特集 AIと士業
〜不動産鑑定士の場合〜

横山 祥二氏
Profile

南川 しのぶ(みなみかわ しのぶ)氏

一般社団法人日本不動産研究所 研究部
REA-Tech研究開発グループ 専門役
不動産鑑定士

早稲田大学卒業後、民間企業でITシステム開発に従事した後、不動産鑑定事務所に勤務。2014年、不動産鑑定士試験合格。2016年、日本不動産研究所に入所。2017年より現職。

 人と対話できるロボットが介護支援をしたり、車の自動運転が使われたりするようになってきた。それらはすべてAI(人工知能)が活用されるようになったためだ。今、社会の隅々にまでAIの波が押し寄せ、士業の世界も変わろうとしている。果たして、専門家の独占業務はAIに取って代わられてしまうのか。例えば不動産鑑定士はどのようにAIを活用できるのだろう。「金融+IT=フィンテック」と呼ばれている今、不動産情報や業務とテクノロジーを融合させる「不動産テック」が不動産調査・研究の世界で注目を集めている。日本不動産研究所・研究部でAIの研究開発を重ねる不動産鑑定士・南川しのぶ氏に、「不動産テックの今」をお聞きした。

修業のため日本不動産研究所へ

──最初に、南川さんが不動産鑑定士(以下、鑑定士)をめざした経緯を教えてください。

南川 大学卒業後は民間企業で金融・保険のITシステム開発に携わっていたのですが、その仕事を通じて、資産流動化や証券化といった不動産鑑定に近いことを、システム側から見る機会がありました。当時は鑑定士という資格すら知りませんでしたが、たまたま会社が入っているビルのオーナーが鑑定士で、「手伝ってくれないか」と誘われて鑑定事務所に勤めることになりました。
  鑑定事務所の所長は、飛び込みで相談に来られた住民にも自治体の方にも同業者にも、ほぼ同じ言葉で話されていました。難解で専門的な内容を、専門用語を使わずに平易でわかりやすい言葉で話していたのです。所長の姿勢と、ご自身の道を切り開いている生き方に深く感銘を受け、自分もそういう生き方をしたいと考えました。そして、仕事の中で触れる鑑定評価はとても興味深く、自分に合っていると感じたことが、資格取得をめざす動機になりました。そこからTACに2年半通い、短答式試験1回、論文式試験2回の受験で不動産鑑定士試験に合格しました。

──合格後はどうされましたか。

南川 勤務先の鑑定事務所は千葉県にありましたが、所長に「日本において不動産市場が最も盛んなのは東京だ。東京を知らずに鑑定士としての人生を決めてはいけない。東京で修業してきなさい」と言われたのです。そして自分のキャリアをどう積んでいくかを考えていく中で、日本不動産研究所(以下、不動産研究所)へ勤務することを決めました。

ITスキルを買われAIの研究開発に従事

──不動産研究所ではどのような仕事をしていますか。

南川 2016年に入所して、1年目は自治体の空家対策を支援する仕事に就きました。自治体にとって、実際の建物が空家等対策特別措置法の中で定義されている「空家」に当てはまるか否かを判別する作業は非常に大変です。まず調査の方針を立て、実際に調査をして、どこに空家が何件あるのか、それぞれの空家がどういう状況なのか、所有者はその空家を売りたいのか売りたくないのかといったことを、一つひとつ判別していく作業の支援をしました。
 そもそも空家は所有者の特定が非常に大変です。中には、家督相続(明治時代から戦前まで適用されていた、原則として故人の長男が遺産のすべてを引き継ぐという制度)の時代から登記が変更されないまま今にいたっている空家もあり、相続人が何名いるのかを調べていった結果、200人いることが判明したケースもありました。
 1年目の後半では自治体予算に合わせた空家対策の支援を行いました。予算が年間500万円だった場合、空家の地理的要因、例えば空家の前の道路の通行人数や、そこが通学路であるかなどをすべて勘案して、500万円の使い道を決めます。そして住民に対して説明根拠を持って500万円の使途を説明し、納得していただくまでの支援をしていました。

