日本のプロフェッショナル 日本の会計人

鈴木健市(すずき けんいち)氏
Profile

橘 慶太(たちばな けいた)氏

円満相続税理士法人 代表税理士

1987年10月、千葉県野田市生まれ。2011年、専修大学卒業。同年、税理士法人山田&パートナーズ入社。同年、税理士試験合格。2012年、税理士登録。2016年、税理士法人山田&パートナーズ退社。2017年、独立開業し、円満相続税理士法人を設立。2019年10月、大阪事務所を開設。2023年12月、大宮事務所を開設。2024年4月、名古屋事務所を開設。
著書:『ぶっちゃけ相続』『ぶっちゃけ相続 「手続大全」 』(ともにダイヤモンド社)
YouTubeチャンネル:【円満相続ちゃんねる】税理士橘慶太

税理士法人に勤務しながら独立開業以上の年収を実現。
独立と勤務のハイブリッド型税理士法人をめざす。

 円満相続税理士法人の代表・橘慶太税理士は開業時29歳。36歳の現在も平均年齢38歳の若き法人を率いている。WebサイトやSNSによる情報発信を軸にしたインターネット集客で、税理士業界に新風を吹き込むとともに、無資格者には顧客対応を一切させないという強いこだわりを軸に、組織構築を進めている。橘氏はどのような経緯で相続に特化した税理士をめざしたのだろうか。独立開業から拡大成長してきた軌跡と今後の展開についてうかがった。

大学受験の失敗から一念発起! 23歳で官報合格

 「税理士なら誰でも相続税が得意」とは限らない。1年間に1件も相続税申告をしない税理士もいれば、年間数百件以上を扱う相続税専門の税理士法人もある。相続税専門の税理士法人は数多くの相続税申告、コンサルティング案件を積み重ねる中で事例とノウハウを蓄積し、国際相続対策やM&A業務などにもフィールドを広げていく。そんな中、2017年開業と後発でありながら、年々申告件数を伸ばしているのが円満相続税理士法人だ。

 名前の通り円満な相続をめざす円満相続税理士法人の代表税理士・橘慶太氏は、1987年、醤油の街として有名な千葉県野田市に生まれた。父方の祖父はレンズメーカーを経営する事業家、母方の祖父は直木賞作家・森田誠吾氏(2008年没)と、事業と文才に秀でた家柄の次男坊である。自然豊かな街で伸び伸び育った橘氏は、小学校6年生で神奈川県横浜市青葉区に引っ越し、中学時代はバレーボール部の活動に没頭。高校に入るとバンド活動にのめり込み、卒業後はプロのギタリストをめざしていた。

 ところが高校3年生のとき、音楽専門学校を見学に行った橘氏は衝撃を受ける。そこにいたのは、自分よりも何倍もうまい中学校3年生たちだった。すでに高校3年生の5月。周囲の同級生はみな進路を決めつつあった。ギタリストの夢が潰えて途方に暮れていると、「青山学院大学に行くと女子にモテるらしいぞ」と友だちが声をかけてくれた。邪な考えではあったが、大学受験を決意し予備校に通って必死に受験勉強に取り組んだ。しかし半年ちょっとで合格できるほど甘くはない。何かに本気で取り組んだことが生まれて初めてだった橘氏は、そこで人生初めての挫折を味わう。

 悔しい思いのまま進学先が決まり、予備校に退会手続きに行くと、本棚に青山学院大学の赤本が並んでいた。開いてみると「高校1年生からコツコツ英単語を勉強してきました」。自分が遊びほうけてまったく勉強していなかった高校の3年間、ずっと勉強を続けてきた合格者の声だった。 「コツコツやってきた人には誰も勝てないんだ」そう気づいた橘氏は、そこから人生を変える大きな気づきを得る。
「『コツコツやってきた人には誰も勝てない』ということは、大学1年生のときからコツコツ努力すれば、誰にも負けない人になれるのでは? よし!大学では1年生から勉強をがんばろう!」

