LET'S GO TO THE NEXT STAGE 資格で開いた「未来への扉」 #26

Profile

本多 希(ほんだ のぞみ)氏

本多希公認会計士事務所 代表
公認会計士

1987年1月生まれ。人の役に立ちたいという思いを果たすためには、何か人よりも秀でた知識や経験が必要と考え公認会計士をめざすことに。合格後、大手監査法人に就職。結婚・出産の経験を経て、女性の産休・育休後の復帰の難しさを痛感するが、これをきっかけに休職後の女性の社会復帰に備えたスキル向上の機会を提供したいと考えるようになり、2020年1月に独立し本多希公認会計事務所を設立。同年、女性たちを支援する「育休college」をスタートさせた。

【北村氏の経歴】

2005年 大学受験後、予備校仲間の言葉をきっかけに会計士に興味を持ち勉強を始める。
2012年 大学卒業後2年目で公認会計士試験に合格。
2013年 EY新日本有限責任監査法人に入所。主にホテル関係の会計監査に従事する。在所中に、結婚・出産。
2016年 公認会計士登録。
2020年 EY新日本有限責任監査法人を退所。本多希公認会計事務所を開業するとともに産休・育休中のママを対象とした会計セミナー等を行う「育休college」を設立。

人の役に立ちたいという夢を資格でかなえる。
イラストを使った独自の学習法を武器に、
子育てママたちを支援していく

 走っている電車にホームから飛び乗れと言われたら、あなたはどうするだろう。電車のドアは開いていても、振り下ろされてしまうのではないかという不安がつきまとい、思い切って飛び乗るにはとても勇気がいることだろう。産休・育休後の女性が社会復帰するのは、この状況に似ている。走っている電車に再度乗り込むためには、十分な「助走」が必要。この「助走」を、資格の知識を活かしながら独自の方法で支援しているのが、公認会計士の本多氏である。ぜひ多くの女性たちに彼女の言葉を聞いてほしい。

「人の役に立つことをしたい」祖父母から学んだ生き方

 小学校高学年の頃、公認会計士(以下、会計士)という仕事があることを母に教えてもらった。しかし、特に興味は持てなかった。親から貰うお小遣いも、どうやりくりするかという意識は別段なく、ただ漠然と使っていたという当時の本多氏。「会計士」はなんだか冷たく生々しいビジネスの世界を感じさせ、人情や思いやりなど、エモーショナルな部分を大切にしていて、「人の役に立つ仕事がしたい」と思っていた彼女にとっては受け入れにくいものだったのだ。

 「人の役に立つ仕事がしたい」という彼女の思いのルーツは、祖父母との関係にある。子どもの頃、岩手に住んでいる祖父母の家に遊びに行くと、一緒に畑仕事をさせてもらえることがあった。それは本多氏にとって楽しい体験だったそうだ。中学生の頃には祖父母に「元気だよ」と伝えるためにアナウンサーになりたいと考えていた時期もあるというくらい、優しい祖父母のことを慕っていた。
「毎朝のニュースにアナウンサーとして出れば、離れて暮らす祖父母にいつでも元気な姿を見てもらえると思ったのです」

 畑仕事のあと、「手伝ってくれてありがとう」「おかげで助かったよ」そんな言葉を本多氏は祖父母から何度も聞いたことだろう。ずっと長生きしていてほしいと思う、大好きな祖父母。その祖父母の役に立てたという喜び。そこには何ものにも代えがたい充足感があったという。そのとき彼女はこう考えた。
「微力でも人のためにがんばりたい。自分のがんばりで、少しでも周囲の人が喜んでくれるのであれば、それほどうれしいことはない」

 こうして「人の役に立ちたい」という本多氏の思いは、祖父母の彼女に対する愛情の中で形成されていった。
「高校生になると、『人の役に立つ』という漠然とした将来像を、もう少し具体的に思い描くようになりました。そして、その将来像を実現するためには、何らかの分野で周りの人よりも秀でた知識や経験を持っていることが必要だと感じ、そのために何をすればいいのかを考えるようになりました。