──空家対策そのものから予算の使途を決め、住民説明までの支援を行ったのですね。

南川 はい。空家対策の支援は、空家がある不動産の状況や地域の特性、相続も含めた利害関係までを理解した上で、一つひとつパズルをはめていくような作業でした。自治体の担当者の悩みもわかるようになりましたね。
 空家対策を通じ、本当に限られた予算と権限の中で、なるべく質の高い住民サービスを提供しようとしている自治体担当者の姿を見ることができて、本当にすばらしい方たちと仕事ができた、よい経験だったと感じています。私にとって空家対策は本当に意義のある仕事でした。
 そうして1年が経ち、2年目をどうやっていこうかと考えている矢先に「研究部でAIの研究開発をやってほしい」と言われ、後ろ髪を引かれる思いで異動しました(笑)。

──ITシステム開発のキャリアが、研究部に必要だと判断されたのですね。

南川 光栄なことです。2017年4月から、現在所属するREA-Tech研究開発グループの専門役を務めることになりました。研究所の研究部は、不動産研究所の定款の中で一番上にある「不動産に関する調査研究」を担う重要な部署で、不動産研究所60年の歴史の中で設立当初からある部門です。その研究部の中で、新しく組織されたAIの研究開発グループの立ち上げメンバーとして関わることになったのです。

──どのようなことを行っているのですか。

南川 AIは「人工知能」と言われますが、人工知能を使ってより精緻に鑑定評価や不動産調査ができないか、先進技術を使った鑑定評価の精緻化に関してのあらゆる動向研究や調査検討を行い、実際にできることがあれば自分たちでトライしてみます。
 つまり、不動産の情報や業務とテクノロジーを融合させる「不動産テック」技術の基礎研究を通して、社内業務の改善・革新と、新たな着眼点による情報の価値創造に取り組むことがミッションです。グループの立ち上げに際しては「不動産に関連するビッグデータを元に、AIを活用した不動産市場の分析、各種予測システムを検討する研究開発グループの発足」とプレスリリースも出しましたが、その領域は本当に幅広く、ミッションの一部を手がけているのが現状です。

──まずは不動産テックの研究開発を行っているわけですね。

南川 不動産テックには、スマートフォンから取得される位置情報のデータ解析やGIS(Geographic Information System:地理情報システム)、もちろんAIもIoTもかかわってきますので、まずは全方位的に網羅的に情報収集することが重要だと考えました。
 具体的には人工知能学会や地理情報システム学会に勉強に行ったり、AIの勉強をしたり、鑑定士が集まってプログラミングの勉強をしたり、1〜2年目の活動はかなり網羅的に行いました。2年目以降はPDCAを回して情報収集をしつつ、自分たちで技術を実際に作って調査検討したり、いろいろな企業とのビジネス協業の可能性を模索したりしてきました。

──AIは鑑定士業界でも活用できそうですか。

南川 確実に言えることは、すでにAIは私たちの日々の生活の隅々にまで行き渡っているので、それを鑑定評価に使わない手はないということです。
 実際、例えば地価公示データを使って不動産価格予測をするプログラムのAI化・自動化に、今いろいろな不動産業界のシステム会社が取り組んでいます。では私たちもやってみようということで、東京全域を50m四方に区切り、AIに価格予測させたらどうなるか、といったことを調査研究しています。
 それから、鑑定士という専門家の立場から情報を整理・活用・公開するしくみ作りにも取り組んでいます。今、世の中には情報が多すぎます。インターネットではスクロールしてもスクロールしても情報が出てくる状態です。よく「不動産市場は情報の非対称性がある」などと言われますが、情報面で言うと、すべての人に情報は開かれているのですが、その量が多すぎて整理しきれず、一般の人が見やすい状態にはなっていません。それを解釈するプロフェッショナルとして、鑑定士は今後取り組んでいく必要があると考えています。そのためには、わかりやすい解釈のしくみや、わかりやすい見せ方ができるツールが必要です。壮大な話に聞こえますが、真剣にそうした研究開発にも取り組んでいます。

すべての情報は現実の「近似」

──今後、不動産を鑑定評価して評価書を作成する業務は、AIに置き換えられるのでしょうか。

南川 いいえ、モノを取り扱う以上、人の介在は不可欠です。仮にAIに世の中のすべての取引情報や土地の情報が入っているとしても、すべての情報は現実そのものではなく、現実に存在するモノの情報からデジタル化できるところだけを信号として切り取り、きれいに整理して入れているだけの「近似」のデータなのです。実際のモノとしての不動産から「どのような情報を切り出してくるか」という判断は、人間の領域です。
 もしも近似たる取引事例と、近似たる取引情報を使い、その中だけで業務を完結させて、鑑定評価の成果物である鑑定評価書を書いている鑑定士の方がいらっしゃるとすれば、それはAIができることにかなり似ています。ですからそうした仕事であればAIに取って代わられるかもしれません。
 ただ、お客様が鑑定評価を私たち鑑定士に依頼する場合、多くは何らかの問題を抱えておられて、その解決のために鑑定評価をお願いしようとされているはずです。そうした気持ちに、AIは応えられるでしょうか。お客様の本当のニーズを専門家がきちんと聞いて、その解決に向けてソリューションを出していく。そのためにはお客様と寄り添っていくことが必要だと考えています。その分野において、専門家の介在の重要性はむしろ上がっていくと思います。