 そのときから橘氏の座右の銘は、「目の前の一歩に全力を尽くす」になった。

 大学進学後、橘氏は1つの目標として“資格取得”を考えた。祖父が経営者だったので「独立して仕事をしたい」という思いも士業へとつながった。その頃、大学の講義で出会ったのが簿記(会計学)だ。祖父が商売をやっていた影響か、不思議と簿記の内容は頭にどんどん入ってくる。簿記がおもしろくて「自分には簿記の才能があるに違いない」と確信した。弁護士、司法書士、公認会計士(以下、会計士)、税理士。数ある資格の中で、税理士か会計士をめざそうと思った。

 調べてみると、会計士が上場企業の決算書を監査するのに対して、税理士は上場企業から中小企業、個人に至るまですべての税金を網羅できることがわかった。会計士になれば税理士資格も取得できることもあり、周囲には会計士をめざす学生が多かった。しかし、少数派指向の橘氏は「みんながめざす会計士になってもおもしろくない。少数派の税理士になろう!」と決めた。

 「一度決めたことはやり遂げる」と心に誓って税理士受験を始めた橘氏は、大学1年生の6月に日商簿記検定3級、11月には2級、大学2年生の6月には1級に合格。そのまま税理士試験の勉強に突入し、遊びもほとんどせずにひたすら勉強を続けた。そして大学3年生、初めての税理士試験で簿記論と財務諸表論に合格。しかし翌年は、受験した法人税法と固定資産税が、両方とも不合格。このときの挫折が「人生で一番大きかった」と、橘氏は話す。

 挫折をバネに3度目の挑戦で法人税法と消費税法に見事に合格。4科目揃ったタイミングで就職活動をスタートした。

税理士法人山田&パートナーズで相続のエキスパートに

 就職活動を始めた橘氏だが、実務経験がなかったため、税理士の仕事自体をよく理解していなかった。法人税法と消費税法に合格していたので、面接では「上場企業の法人税コンサルティングをやりたい」と話すことにした。そのような状況の中、出会った税理士法人山田&パートナーズの女性面接官が「まだ相続税は勉強したことがないですよね。すべての税目を勉強してから自分の道を選んだほうがいいですよ」とアドバイスしてくれた。

 この一言が胸に響いた。橘氏はすべての税目をしっかり学びたいと思うようになり、税理士法人山田&パートナーズに入社。配属先は相続税を専門に扱う部署に決まり、まったく触れたことのない相続税を生業とすることになった。
「相続税は税金の中でも特殊で、税理士によって税額が変わりうるものです。二次相続対策のことまでを考えて遺産の分け方を工夫すれば、最終的に負担する税額が何倍にも変わることがある。それでいて税金のことだけでなく、“家族の気持ち”という税金とは相反する部分もケアしながら進めなければなりません。それはとてもやりがいある仕事でした。面接での一言が、私の人生を大きく変えてくれたのです」

 相続税の勉強と並行して、橘氏は税理士試験残り1科目の勉強も怠らなかった。コツコツと小さな一歩を積み重ね、社会人1年目で晴れて固定資産税に合格、23歳で5科目合格を果たした。合格後も、日々相続税申告書を作り続け、入社3年目には税理士登録を果たす。登録後は自分自身が窓口となってお客様への相談対応をするようになり、27歳でマネージャー職に就く頃には、年間130回以上の相続税セミナーで講師を務める相続税のスペシャリストに成長していた。

 税理士法人山田&パートナーズで活躍する日々の中で、「このまま上をめざすのもいいかな」という思いがよぎることもあった。しかし「独立して仕事をしたい」という夢は、どうしても果たしたい。2016年12月、橘氏はたくさんの仲間や上司に惜しまれながら6年間勤務した税理士法人山田&パートナーズを退職。独立開業に踏み切った。

相続税専門で独立開業

「もしも事務所を作るなら、相続税専門の税理士法人にしたい」
 橘氏は、独立開業する以前からそう考えていた。
「『相続だけで独立なんて無茶だ。29歳の若造に相続の仕事の依頼なんて来やしないよ。法人顧問と並行してやればいいじゃないか』と多くの方からアドバイスをいただきました。ですが頑なに『法人顧問は絶対にやらない』と、完全に振り切って開業しました」