 大学受験に際しては、将来的に国際的な舞台で活躍することができるであろう進学先を第一志望に選び、一生懸命に勉強しましたが、努力は実らず合格することができませんでした。根を詰めてがんばったぶん、結果に結びつかなかったのは想像以上に悔しかった。人の役に立ちたいという強い思いがありながら、第一志望校に合格できなかった自分がもどかしくて仕方がありませんでした」

 そんな時、大学進学のために通っていた予備校仲間の「めざしている大学に入れなかったときは、会計士になる」という言葉を思い出した。気になってすぐに会計士について調べてみると、会計士の試験には受験資格の制限がないということがわかった。それに会計士の専門知識を持っていれば、その知識を使って人の役に立つことができる。冷たく生々しいという幼少時の印象が180度変わったのだ。また、第一志望の大学に合格できなかった自分にとって、会計士の勉強は最も取り組みがいのあるものに思えたのだという。
「もうこれしかないと思い、大学に入学してすぐに勉強を始めました。次こそは、『人の役に立ちたい』という強い思いをかたちにする。今度こそは絶対に合格をつかみ取ってやるという気持ちで、のめり込むように勉強に打ち込みました」

 幼稚園の頃に始めたという水泳。小学校1年生の頃にはスイミングスクールの選手クラスに所属し、ジュニア・オリンピック出場にはあと一歩で及ばなかったものの相当の実力者だった。練習はほぼ毎日、朝から夕方まで続くこともあり、厳しいものだったが、我慢強く行動派という、目的のためなら努力を負しまずがんばることができる意識の高さは、水泳選手時代のこの経験により培われたものだともいえる。「いくら苦しくても耐え抜くことができる」という自信と、「目的のためにがんばろう」という強い思いで、会計士の勉強を始めた。

 進学した東京女子大学では、周囲に優秀な人物が多かった。大学での友人関係にはとても恵まれていたという。
「10人くらい、ゼミの友人たちがいまして、お互いがお互いのやっていることを認め、尊重し高め合う、ポジティブな関係性を築いていました。心から思いやり考えてくれる仲間たちで、お互いにいい影響を与え合っていたと思います」

 学内には水泳部がなかったが、他大学の水泳部に入部し、水泳を続けた。朝の7時から練習に参加し、髪の毛も乾かないうちに1限目の授業に参加。大学が終わるとTACへ行き、会計士の勉強をした。体力的にも精神的にもつらく感じることもあったが、めげそうなときは心からわかりあえる大学の仲間たちが支えとなった。

 中学時代、ジュニア・オリンピックをめざして練習に邁進していたにも関わらず、練習の成果を本番に出すことができず悔しい思いをしたこと。大学受験で一生懸命努力したのに第一志望に合格できなかったこと。努力の先に見える結果、そこにあと一歩たどり着けない自分自身に納得できず焦燥感が募っていたこの時期。
「努力した先に見える世界にたどり着きたい」という思いが本多氏を突き動かしていた。

 そして、ようやくその努力が成果へとつながった。2012年、会計士試験に合格。人の役に立ちたいという夢に向かって、本多氏は着実な一歩を踏み出した。

どんなに難しい内容も“かわいく”なる イラストを使った学習法

 本多氏を会計士試験合格に導いた勉強法は少々独特である。ここでは、仮に「本多式イラスト学習法」と呼ぶことにする。自分が学んで理解したことをイラストにしてみるというもので、理解した内容を構造的に可視化し、記憶しやすくするというものだ。人の記憶は、より多くの要素が結びついているほうが忘れにくく、思い出しやすくなるのだという。例えば「酸素」という言葉だったら、「気体」「人間の呼吸に必要」「水素と交わることで燃焼を促す」など、多くの要素を結び付けておくほど思い出しやすい。こうした要素のつながりをイラストにすることで記憶に留めやすくしたものが「本多式イラスト学習法」である。本多氏によると、この学習法を使うことで一見難しいと思えることや複雑と思えることが理解しやすくなるという。
「会計士の勉強でも、このテキストの内容を全部頭に入れておきなさいと言われることがあります。そうするともう圧倒されてしまって、難しい、怖いという感覚が襲ってきます。でも、それをイラスト化することで、複雑で難しく思えていたものが、何でもない単純なものに変わります。文章のまま覚えようとすると膨大な量になりますが、イラスト化することで、何のことはない数枚のイラストを頭に入れるだけでよくなるのです。こんなに長々と難しいことを言っているけど、実はとっつきやすくて、かわいい話なのだと。内容がスッと頭に入り理解することができます。勉強に疲れたときも、かわいいイラストを描いたり、見たりすることで、ほっと自分を落ち着かせることができますしね」