──お客様の真のニーズは人間である鑑定士にしか捉えることはできないということですね。

南川 はい。おそらく今後10年でたくさんの相続問題が起きて、相続に関係する鑑定評価のニーズが増えていくと予測されます。そのとき、AIを使い、お客様からの鑑定評価の依頼をそのまま受けてデータを流し込んで鑑定評価することはできるでしょう。一方で、果たして鑑定評価だけがお客様の抱える問題解決に向けたソリューションになるのかどうかという点については、人間がかかわる必要があると思います。

──AIがどれほど発達しても、お客様の問題解決には、人間の介在が必要ということですね。

南川 はい。銀行のコールセンターに例えて話をしましょう。AIの音声認識を使って電話応対をするとします。電話がかかってきてAIが取ります。電話の向こうでお客様が「住所変更したい」と言っていたら、AIは「住所変更ですね。ではお客様のお名前をお願いします」と返答し、名前や住所を聞いたり、本人確認をしたりと、住所変更に必要な手続きを手順どおりに進めていくでしょう。
 さてこのケースで、住所変更の時点で、男性が女性の名前を名乗っていたとしたらどうでしょうか。人間のオペレーターなら、「なぜこの男性は女性の名前で電話してきているんだろう」と、まずその段階で詐欺か相続の可能性に気がつくでしょう。もちろん事前に何ヘルツ以上が女性の声であるかをAIにプログラミングしておけば判別させることはできますが、それでも「この人は嘘をついているのではないか」という判断をさせるAIを作るのは、非常に難しいんですね。

──あらかじめプログラムされた範囲を超える部分については、人間でないと気づけないのですね。

南川 そうなんです。アルファ碁(AlphaGo)というコンピュータ囲碁プログラムや、チェス専門スーパーコンピュータのディープ・ブルーが人間を破り、「AIが人間に勝った」というニュースがありましたが、碁や将棋、チェスのように盤面が決まった中で「最も速く」とか「最も良い答えを出す」、あるいは「決して負けない」といった最適化は、AIが最も得意とする分野です。また、ある特定の作業を「100万回やってください」「徹夜でやってください」という量の部分も、人間はかないません。あるいは「インターネット上にあるこの検索用語に関するすべてのデータを毎日1回もれなく集めてください」とか「これらの数式を10秒以内にすべて間違えずに計算してください」といったことは、確実にAIのほうが得意です。それらはすでに人間の処理できる量を超えているので、AIの領域になります。
 鑑定評価の世界で言えば、今までの鑑定評価書というのは、土地と建物に関する不動産について、1から作成するオートクチュールでお客様の求める目的に応じた価格を出していました。その際に苦手な領域となるのが「同時」「複数」「大量」に、しかも「整合性を持って」という部分です。その領域においては、今後AIの力を活用していってもいいのではないかと思います。人間の領域とAIの領域の棲み分け、今後そうした研究開発をできればと考えています。

──鑑定士にはフィールドワークの仕事もあると思いますが、例えばカメラ映像から現地を解析することは可能になりませんか。

南川 すでにカメラを利用してパソコンで現地を映して建物の大きさなどを測定することはできますし、その計測の精度は人を超えています。その一方で、仮にそうしたデータがあっても、それはあくまで「現物の近似」であって、現物そのものではないということは忘れてはいけません。何かデジタル化されていない大事な情報はないか、見落としはないかを知るために、やはり現地を見に行くことは絶対に必要です。
 あるいは逆に、現地に行かないことを前提に、「机上にある取引・不動産データだけで評価しました」という説明書きをした上で鑑定していい、ということであれば、そうしたマーケットはあり得るでしょう。よくWebサイトにある、簡単に価格を出せるAI価格査定に似たものになるのかもしれませんが、お客様が「安価なら、それで充分満足」と言ってくださるなら、セカンドライン的な価格ニーズとして検討することはできるでしょう。世の中のニーズがどうなるのか、どのような目的なのかによって違ってくると思います。