 法人顧問との並行路線でいけば、ある程度軌道に乗りやすいことはわかっていた。しかし、自分の決めた道を貫くことにこだわって、退路を断って進む決断をした。そのため「本当にたった1人で、顧客ゼロからのスタート」になった。

 相続で後発、しかも1人で開業した橘氏は、どこかで差別化しなければ同じ土俵に上がることができない。キーポイントは、どのようにして顧客獲得をしていくか。橘氏が最初から考えていたのは、金融機関などからの紹介ではなく、BtoCで直接顧客から問い合わせが来るスキーム作りだった。特にこだわったのがインターネット集客。独立前からSEOについての勉強を始め、相続税、基礎控除といったキーワードでヒットするブログをたくさん書くことにした。SEOで常に上位表示を狙う作戦である。

 開業して1ヵ月、前職の後輩税理士がジョインすることになり、開業早々、税理士2人体制になった。これはもう1つの差別化戦略として、税理士が最初から最後まで顧客対応をする組織にしたいという橘氏の思いを実現する一歩でもあった。
「前職時代の年収が600万円だった彼に、必ず同じ金額以上の給与を払うと約束してしまいまして(笑)。なのに開業3ヵ月間は仕事がありません。貯蓄の300万円を切り崩し、『お客さんこないね』と言いながら、2人で過ごしていました」

Web経由と紹介の集客比率を5対5に

 周囲の税理士仲間からは「やっぱり相続専門なんてうまくいかないよ」と苦笑されながらも、自分を信じてコツコツとブログによる情報発信を積み重ねていった結果、Web経由でポツポツ問い合わせが入るようになり、開業から半年経過した頃には、かなり増えて売上が立つようになった。開業1年目の受注額は1,700万円。橘氏はこれに大きな手応えを感じた。 「この調子で仕事が獲得できれば、来年はさらに売上が伸ばせる。2人だったら何とかなる」というのが、1年目を終えた感想だった。

 2年目以降はWebサイトへのアクセス数が飛躍的に伸び、引きも切らずに問い合わせが入るようになった。
「ところが検索エンジンのアルゴリズムは年に数回変更されます。あるときの変更で表示順位が下がり、アクセス数も減り、それに連動して集客数がガタンと落ちたんです。そこで新たな集客戦略として始めたのがYouTubeでした」

 3年目にスタートしたYouTubeは想像以上にうまく軌道に乗り、YouTubeが定着することで集客数は安定的に伸びていった。

 さらにYouTubeをきっかけにダイヤモンド社から出版のオファーが来た。その著書『ぶっちゃけ相続』は累計15万部を超えるヒットとなった。これは相続系の書籍としてはかなりの発行部数だ。書籍からの集客も大きく、現在は、YouTube、ブログなどWeb経由と肩を並べる柱となっている。

 現在の集客比率は、YouTubeや書籍を読んだ方からの直接の問合せが約8割、お客様や仕事仲間からの紹介が約2割といった比率になっている。当初は紹介ではなく直接問い合わせをもらうことにこだわっていた橘氏だが、その考えも徐々に変わりつつある。
「司法書士、弁護士、税理士といった士業からの紹介が増えています。今後の方針として、直接の問い合わせと紹介の集客比率を5対5にしたいと考えています。YouTubeと書籍からの集客は比較的安定していますが、ブログは波があって安定しないためです。スタッフも増えてきたので、経営の安定化も考えなければなりません。ですから紹介からもしっかりと案件を獲得し、安定的成長をめざします」

