特集 すべてのビジネスパーソンに 「統計」の知識を

統計検定センター
取材協力

一般財団法人 統計質保証推進協会
統計検定センター

統計質保証推進協会は、統計の質保証に寄与することを目的として、統計制度、統計調査、統計情報、統計教育等に関する調査研究を行うとともに、統計の質の向上並びに統計に関する知識及び技術の水準を評価するために必要な事業を実施する協会。財団の最も重要な事業として、統計検定センターを設置し、 日本統計学会公式認定の統計検定を実施している。
http://qajss.org/index.html

「統計検定」という検定試験を知っていますか。
近年、「統計」や「統計学」というワードが、ニュースや雑誌などでもしばしば取り上げられるようになり、ビッグデータの分析やマーケティング戦略において、統計の知識が有効だと見聞きしたことのある方も多いのではないでしょうか。そのような中、2011年に第1回試験が行われたのが「統計検定」です。
この試験は、総務省、文部科学省、経済産業省、内閣府、厚生労働省が後援している、人気上昇中の検定試験です。事実、受験申込者数は2011年の約1,200名から2019年の約20,000名にまで伸びています。
今回の特集では、今、統計学が必要とされている理由や、統計検定の受験申込者数の伸びが意味すること、また日本の統計教育の今後について、一般財団法人 統計質保証推進協会 統計検定センターにお話をうかがいました。

※記事内の統計検定に関する資料(別途出典の記載のないもの)は、統計検定センターのご厚意で作成いただいたものです。

プロセスまで踏まえた分析を行う「統計学」とは

──「統計学」とはどのような学問でしょうか。数学との違いを教えてください。

センター 統計学とは、ひと言でいうと「問題提起や問題解決を含む意思決定に必須となる学問」です。例えば、有権者を対象とした内閣支持率を調査する場合を考えてみましょう。「回答者3,000人のうち、900人が内閣を支持した」とすると、計算上は「内閣支持率は3割である」という結果になります。けれども、この「3割」という数字が信頼できるものであるかどうかという点については慎重に考えないといけません。なにより、回答者として抽出した人々の選び方についての統計的な考察が必要です。なぜなら、サンプルの抽出方法や調査方法に偏りがあっては、本当の意味での支持率にはならないからです。社会の実情と照らし合わせたとき、数値としてのデータの分析結果よりも、「分析に至るまでの処理」のほうが重要となることが多いのです。

──数値を計算で導き出すのが「数学」で、数値やデータをどのようにとらえるかまで考えるのが「統計学」ということでしょうか。

センター そうですね。別の例として、コイントスについて考えてみましょう。歪みのないコインの場合、表と裏が出る確率はそれぞれ2分の1ですから、例えば、コイントス10回のうち8回が表となる確率を求めるだけなら、数学的にすぐ導き出すことができます。しかし、現実に10回のうち8回が表となった場合、そのような結果になる確率はかなり低いため、「このコインは歪んでいるのではないか」などと疑問を持つことが大切なのです。このように、数学で学んだ「確率」を利用して、実際に起こった現象の不確実性について考え、合理的な判断や意思決定を行うのが統計学なのです。

なぜ統計学を理解している人材が必要なのか

──近年、なぜこれだけ統計学の必要性が言われるようになったのでしょうか。

センター 2013年1月、西内啓氏による著書『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)が40万部を超えるベストセラーになり、注目を浴びました。その後、一時的なブームではなく、統計学が重要視され続けている背景には、ビッグデータ、機械学習、人工知能(AI)などの発展が考えられます。これらを活用するためには統計学の知識が必須となるので、正しくデータ分析ができる人材が必要だと認識されているのだと思います。

──海外では「データサイエンティスト」が人気だと聞きます。

センター 2009年、Google の チーフエコノミストである ハル・ヴァリアン氏が「今後10年間で最もセクシー(魅力的)な仕事は統計家である」と述べてから、データサイエンティストという職業が注目され、統計学を理解するデータサイエンス力のある人材の育成に向けて世界が動きました。アメリカの経済誌『Forbes』の2015年のランキングでは、「最も役に立つ修士の学位」の第2位に統計学がランクインしました。また、2016年のランキングでも、第1位が生物統計学、第2位が統計学です。さらに米国の企業口コミサービスGlassdoorが発表した“the 50 Best Jobs in America for 2019”では、データサイエンティストが2016年から4年連続第1位です。こうした結果からも、データサイエンティストが必要とされていることがわかります。
 この欧米諸国の動向に連動するように、世界各国で統計教育の充実が叫ばれており、中国では統計学を専攻できる学部のある大学は、理学類と経済学類を含めて172校、韓国では41校に増えたという報告が2014年8月の日本学術会議でありました。