不動産そのものがAI化する「不動産テック」時代

──AIが今後さらに普及してくると、鑑定業界はどうなると思いますか。

南川 不動産鑑定評価のマーケットが、人の目による本当に網羅的な調査にもとづくオートクチュール型調査と、「とにかく早く価格を出してください。AIでもかまいません」という制約付きマーケットに分かれると思います。
 そうなった場合、調査力や、「見落とさない、間違わない」といった前者のオートクチュール型における鑑定士の責任能力は、今まで以上に強く求められていくでしょう。また、その責任において「ではデータを見ないでよいか」と言えば、そんなことは決してありません。例えば皆さんも物件探しの際に経験されたことがあるかもしれませんが、数ある不動産業者の取引事例だけでもすでに大量で、しかも重複しているので、日々生成されているデータ量は、人間が集約したり解析したりできる量、人間の目で解釈できる量を超えています。そのデータを活用・確認するために、鑑定士にはデータを活用できる程度の基礎的なITの知識が必要になってくると思います。

──鑑定士にも基礎的なITの知識は必要になるのですね。

南川 そうですね。実は今、不動産そのものがすでにIT化しています。登記簿上は山林となっている場所で、ソーラーシステムによって電力が生成され、売電事業が行われているケースもあります。そうした山林の価格を鑑定する場合、どれだけの電力が生成されるかは実際にはわからないので、近似で電力計から推測する必要が出てきます。あるいはソーラーシステムを備えた道の駅であったり、オフィスビルに見えても実は中がデータセンターになっているビルであったりと、不動産そのものが巨大なIT装置になっていて、それで収益が回っているというケースも多々あります。そうした収益装置である「IT化した不動産」に対して、私たちはどう価格を出していくのか。今は、その課題に直面しているのです。
 ですからソーラーシステムの基本的な売電のしくみがどうなっているのか、データセンターのしくみはどうなっているのか、ドローンやIoTもそうですが、ITに関する基本的な知識は確実に求められてきています。

──研究所ではどのように対応しているのですか。

南川 データセンターやソーラーシステムといったITを使った特殊な収益装置になっているものについては、専門チームが担当しています。
 ちなみに私たち研究開発グループには現在6〜7名のスタッフが在籍していて、そのうち鑑定士は私を含めて3名、システム開発の経験者は私と元SEのスタッフの2名です。一級建築士もいて、彼は設計分野でCAD(Computer Aided Design)やBIM(Building Information Modeling)といったいろいろなツールを使うので、自動化や通常のコンピュータの素養があります。他には大学の研究室から来ているデータ解析が得意なデータサイエンティストがいて、彼が最もAIに詳しいですね。

──鑑定士にはデータを読む力、統計・解析のスキルも必要になってくるということでしょうか。

南川 鑑定士に限らず、これからはあらゆる人にとって統計のスキルが必要になっていくはずです。総合的な統計のスキルとなると、正直に言えば、研究所の職員の知識もまだまだ充分とは思っていないのが共通認識です。ただし、大学で学ぶ高度な統計学を勉強していなくても、基礎的なデータを見る力がある人は所内にたくさんいます。
 基礎的な統計がわかれば、それだけ世界が広がります。例えば平均値と中央値の2つが大きく違うときは、実は大きな隠れたメッセージがそこにはあります。データ解析や統計のスキルがあれば、それらの数字が持つ意味にも気づけるのです。
 また地価の変化について、対前年度比のみを見るだけでは、隠されたサインを見落としてしまうかもしれません。けれども「去年より今年の地価が上がっているけど、ちょっと伸びが鈍ったね」という気付きを、変化率として見ることができれば、将来予測をより精緻にできます。そこは不動産の将来の価値に直結するので、日々意識したいところです。

