました」

事務所を開設して独立を実現 次なる課題は一級建築士の資格取得

 コーポラティブハウスの業務では、事業収支も自分でそろばんをはじくことになる。そうして一連のノウハウを身につけた植田氏は、入所4年目あたりから独立したいという思いを抱くようになった。ただ植田氏は建築士資格を持っていないため、前事務所時代の同期で一級建築士を取得しすでに独立していた、一級建築士事務所 テンセンアーキテクツ代表の畑兵祐氏に声をかけ、「目をつけている良い土地があるから一緒にコーポラティブハウスを作ろう」と相談を持ち掛けた。結果的にその案件は断念することになったが、ふたりで十条の空き物件に目をつけ、共用の事務所で、畑氏とは別の法人を立ち上げる形で独立を果たすことになった。
 独立して3年ほどは、内装を中心に業務を行い、建築士の資格が必要になるものについては畑氏の下につく形で対応した。その間、一級建築士の試験は受けていたが結果は出ず、本格的に資格取得に力を入れる必要性を感じ始めた頃、友人から評判を聞いてTACに通い始めた。「体験授業を受けて『プロの講義はこんなにわかりやすいのか』と驚きました。過去に学習塾や予備校などに通った経験もなく、勉強の仕方というものがわかっていなかったのですが、TACで学ぶ中で徐々に身につけていくことができました。建築業界で働いていたので建築に関する知識はもともと持っていたものの、それらが整理されずに混沌とした状態で頭の中にある状態だったのですが、講義を受けることで知識が体系づけられスッキリと整理された感じがしました。そのおかげで実際の仕事の処理スピードもかなりアップしましたね」と植田氏は振り返る。
 うまく業務と勉強のバランスを取り、TACに通い始めてからは学科試験、製図試験を一発で合格。ただ、豊富な実務経験が活きたのかというと少し違うらしい。「特に製図は、試験と実務で求められるものが異なります。試験だと要綱をきちんと理解して、それを満たしたものを作ることが大切ですが、実務の場合はちょっとクセや個性を持たせたほうがいい場合が多いのです。でも、そういったクセや個性の評価は個々の主観もあるから点数化できない。試験だと要求通りのものをそのまま作ることが大切になります」と植田氏はアドバイスをくれた。
 製図の試験の直前に結婚をした植田氏。
「妻の両親には『設計の仕事をやっている』とだけ話していて、なんとなく資格の話は避けていました。でも結婚前には、やはり正式に『一級建築士』を名乗りたい。もう落ちるわけにはいかないという思いも、合格へのモチベーションとなりました」

資格を得たことで過去の実績も評価され始めた

 資格取得前から実務経験豊富だった植田氏だが、資格を取得したことでどのような変化があったのだろうか。
「一級建築士の資格を得たことで、どんな案件も自分の事務所単独で回答できるようになりました。対応スピードが上がるので、仕事の回転数がアップして受注数を増やすことができました。また、名刺に“一級建築士”と入っていると、お客様からの信頼も得やすいですし、私の話に積極的に耳を傾けてくれるお客様が増えたように思います。そうなると、資格を持っていなかった修業時代の自分の体験や実績も合わせて評価されるようになってくる。資格がなくても仕事はできますが、資格を取って良かったと本当に思いますね」
 事務所名に含まれる「steam(スチーム)」には、「スごいチーム」という意味と、アナログな力強さの象徴としての「蒸気」という意味が込められている。植田氏は現在、大工職人自身がトップに立って、従業員みんなで手を動かしているような小規模な工務店とチームを組んで、トータルコストを抑えたハイセンスで個性的な住宅の提供を行っている。顧客一人ひとりと向き合い要望を聞いた上で、チーム一丸となり企画から販売まで首尾一貫して関わる。良い家を作りたいという思いが、事務所名にも表れているようだ。
 設計した建築は専門家からも評価を受け始め、建築家の登竜門とされる専門誌『新建築』(新建築社)でも、自身が設計した住宅が紹介されるようになってきた植田氏だが、今後の展望についてはどのように考えているのだろうか。
「住居を作るのが好きなので、仕事としてではなくて、数年に一回ぐらい、自分のこだわりを詰め込んだ自分の家も作ってみたいですね。それらを作品集のようにしてお客様に見せることで、住みたい家のイメージを持っていただけたら素敵だなと思います。
 また、うれしい悲鳴ですが、最近では受注する案件が増え、ひとりでは請け負いきれないぐらいの業務量になってきました。そろそろ後進を育てていきたいという思いもあるので、従業員を増やして、業務範囲を少しずつ広げて事務所を大きくし、より多くの設計管理業務を行えるようにしていきたいですね」
 後進育成への思いも語ってくれた植田氏から、最後に、建築業界をめざす人たちに向けて、メッセージをいただいた。
「建築士は、建築設計業を営むには必須の資格だと思っています。覚えることが多いので、ぜひ若いうちに早めに取得することをおすすめしたいです。勉強時間の確保は難しいかもしれませんが、実務を経験しながら学ぶことで相乗効果も大きいです。若い建築士は希少価値が高く、将来性も十分あると思います。ぜひがんばってください」
 植田氏の後に続く、若き建築士が数多く誕生していくことを願う。

[『TACNEWS』 2022年7月号|連載|資格で開いた「未来への扉」]