タックスファンタスティック Tax Fantastic!!第63回テーマ 『君たちはどう生きるか』は相続の話?

税 太 監子さん、た、大変です!


監 子 税太くん、どうしたの?最近相続案件に取り掛かっていたけど、もしかして何かやらかしちゃった?


税 太 いや、相続案件ではなくて…いや、ある意味相続案件とも言えるのかも…。


監 子 何をワケのわからないことを言っているの?


襟 糸 監子君、まだまだ甘いな。「相続案件ではなくてある意味相続案件」といえば、「アレ」しかないだろ!


税 太 そうなんです、襟糸先輩!「アレ」です、『君たちはどう生きるか』です!


監 子 一体なぜ「アレ」で伝わるのかしら?まあいいわ、宮﨑駿監督の新作ジブリ映画を見たってことね。で、なんでそれが大変なわけ?


税 太 「お母さんの相続」の話なんです、あれは。


監 子 え、そうなのね?お母さんが戦火で亡くなるシーンから始まるってことは知っているけど、まだ見てないからテーマまでは知らなかったわ。でもどうして「お母さんの相続」の話だと大変なの?


税 太 宮﨑駿監督は相続の専門家ではないはずなのに、母親が亡くなることは父親が亡くなる場合よりも特別であるということがしっかりと描かれていたからです。僕らは普段から相続税務のお仕事をたくさんさせてもらっているので、母親が亡くなったときの相続こそ、本当にご遺族の方が寂しい気持ちになられていることを知っています。そんな専門分野もしっかりと描き切る宮﨑駿監督の才能はさすが、大変なものでした!


監 子 そういうものなのね。私も日ごろは会計監査が中心だから相続の現場のことはわからないのだけど、どうして母親が亡くなるほうが特別なの?


襟 糸 それは全世界誰にとっても、母親というのはかつて肉体で繋がっていた唯一の存在だからだ!20世紀文学の傑作のひとつ、アルベール・カミュの小説『異邦人』は「きょう、ママン(お母さん)が死んだ。」という一文から物語が始まるが、主人公が半ば狂っているかのような不条理な行動を見せているのは、唯一自分と連続性があった母親が亡くなったからだという文学研究もある。人間は母親の死をもって本当の孤独を感じて、おかしくなってしまうこともあるのだよ。


税 太 さすが襟糸先輩、文学のウンチクもエリート級!そうなんです。でも今回の『君たちはどう生きるか』では最初こそ主人公は母親が亡くなって孤独の世界に閉じこもっているんですが、死者の世界を旅することで目覚めるんです。『異邦人』とは違って、本当の孤独から脱却できたんです。


監 子 えーっと、何だか私はだいぶついていけてないけど、ここまで税太君を熱くさせてしまくらい『君どう』が凄い作品なのはわかったわ。あ、もしかして父親から相続を受けた母親が亡くなったときに起こる二次相続ではさらにモメやすいってことも、何か作品と関係があるのかしら?


襟 糸 鋭い視点じゃないか。平均寿命を考えれば、一般的には母親が亡くなるときには父親もすでに亡くなっていることが多い。そうなると法律上対等な関係である子どもだけで遺産分割をするためモメやすいと言われている。しかし母親という精神的支柱が亡くなって真の孤独を感じることで、より感情的になりやすくなるという部分は共通する気がする。


監 子 さすが襟糸先輩。なるほどね、だから相続がモメたり荒れたりしてしまうこともあるわけね。あ、冒頭の「アレ」って、「荒れ」のことだった?


【今回のポイント】

「自分の母親が亡くなる」というのは全人類に共通して悲しいことに違いない。生まれる前から何ヵ月もの間、お腹の中で一緒に過ごしてきたという意味で、やはり父親とはわけが違うのである。宮﨑駿監督の本当の狙いは定かではないが、私としては原作の小説にはない母親の相続を描いているところを見ると、「相続」がメインテーマのように感じた。ネタバレになるといけないのだが、父性としての事業承継のシーンも描かれていたので、相続実務を仕事にしたい方・すでにしている方にはぜひおススメの作品である。


[『TACNEWS』 2023年11月号|連載|タックスファンタスティック]

Profile

筆者 天野 大輔(あまの だいすけ)

1979年生まれ。公認会計士・税理士。税理士法人レガシィ代表社員。慶應義塾大学・同大学院修了(フランス文学を研究)。情報システム会社でSEとして勤務。その後公認会計士試験に合格、監査法人等で会計監査、事業再生、M&A支援等を行う。その後相続専門約60年の税理士法人レガシィへ。相続・事業承継対策の実務を経て、プラットフォームの構築を担当。2019年に士業事務所間で仕事を授受するWebサービス「Mochi-ya」、2020年にシニア世代向けの専門家とやりとりするWebサービス「相続のせんせい」をリリース。主な著書『相続でモメる人、モメない人』(2023年、講談社/日刊現代)。2023年、YouTubeチャンネル「相続と文学」配信開始。

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