これからの鑑定士に求められる役割

──AIによって、鑑定業界の「人間の領域」ではどのような変化が起こるでしょうか。

南川 先ほどもお話ししたように、AIはあらかじめ決められた範囲の中で分析を行うのは非常に得意です。けれどもプログラムされていないことはできません。言い換えれば、人間がインターネットの検索窓に対して、自分の知りたい答えを導き出す正しい質問を投げかける基礎スキルがあれば、AIのいいとこ取りもできます。鑑定士でもAIでも「正しく質問を投げ掛けられるかどうか」が重要で、その上で私たち鑑定士の責任は増していくと思います。
 例えばの話ですが、これまでは「この地価については、将来動向がこれから徐々に良くなっていくと思われます」という説明でお客様に満足いただけていたものが、近い将来「10年かけて3.5%上がります」といった詳細な数字を要求する世の中になるでしょう。そしてその結果、「評価書には10年かけて3.5%上がると書いてあるのに、3.2%しか上がらなかったじゃないか」といった責任を追及される可能性はあります。
 また、AIをフル活用して簡単に価格が出てくるような鑑定評価は、本当に依頼者にとってハッピーなのか、意味あることなのか――。そうしたことも考えていかなければならないので、いろいろな面で責任は増していくでしょう。
 さらに、AIが扱えるのはすべて過去の情報です。その情報を元にして将来の価値を求めるので、鑑定評価においても将来の予測部分は過去のトレンドがそのまま継続することを前提に成立しています。先ほどお話しした「ちょっと伸びが鈍った」といった「数字は元気だけど、でもなんか前に比べてちょっと……」と感じる部分は、今のところ人間にしかできません。さらにつけ加えると、ルールや過去の常識を破れるのは人間だけです。アルファ碁は決められた盤面の中においては最強ですが、囲碁でもオセロでも、どうしても勝つために、碁盤の外に石を置こうとしたことはありませんか?それがイノベーションです。あらかじめ用意された範囲を超えた判断や試行は、人間にしかできないことなのです。

──AIがそのような気付きや判断をできるようになる時代は来ると思いますか。

南川 技術的にできるか否かで言えば、大学の研究室レベルでは可能だという例が、すでに散見されます。けれども、ビジネスにおいてもそのまま使えるレベルかというと、費用対効果を考えれば現実的ではありません。
  さらに、最終的に私たちがそのAIを使おうとしたときには、もうひとつ大きな障壁があります。それは「AIに言われたからといって、あなたはその通り従うでしょうか」という問題です。例えばあなたがAI診療で病名を診断され、手術をしなさいと言われたとしても、「なぜAIはこのような診断を私に下したのか」「なぜ私にこの治療方法が必要だと言っているのか」といったことについては、きっと人間の医師の口から直接説明を聞きたいと思うことでしょう。そうした領域においては、やはり人に対して寄り添う説明を専門家が行う必要があるのです。また医師も、説明する相手が本人なのか、配偶者なのか、子どもなのか、子どもだとしたら15歳なのか7歳なのか…といったように、相手や年齢によっても言い方を変えていかなければなりません。そこは専門知識とスキルのある医師であればあるほど得意になっていきます。
 このような部分において、専門家は今まで以上に理解力、説明力、判断力など、いろいろな意味で研鑽が必要になってくるでしょう。少なくとも私はそう言われているような気がしています。

──専門家をめざして資格の勉強をしている人たちへのメッセージでもありますね。

南川 そうですね。試験の突破は出発点です。そこから先にも、現物を見に行くスキルやデータを見て判断するスキル、市場動向をきちんと文章化できるスキル、お客様に対して専門用語をなるべく使わずにわかりやすく伝える説明能力など、とにかくやらなければいけないことはたくさんあります。

──AIが発達しても、鑑定士の仕事がなくなることはないのですね。

南川 鑑定士に限らずどんな職業においても、単純な集計などを始め、決められた範囲のことであればAIが速く正確に処理してくれますから、むしろその先で人間が対応しなくてはいけない部分は増えていくと考えられます。ただ、AIの発達によって取り残される人が出てくることはあると思います。でも、だからこそ「ITを怖がらないでくださいね」と伝えたいです。基本的なIT、IoTや先進技術に対しての想像力さえ持っていれば、「ちょっとおかしいな」といったことにも気づくことができますから。

──鑑定士をめざす人はAIやITになるべく親しむクセをつけておいたほうがいいですか。

南川 試験勉強をするときは、そこまでは意識しないでいいでしょう。試験に関しては、むしろ理論は完全に現物に結びついているので、「今自分が記述式問題で書いている理論は、現物の不動産の、どんなことについての話なのか」を意識していただきたいと思います。「(不動産の)価格形成要因は、一般的要因、地域的要因及び個別的要因に分けられる。」という不動産鑑定評価基準の一説を、ただ暗記したとおり記述するのではなくて、「本当の現物の不動産」のイメージを常に持ちながら答案を埋めていっていただければ、書いている答案が言葉としてより深まっていくと思います。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

[TACNEWS2020年6月号|特集]

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