 36歳という若さでありながら、その顔はすっかり経営者になっていた。

東京発。大阪、大宮、名古屋へと展開

 YouTubeやブログの最大の強みの1つは、日本全国にリーチできることだ。橘氏の場合、理由はわからないが大阪を中心とした関西方面の問い合わせが多かったそうだ。
「関西からこれだけ依頼が多いなら、拠点を作ってもいいかな」と漠然と考えていたとき、前職の後輩が退職して地元関西で働き口を探しているという相談を受けた。「それであれば、一緒に大阪事務所を出そうよ」と橘氏から提案し、2019年10月、円満相続税理士法人大阪事務所がスタート。さらに2023年12月、東京事務所所属の税理士が「2時間半かけて埼玉の熊谷市から通っているので、大宮に拠点があれば助かる」と言ったことから、大宮事務所が誕生。2024年4月1日には名古屋事務所もオープン。これも三重から大阪事務所に2時間半かけて通う税理士が「名古屋のほうが通いやすいですね」と言ったことや、「名古屋事務所を作りましょう」という応募者がいたことがきっかけだった。

 拠点展開について、橘氏は次のように持論を展開する。
「現在はZoomなどで全国のお客様とやりとりできているので、無理に拠点は増やさなくてもいいし、『47都道府県制覇してやる!』という野望もありません。売上を伸ばすことだけを目的に、拠点を出そうと思ったこともないんです。

 ただ『このエリアでやりたい』という税理士がいるなら、そこに拠点を作ろうと思っています。人の縁で場所が決まっていく。それがすごくいいと感じています」

 経営者がターゲット地域を決め、尖兵隊を開拓に送り込む。拠点展開にはそんなイメージがつきものだが、真逆をいくところが橘氏らしい。

「税理士だけが担当します」

 2024年4月現在、円満相続税理士法人は総勢23名(税理士17名。そのうち会計士2名、社会保険労務士1名)。東京が13名(税理士10名)、大阪が4名(税理士3名)、名古屋が4名(税理士3名)、大宮が2名(税理士1名)である。税理士の比率が高いのは、差別化の一環で税理士が最初から最後まで顧客対応をするという、橘氏のこだわりの現れでもある。
「2017年、私たちが相続税専門の税理士事務所としてスタートしたとき、すでに世の中には数多くの相続税専門の税理士法人がありました。BtoCで直接顧客から問い合わせを獲得し、その顧客に対して税理士資格を持った者だけが対応することで差別化を図ろうと考えました。

 多くの税理士法人では、最初の面談と契約までは税理士が対応しても、実務は資格のない補助者が担当しているケースを多く見てきました。しかし、相続税は税理士によって十人十色の判断があり、その判断で違った税額が算出されます。繊細で個々の事情に柔軟な対応が求められる相続税に、資格のない補助者をあてるのはいかがなものか。

 さらに私は、『税理士資格があるだけでなく、社内の厳しい試験に合格した税理士だけが、お客様の担当をすることを認める』というルールを作りました。後発組の私たちは、一人ひとりが提供するサービスの質で大手税理士法人と勝負することにしたのです」

 “税理士だけが担当する”ことはWebサイト上でも大々的にアピールしているので、そこに魅力を感じて問い合わせてくる人も多い。実際、円満相続税理士法人のお客様アンケートでは、「最初の面談から無資格者が窓口になる事務所が多い中で、有資格者が対応してくれることに安心感を持てた」という意見が多かった。

 とはいえ会計事務所は採用で苦労しているところが多く、税理士の有資格者を採用することはかなり困難だと想像できる。しかも相続専門となると、法人決算はほとんど経験できないことになる。

 それに対して橘氏は「ありがたいことに、税理士の有資格者からの応募がかなり多い状態です」と切り返してきた。
「私は勤務時代から独立開業したら実現したい考えがいくつかありました。税理士は自分で独立開業できます。現在、税理士の約7割が独立開業を選択して、残り約3割が組織内税理士といわれています。さらに、その約3割の中には将来的に独立したいと考えている人も相当数含まれています。

 なぜ、税理士は独立開業したいと考えるのか。それは、自分のがんばり次第で収入が青天井になり、それでいて自分で自由に仕事量を調整することができるからだと思います。私だって収入を増やしたかったし、自由に仕事がしたくて独立した面もあります。

