LET'S GO TO THE NEXT STAGE 資格で開いた「未来」への扉 #41

  
Profile

柿本 美沙(かきもと みさ)氏

株式会社カレンシア 代表
中小企業診断士

ロサンゼルス生まれ。3歳で家族とともに日本へ帰国。2009年、津田塾大学英文学科卒業。新卒で大手OA機器メーカーの法人営業職に就く。営業のイロハを学びトップセールスになるも「もっと成長したい」という思いから中小企業診断士の資格取得を決意。起業、米国ビジネススクールへの留学、M&A専門企業への参画を経て、現在は自身が代表を務める株式会社カレンシアで、M&Aアドバイザーや執筆を中心に活躍中。
●事務所HP

【柿本氏の経歴】

2009年 OA機器メーカー系の販売会社に営業職として就職し、トップセールスに。
2014年 入社から5年後、さらなるスキルアップのため中小企業診断士の資格取得を決意し、勉強時間の確保のため人材系グローバル企業に転職。
2015年 1次試験に合格後、退職しフリーランスとして営業・財務研修やコンサルティングに携わる。翌年、2次試験に合格。
2019年 米国UCバークレー校でのビジネススクールへの留学から帰国後、M&A専門の会社に参画し実務に従事。
2020年 株式会社カレンシア代表取締役として、M&Aアドバイザー業や執筆業を中心に活躍中。

OA機器メーカーの営業としてキャリアを積む中、
課題感を抱えたことで資格取得を決意。
現在は“幸せなM&A”をめざして活躍中。

「“嫌なこと”の対価として報酬がもらえるのが仕事だ」と言われることがある。だが中小企業診断士として、自ら会社も経営する柿本美沙氏は、わざわざ“嫌なこと”を仕事には選ばず、興味があることや、やりたいと思うことを仕事にしてきた。もちろんそんな生き方にも数多くの苦労や困難があるだろうが、だからこそ、知識やスキルがおのずと備わり、自分の価値を高められるのだという。現在、「売る側も買う側も幸せになれるM&A」をめざして活躍する彼女の言葉に注目してほしい。

今のキャリアの土台になった営業職としての経験

両親が仕事の関係でロサンゼルスに駐在している最中に生まれた柿本氏。両親はともに英語が堪能、小学校へ通い始めていた姉もネイティブ並の英語力を持っている。柿本氏は3歳で日本に帰国したが、そんな環境で育ったことで、おのずと学校での得意科目は英語になった。大学の進学を考える頃には、英語教師になった姉の影響もあり「将来は自分も英語の先生になるのかな」と思っていたという柿本氏。英語の勉強をしようと津田塾大学に入学したが、就職活動を控え、英語を教えるというより、もっと英語力を活かして海外の人とやりとりするような、そんな仕事がしたいという思いを抱くようになった。
 そんな中、偶然内定が決まったのがOA機器メーカーの営業職だったという。入社後は、ほとんど新人が配属されることがない大手企業を相手とする営業部に入ることになった。トップセールスばかりが集まるような部署で、一番年齢が近い先輩でも歳が5つ上。そんな中に“ひよっこ”状態で放り込まれたのだった。
「会社の雰囲気がとても良かったので、入社を決めたのですが、大学時代までは考えもしなかったビジネスに対する興味が、その会社で営業の仕事をする中で大きくなっていって。この会社での法人営業経験が、今の私のすべてにつながっていると言っても過言ではないと思います」
 この会社での営業職の経験がどのように柿本氏をビジネスパーソンとして開眼させていったのだろうか。

セールスからコンサルティングへ新規開拓部門トップに

柿本氏の仕事は複合機やコピー機の販売を目的とした営業だが、大企業が相手となると、単なるセールスにとどまらず、様々な業務をDX化するためのシステム・ソリューションの提案を行うなど、コンサルティングの様相を呈してくる。柿本氏は、先輩たちの仕事を見て聞いて学ぶ中で、様々な企業ニーズに応じたシステム・ソリューションの提案を行うようになり、次第に営業の勘所も身につけていった。ファースト・アポイントで何を伝えるか、どの段階でどのような提案をすれば交渉がスムーズに進み、円滑にクロージングできるか…。興味を持って深く考えながら突き進むうちに、いつしか新規開拓部門でトップの成績を上げるようになっていた。
 営業職として働く中で、柿本氏は様々な知識、経験、人脈を築いた。「その他にも、お客様の社内事情までよく理解して、ベストなタイミングでフォローを入れる。お客様からは、“ちょうど困っているところだったから助かった”という声が聞けるようなタイミングを見計らう。相手のあらゆる状況を想定して、先回りして動く力も身につきました。これらはすべて現在のM&Aの仕事に活きています」と柿本氏は言う。