──日本でも同じような動きがあったのでしょうか。

センター 2015年6月の閣議決定『科学技術イノベーション総合戦略2015』において「我が国では欧米等と比較し、データ分析のスキルを有する人材や統計科学を専攻する人材が極めて少なく、我が国の多くの民間企業が情報通信分野の人材不足を感じており、危機的な状況にある」と、日本におけるデータ分析のスキルを有する人材の育成強化の必要性が示されました。
 その後、令和元年の統合イノベーション戦略推進会議決定『AI戦略 2019』では、「2025年度を目標年度として、文理を問わず、一定規模の大学・高専生(約25万人卒/年)が、自らの専門分野への数理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得する」などの目標が掲げられています。さらに、これを受けた計画や予算が令和2年度文部科学省概算要求で示されました。

日本における統計教育の必要性

──日本の大学でも何らかの動きはあったのでしょうか。

センター 大学での教育に関しては、2016年に文部科学省が国立6大学を拠点校として『数理・データサイエンス教育研究センター』を設置することを決定し、これらを中心とした全国的な数理・データサイエンス教育強化のための検討が始まりました。また、2017年に、日本で初めてのデータサイエンス学部が滋賀大学に開設され、続けて、2018年に横浜市立大学、2019年に武蔵野大学で開設されました。他にも、多くの大学がデータサイエンスの学部設置の検討や学部を超えたデータサイエンス教育に取り組んでいます。

──日本の小中高等学校での統計教育にも変化があったと聞きます。

センター その通りです。日本の統計教育は諸外国と比較して遅れています。2016年5月には、日本学術会議 数理科学委員会 数学教育分科会『初等中等教育における算数・数学教育の改善についての提言』において、子どもたちへの統計教育の問題点が示され、それらの問題解決に向けた学習の提案が行われました。さらに同じ年の12月、中央教育審議会(答申)『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について』でも、「〔数学科〕の中に統計に関する学習を充実させていくことが重要である」と述べられています。これらのことを背景として、小中高等学校でも、新学習指導要領に基づく統計重視の教育が、2020年度から順次スタートします。

統計教育の推進のための統計検定

──統計検定は2011年に第1回試験が行われましたが、この試験は日本統計学会が資格認定しているのですね。

センター はい。日本統計学会は、統計学の研究および普及を促進し、その発展に貢献することを目的として、昭和6年に創立された統計学に関する日本で最も大きな学会です。こうした歴史と権威のある学会が統計検定の資格認定を行っているというのは、とても大事なことです。統計検定の企画や運営に際しては、学会所属の多くの専門家が、出題範囲の決定、問題作成、合否判定、公認テキストや問題集の出版などに関与しています。

──なぜ、日本統計学会が統計検定を始めることになったのですか。

センター 先にも述べましたが、日本の統計教育は諸外国と比較して遅れています。ほんの10年ほど前まで、日本では高校生が統計学を学ばなくても卒業できるという状況でした。統計の知識のない社会人が世の中に出て行ったのです。
 こうした現状を打開するために、日本統計学会の学会員が統計教育の重要性を訴えた結果、当時の学習指導要領の改訂において統計教育が重視されることになりました。さらに、統計教育を推進するための方法のひとつとして、統計教育の成果を評価するしくみが必要ということから、日本統計学会が統計検定を始めたのです。

統計検定が役立つ場所とは

──統計検定の資格は具体的にどのように活かせるのでしょうか。

センター 統計検定は2011年に始まったばかりで歴史も浅いため、英語検定(実用英語技能検定)、漢字検定(日本漢字能力検定)、数学検定(実用数学技能検定)に比べるとまだまだ認知度は低いと思います。また、就職などにどの程度役立っているのかというデータもありません。しかし、他の資格や検定と同様、自分にどのような力がどの程度あるかを客観的な指標でチェックし、示せるようにしておくことは重要だと思います。まずは、統計に関する自分の知識を確認するだけでも十分だと思います。

──2011年からの受験者数の変化を見ると、毎年増えていることがわかります。特に2018年以降の伸びはすごいですね。

センター そうですね。統計検定がスタートした当初は、中学生、高校生、大学生が多く受験するだろうと思われていました。しかし、実際は、受験者の約6割が社会人であることが、試験当日の受験者アンケートからわかっています。会社によっては、統計検定を受験するよう社員に促しているようです。また、最近では、データサイエンティストになる最低条件として、統計検定2級を持っていることが求められるようになりました。徐々に認知度が高まってきているのだと思います。