 それであれば、独立開業するよりも収入を増やすことができ、加えて仕事量を自由に調整できる環境が提供できれば、自ずと有資格者が集まってくれるのではないか。その考えを軸に社内体制を整備した結果、多くの応募者が集まってくれたのです」

 橘氏がめざす、”独立開業よりも良い環境”、それは具体的にどのような体制なのか。円満相続税理士法人では税理士の給与年収は歩合制になっている。つまり自分のがんばりがきちんと収入に反映されるのだ。自身が責任者として担当した案件売上の30%から最大55%が本人の給与年収になるという。
「基本的に私がYouTubeやブログで集客しますので、新規問い合わせ獲得の心配はありません。担当者は依頼者に丁寧に対応して、しっかり自分の仕事をすれば、自分の稼ぎたい給与年収を自分で決められることになっています」

 例えば、子育て中の税理士なら必要な給与年収が得られるだけの案件を担当すればいいし、ガンガン稼ぎたい税理士はノーリミットで仕事をしてもいい。これを橘氏は「独立の良さと組織で働くことの良さを両立したハイブリット型」と呼んでいる。

1日の体験入社後に採否を判断

 資格を持っている税理士だからといって、自社に適した人材とは限らないのが、採用の難しいところだ。 「その対策として、うちでは会社全体で採用活動を行っています。面接で理想的な人材だと思ってもすぐに内定を出さず、まずは体験入社をして1日一緒に働いてもらいます。そこで模擬相続税申告書を使って実際に作業してもらい、一緒にランチを食べに行ったり、お話ししたりして1日を過ごす。するとお互いのことがかなりよくわかって、ミスマッチが防げます」

 体験入社後、同じ空間で一緒に働いた社員から1人ずつ意見を聞いて、最終的に橘氏が判断。3年前にこの方法を採用してから、入社後にミスマッチが顕在化することはなくなりうまくいっていると、橘氏は笑みを浮かべる。もちろん合わないと感じた応募者のほうから辞退されたこともあった。

 一方で有資格者以外、例えば、これから税理士試験を受ける方、あるいはすでに税理士試験の科目合格の応募者にはどう対応しているのだろうか。
「うちには税理士資格を持っているか、持っていないかの2パターンしかありません。給与体系もポジションもすべてそれを軸に決まっており、4科目であろうと0科目であろうと、合格科目数による違いは一切ありません。有資格者以外はお客様対応を一切せず、バックオフィス業務を行います」
 “税理士が対応する事務所”というコンセプトを貫くため、採用の要件は一見厳しく見える。 「バックオフィスといっても、内部で事務作業をするだけでなく、いろいろな面で税理士の仕事を完全にサポートするポジションなので、『税理士秘書』という役職名にしています」

 税理士秘書の待遇は、等級制を取っている。10級から1級まで、年収309万円からスタートして1級の500万円までステップアップしていく。そのための昇進試験は年2回実施される。昇進試験は知識テストと実技テストがあり、知識テストはFP技能検定2級、1級の相続・事業承継とタックスプランニングの内容でかなり難しめだそうだ。実技テストはダミーの相続税申告書を作成してもらい、基準点を満たせば、等級が上がっていく。
「入社時に合格科目数で優遇はしていないものの、税理士試験で相続税法を勉強していれば、知識テストでは満点近く取れるはずです。今まで一番早かったのは、入社半年で2等級までいったメンバーで、年収は480万円になりました。うちは1日7時間勤務の月140時間フレックスタイム制で、固定残業20時間込みの給与体系になっています。固定残業分を超えて残業すれば分単位で加算されるので、実力次第で大手税理士法人並みの給与水準になるのではないでしょうか」

 まだ1等級になった税理士秘書の実例は少なく、社員の成長を見ながら制度を構築する段階だが、会社への貢献度を考えた処遇にしていきたいと橘氏は考えている。

 また、税理士秘書として働く社員が税理士試験に挑戦する場合、試験休暇を自分の裁量で取得できたり、大学院の学費を貸与したりすることなども含め、税理士資格を取得しやすい環境を提供している。