 「怖い」が、「かわいい」になってしまう「本多式イラスト学習法」。なんとも魅力的である。難解な論点や冗長な表現も、本多氏のイラストになってしまえば、すべて「かわいい」もの。この話を聞いて、少し懐疑的な方もいるかも知れないが、本多氏が、この学習方法で試験に合格したのは事実である。授業中にイラストを描いていると落書きをしていると思われて怒られてしまいそうだが、講師もこれを見て「よくやっている」と評価してくれたという。会計士に限らず、資格の勉強をしていると何冊にも及ぶ厚みのあるテキストに、試験本番までに本当に覚えきれるのかと辟易してしまうこともあるだろう。そんなときは「本多式イラスト学習法」をぜひ試してみてほしい。

人の役に立ちたいという夢を実現する女性支援のための「育休college」

 大学では、社会学に興味を持ち、物事を多角的に見て考える力を身につけた。例えば、自由恋愛で結婚できる現在は、家の制度に縛られていた昔より本当に自由と言えるのか。縛りがないために結婚したくてもできない人が増えて、「婚活」が必要になってしまったのではないか。このように物事を表面的にとらえるのではなく、多角的な視点で本質を探る習慣がついた。このような思考方法は社会人になった今でも役に立っているという。

 会計士試験合格後は大手監査法人に入所し、主にホテル業の会計監査を担当した。業務プロセスの改善につながるよう親身になって取り組む仕事のスタイルは、クライアントからは感謝されたが、監査法人としての評価は「ロジカルな部分」が重視されるため、「エモーショナルな部分」を大切にしてきた本多氏にとっては、もどかしさを感じることが多かったそうだ。大きな組織の一員として、このまま安定的に仕事を続けるのか。それとも、独立開業し、大手監査法人という看板を外して自分の力を自分のやり方で試していくべきなのか。自分の今後のキャリアについて思いをめぐらす日々だった。

 本多氏は、この間に結婚と出産を経験している。結婚相手はTACで知り合った同業者で、監査法人に残るか独立開業をするかを悩んでいたときも、「監査法人という組織で働くより、独立して自分らしさを活かして働くほうが合っていると思うよ」と背中を押してくれた。本多氏はその後、2020年1月に独立し、本多希公認会計事務所を開業。悩んだ末の独立だったが、いきいきと今後の事務所の展望について語る本多氏の姿を見れば、いい選択をしたのだということがわかる。

 また、独立と同時に「育休college」を設立したという本多氏。監査法人在籍時代に産休・育休を経て、復職する際に感じた苦労が基になっているという。
「現在の日本の社会では、休職前と同じ舞台に戻って働いても、以前と同じ評価を得ることは難しい。休職期間中に知識や経験が後退してしまうことや、育児のために時間的な制限がかかってしまうということが主な原因です。こうした女性たちに向けて、休職期間中に会計を始めとするビジネススキル向上の機会を用意したいと思ったのです」

 女性の産休・育休後の社会復帰の難しさは身をもって知っている。だからこそ、同じように悩みを抱える女性たちを支援したい。社会という走る電車に、もう一度スムーズに乗り込む。そんな支援を本多氏は手掛けようとしている。

 そしてこの女性支援でも「本多式イラスト学習法」が用いられている。数字に対して苦手意識のある人も多い中で、言葉では理解が難しい内容でも、イラストによって一瞬で理解させる。この画期的な方法を女性支援でも活用していきたいと考えているそうだ。

 10年後、いや、もっと早いのかもしれない。「育休college」を卒業した女性たちが活躍する時代が来る。キャリアを中断したことによって、スキルダウンしたと思われた女性たちは、以前よりも優れた実力をつけて戻ってくる。そんな女性たちが管理職で活躍し、離職率を減らし、ダイバーシティを改善していく時代がきっとやってくるはずだ。御旗を振ってそれを導く現代のジャンヌ・ダルクは、他でもない本多氏である。

[『TACNEWS』 2020年11月号|連載|資格で開いた「未来への扉」]