もっと前に進みたい
そのための知識を身につけたい

入社から5年、順調にキャリアを積んでいった柿本氏だが、営業職として働いてきた中である課題感が生まれていった。
「金額の大きな案件を扱うようになるにつれ、企業の経営者を相手にセールスをすることが増えていきました。一方で、お客様の話についていけず、商談のイニシアティブを取れていないと感じることも多くなってきたのです。当時は、複合機の販売をするときにお客様が話していた“減価償却”という言葉の意味すらよくわからなくて。財務諸表上でどのように扱われるのか、またどのように会計処理されるべきかなど、お客様から相談を受けても私からは何のアドバイスもできませんでした。そのとき、その場ですぐに『何も問題ありませんよ』と言えたら商談はまとまっていたのにと思うと、自分の知識のなさが悔やまれましたね」
 もっとビジネスの知識を身につけなければ、経営層の役に立つ仕事はできない。そう判断した柿本氏は、社内の研修制度や海外留学でMBA取得など、さらに自分の価値を高めるための手法を探した。そして、様々な情報を吟味するうちに、海外でMBAを取得するよりもはるかに費用負担を抑えつつ、必要な知識を効率的に勉強できそうな「中小企業診断士(以下、診断士)」という資格があることを知った。それから、資格取得後に描けるキャリアを書籍やインターネットで調べ尽くし、資格取得へのモチベーションを高めていった。「現状維持ではなく、もっと成長したい」という強い思いを胸に、今の自分の環境を変えることを決心した柿本氏は、OA機器メーカーを退職。勉強時間を確保でき、自身の営業力と英語力を活かせそうな外資系キャリアサイト運営会社に転職し、診断士資格取得に向けて勉強をスタートした。

今まで身につけてきたスキルの最高峰がM&A

転職先である外資系キャリアサイト運営会社は、ほとんどが海外のスタッフで営業成績を重視する風土。柿本氏は、持ち前の営業力を活かし短期間で目標を達成すると、空き時間を作り勉強に励んでいたという。オフィスの近くにあったTAC渋谷校に朝晩通い勉強に集中した甲斐もあって、入社から1年ほどで1次試験に合格。しかし、その年の2次試験は惜しくも不合格となった。
「2次試験の受験資格が有効なのは1次試験合格の翌年まで。次の試験も挑戦するつもりではいましたが、その合否にかかわらず独立しようという思いがこの頃には固まっていました。勤務先の親会社の社長に独立するので退職しますと話すと、『それならまずは独立後の実績作りとしてこの会社で営業教育の仕事をしてみてはどうか』と持ち掛けられたのです。会社に恩返しもできるし、これまで培ったスキルで実績も作れると思い、ぜひやりたいですとお返事をしました」
 退社し営業のコンサルティング業務を行うフリーランスとして独立。前職での営業教育の仕事と並行し、TACで知り合った仲間たちからも企業研修などのサポートを依頼されて請け負うようになっていった。そんな風に着々と実績を作る中、2次試験にも合格することができた。
 合格後は会社を立ち上げ、営業系コンサルティングや研修、執筆活動などを行うほか、ヨーロッパの雑貨を直輸入して百貨店などに卸し販売する事業も始めたが、このとき事業立ち上げの大変さを知ることになる。「ゼロから会社を作って事業を始めるのではなく、すでに輸入・卸業を専門にやっている会社があるのなら、その会社を買って運営する方がずっと効率的と思いました」と語る柿本氏は、これを機に、かねてから興味のあったM&Aに携わってみたいと思うようになった。
「営業、交渉、財務、経営…。M&Aは今まで学んできたこれらスキルや診断士の知識が、最高峰のレベルで求められる仕事です。だからこそやってみたかったのですが、未経験でいきなり仕事をもらえるほど甘くはないと思っていました。そんな矢先に診断士協会の勉強会で知り合った方から、M&Aの会社を立ち上げるからそのサポートをしてくれないかというオファーをいただいて。米国でのビジネススクールへの留学が決まっていましたが、帰国後はM&Aに特化してスキルを磨こうと思い、そのオファーを引き受けました」

“幸せなM&A”をめざして

こうして帰国後1年間、その会社の社員としてM&Aについて学びながら、金融業界や他のM&Aアドバイザーなど協力関係を築けそうな人たちとのネットワークを構築。そこで得たノウハウと人脈を持って会社を離れ、自身の会社名を「株式会社カレンシア」に変更して再スタートを切った。
 「最近、やっと少しM&Aアドバイザーらしくなってきた気がします」と笑顔で語る柿本氏。知識だけでは解決できない想定外の展開が起こる中でも、案件ごとに異なった形で複雑に絡み合う条件や方法を一つひとつクリアし、順調に事業を展開しているが、自分の会社の拡大路線は考えていないという。
「私たちのようなM&Aをサポートする企業が組織を大きくした場合、営業担当がノルマを抱えることになり、M&Aの必然性が低いお客様にもインセンティブのために契約を促すようなことも発生しかねません。それでは売る側、買う側双方の企業にとって不幸な結果につながってしまいます。会社を売るというのは多くのオーナー社長にとっては人生で一度きりのこと。報酬の獲得を優先するのではなく、売る側と買う側、双方の企業が互いに幸せになるようなM&Aをめざしたいのです」
 最後に、大学卒業後から現在までの歩みの中で、転職、資格取得、留学など、何度も大きな選択の局面を経験してきた柿本氏に、自分らしくキャリアを歩むためのポイントをうかがった。
「まず私は、自分の進む道は常に私自身が主導権を握って選んでいきたいと考えています。やりたくないことはわざわざ選ばない。そして、もし何か迷ってしまった場合は、自分が半年後にどうしているかを想像し、『半年後もまだ同じことで迷っているだろうな…』と想像できてしまう場合は、今すぐ始めてしまおうと考えるようにしています。今自分が持っているスキルやこれまでの経験を軸に、『どういう自分の姿でありたいのか』という自分自身の思いを見つめてみることが大事だと思います」
 今後は、持ち前の英語力を活かした海外企業とのM&Aサポートや、自分自身が企業を買収して、育てて、売りに出すといったビジネス展開も視野に入れているという柿本氏。これからも診断士資格を手に、今まで得た知識・経験・スキルを総動員しながら、売る側も買う側も幸せになるM&Aをめざして歩んでいく。

[『TACNEWS』 2022年4月号|連載|資格で開いた「未来への扉」]