個人の働きたいペースを最大限尊重

 “独立よりも良い環境を提供する”円満相続税理士法人には、もう1つ驚くべき事実がある。なんと売上目標を立てたことがないというのだ。
「会社の売上目標は、会社都合の目標だと考えています。会社都合の目標を達成させるために、社員に無理をさせるのはよくないと思います。同じように、相続税申告件数もうちの目標指標にはありません。申告実績が豊富にある税理士法人であることをアピールするために集計はしていますが、申告件数を増やすよう社員に号令をかけたことは一度もありません。うちは一人ひとりが『このペースでやりたい』という気持ちを最大限尊重します。そして、一人ひとりがここで働きたいという場所になるように、事務所を作っていきます。そこが大事なんです」

 個人のやりたいことを最大限尊重することが、橘氏の考える独立開業と組織の働き方のハイブリッド型の究極のスタイルなのかもしれない。ちなみに福利厚生など社内制度も充実しており、健康手当、人間ドック全額負担、歯科検診全額負担と、健康面についてもかなり手厚いのが特徴だ。健康保険組合連合会より、“健康経営優良法人2024”の認定も受けている。 「ただ、そういった福利厚生よりも本質的な部分、やはり自分で仕事量を調節できることが最大の福利厚生だと思っています。言い換えれば、自分で自分の給与を決められるところですね。1年間でこれだけの売上を立てれば、この位の給与になるというのが見えやすいので、そこを達成したら極端な話、数ヵ月間、連続で休んでもらっても全然構わないと思っています」

 将来的な売上目標も人数規模も目標はないというが、事務所の将来像をどのように思い描いているか聞いてみた。
「採用はやはり人の縁だと思っているので、うちに入りたいといってくれる人がいて、すてきな人であれば積極的に採用したいし、このエリアでやりたいという人が手を挙げればそこに事務所を出します。だから将来像はないんです(笑)」

 橘氏本人は、現在、顧客対応から一歩引いて、事務所の運営と執筆、YouTube、ブログをメインに活動している。この先やりたいことについてうかがった。 「自分の中で税理士法人の経営が今すごく楽しいので、そこに注力しつつ、今後は相続を体系的に学びたい人のための教育事業をやりたいと思っています。実はすでに円満相続塾というプロ向けのスクールを運営しています。士業はもちろん、生命保険業界や不動産業界等の人にも相続を学びたいという人は大勢います。そういったプロ向けの研修を、1つの事業として育てていきたいですね」

 最後に税理士試験をめざしている読者にメッセージをいただいた。 「相続税専門といっても、資産管理会社や事業承継コンサルティングへの対応もあるので、やはり法人税・所得税の知識は必要になってきます。私も5科目合格後にTACの税理士講座を申し込んで、勉強していなかった相続税法を勉強しました。実務だけではなく、基礎から網羅的に学ぶ必要があると考えたからです。受験生だけでなく官報合格した方にも、自分の勉強していない税法を補完する意味で、TACの税理士講座のカリキュラムは体系立っていて、とてもわかりやすいのでおすすめです。

 税理士試験は本当に厳しく大変な試験。きっと心が折れることもあるでしょう。私も2回目の試験で2科目とも不合格だったとき、悔しくて泣きました。ただ、厳しさを乗り越えて税理士試験に合格すると、税理士という仕事はとてもやりがいと可能性にあふれています。

 AIに取って代わられるという話もありますが、絶対にそんなことはありません。特に相続の仕事は“家族愛”といったような合理的な判断ができない部分が多々ある。そういった部分は、AIにケアすることはできないでしょう。大変だと思いますが、がんばって合格した暁には一緒に税理士業界を盛り上げていきましょう!」

 「目の前の一歩に全力を尽くす」

 胸に刻んだ座右の銘を大切に、橘氏は今日もコツコツと努力を続けている。


[『TACNEWS』日本のプロフェッショナル|2024年5月 ]

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