──データサイエンティストと統計検定の関連性について、もう少し教えてください。

センター 一般社団法人データサイエンティスト協会のウェブサイトでは、『データサイエンティストに求められるスキルセット』として「ビジネス力」、「データサイエンス力」、「データエンジニアリング力」の3つの力が必要だと紹介されています。この中の「データサイエンス力」が「情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解し、使う力」と定義されています。
 また、大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所が公表している『1年間に育成すべきデータサイエンティストの人数分布』の中では、データサイエンティストとしてのレベルと、統計検定の級との関係が書かれていて、「見習いレベル」は2級相当、「独り立ちレベル」は準1級相当、「棟梁レベル」は1級相当のスキルだとされています。データサイエンティストとして、どの程度の力があるのかを示すために統計検定を受験される方も多いと思います。

──この図に示されている人数のデータサイエンティストが、毎年、新たに必要となるのでしょうか。

センター 意外に多いと感じられるかもしれません。しかし、データ分析とは直接関係のない部署にも、データサイエンティストは必要なのです。このことに疑問を持たれる方も少なくないかもしれませんが、現実問題として、「データを持たない会社」というのは存在しません。データを分析すること自体を仕事にしていなくても、社内には、財務諸表、人事データ、顧客データなど、たくさんの「データ」が存在します。そして、そうしたデータをどのように会社の利益につなげるために活用できるだろうか、と考える姿勢は、どの部署に属していても必要なのです。そうした意識を持った人材が不足しているために、社会全体で育成しなくては、という動きになっていることから、こういった人数が必要になるのです。

統計検定の種別と受験方法

──統計検定の具体的な種別や受験方法を教えてください。

センター 統計検定2級から受験される方が多いのですが、受験するかどうかは別として、4級と3級の問題はぜひ一度解いてみてください。意外と知らなかったり、わからなかったりすることがあるでしょうし、統計ってそういう使い方をするのか、ということもわかるはずです。そして、統計関連の仕事に就きたいと考えるなら、2級は最低限必要ですね。できればもう少し上も狙っていただきたいです。

──上位レベルの資格として、「統計検定2級・準1級・1級」と、「統計調査士・専門統計調査士」がありますが、これらの違いは何ですか。

センター 統計検定2級以上は、統計学の数理的な手法や数理モデルの考え方を正しく知っているか、そして使えるかが重視されます。準1級は、2級の内容を完全に理解していることに加え、機械学習や、多変量解析など多方面の統計学の知識が問われます。1級は「統計数理」と「統計応用」に分かれます。「統計数理」は高度な数理統計が出題されて、証明問題が多くなります。また、統計学は応用分野によって利用する統計手法が違いますので、「統計応用」の試験では、4つの分野の中から各自の専門に近い1分野を選択し受けていただきます。
 統計調査士と専門統計調査士については、公的統計、調査の方法、調査データの分析の知識の確認になります。また、「統計法」という法律も覚えなくてはなりません。公務員の方や調査機関に属している方々を始めとして、調査にかかわる多くの方が受験されています。

──2016年から始まった CBT方式とはどのような方式でしょうか。従来の受験方式との違いやメリットを教えてください。

センター Computer Based Testingという、コンピュータを利用して受験する方法です。CBT方式で統計検定が受験できる会場は全国に約230ヵ所ありますので、その中から好きな会場を選んで受験することができます。認定される資格は従来の紙の検定試験と同じで、お申込みは統計検定のホームページから行うことができます。  CBT方式で受験することのメリットとしては、受験日時や会場が選べるので、自分のスケジュールに合わせて受験しやすいことと、その場ですぐに合否結果がわかることだと思います。得意分野や苦手分野がわかる分析結果も出ますので、参考になると思います。

──最後に、スキルアップを考えている方々へのメッセージをお願いします。

センター 2021年から、統計検定1級、準1級、2級以外の、3級、4級、統計調査士、専門統計調査士はCBT方式のみになります。一方、データサイエンスに関する試験が順次始まります。「統計の知識の必要性」という、世界規模での流れに伴って、日本でも世界レベルに追いつくべく、これからの社会のニーズに合わせて、このように計画しています。スキルアップを考えている皆さんには、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。

[TACNEWS 2020年5月号|特集]