プロが教える!最終回 お金編 人生100年時代の資産運用~人的資本に注目しよう

  

 ファイナンシャル・プランナー(FP)は、お金に関する幅広い知識に基づいて暮らしや家計についての相談に応え、相談者の夢や目標の実現をサポートする専門家です。最終回の今回は、「人的資本」という考え方についてお話しします。

◆稼ぐ力=人的資本

 一般に、中高年層ほど金融資産を多く保有し、若年層はあまり金融資産を保有していません。一方で、若年層ほど多く保有している「資本」があります。それは、「人的資本」と言われ、労働によって稼ぐ力のことを指します。若い人ほど働いて稼ぐ期間が長く残っているため、人的資本も大きくなるというわけです。
 人的資本とは、将来労働によって獲得する収入の合計を現在価値で表したものです。ファイナンスの学習をしたことのない人にとってはとっつきにくいかもしれませんが、現在価値というのは、例えば1年後の100万円は現在の価値に直すと100万円より小さくなる、という考え方によるものです。仮に銀行預金の金利が5%とした場合、100万円を1年間預けると1年後には105万円となります。このとき1年後の105万円は、現在価値に直すと100万円であると考えられるわけです。同じように、年収500万円で40年間働ける人の人的資本を金利(割引率)1%で計算すると、約1億6千万円となります。入社したての新入社員にとって、自分が1億円6千万円相当の人的資本を保有している、という感覚はあまりなじまないかもしれませんが、長期的な資産運用を検討するにあたっては、人的資本という考え方を取り入れることはとても有用です。
 キャリアをスタートした時点では、人的資本は最大値を取る一方、金融資産は通常ゼロに近い値となるでしょう。年齢を重ね働ける期間が短くなっていくにつれ人的資本は減少していき、60歳で現役を引退する場合であれば、60歳時点で人的資本が最小値となります。逆に、年齢を重ねるにつれて金融資産は少しずつ蓄積されていき、現役終了時点で金融資産が最大値を取ることになります。その後は労働収入がなくなりますので、公的年金とあわせて金融資産を取り崩しながら運用していくということになります。

◆人生100年時代における人的資本と金融資産のバランス

 しかし、人生100年時代と言われるようになり、高齢期の働き方や老後資金の貯め方などについての考え方が変わってきました。「人生100年時代」を唱えたリンダ・グラットンさんの著書『LIFE SHIFT』によると、日本で2007年に生まれた子供の半数が107歳より長く生きるそうです。現役で活躍している人にとっては、人生100年時代と言うには少し気の早い話かもしれませんが、それでも年々寿命は延びてきており、100歳まで長生きする人もめずらしくなくなってきました。今後は、長寿の可能性を踏まえたライフプランを設計する必要性が高まっています。
 さて、従来型のライフプランでは、60歳〜65歳の定年までに貯めた金融資産と退職金を取り崩して、年金だけでは足りない生活費を埋めていくという考え方が一般的でした。しかし、これから迎える超長寿社会においては、現役時代の収入低下や退職金の減少によって、年金受給開始までに貯められる金融資産は以前より少なくなります。さらに、年金額も実質的に目減りしていく制度設計となっています。そこで、長期化する老後の生活資金を確保するためには、「長く働いて労働収入を得られる期間を伸ばす」ということが必要となってきます。近年は、健康寿命(心身ともに健康で制限なく生活できる期間)の伸びや高齢者の雇用を推進する政策などによって、長期間働ける環境も整ってきていますので、以前ほど難しい話ではないでしょう。
 このような時代においては、個人における人的資本と金融資産のバランスが変わり、金融資産の運用に対する考え方も影響を受けるでしょう。一般に、若年層ほど投資においてリスクをとりやすく、逆にリタイア間際となれば、できる限りリスクを抑えた運用が望ましいとされてきました。それは、金融資産と人的資本のポートフォリオ(資産配分)を考えたときに、若年層ほど人的資本の割合が大きく、債券のように比較的安定したキャッシュフロー(=労働収入)が得られるため、金融資産の運用においては一定のリスクを取れるという考え方です。一方で中高年層の場合には、人的資本は相応に小さくなっているため、金融資産運用におけるリスクを小さくしなければ、人的資本を含めたポートフォリオ全体のリスクが高くなりすぎてしまうことになります。しかし、人生100年時代を見据えて、これまでよりも長期間働くことを前提とすると、若年時代のポートフォリオにおける人的資本の割合はさらに大きくなり、また、高齢期に差しかかっても人的資本はゼロとはならずに一定の割合で残ることとなります。そうすると、金融資産運用におけるリスクの取り方についても多少は考え方を修正してもよさそうです。年金を受給できるようになる65歳の時点でも、まだまだ5年10年働いて稼げる見込みがあるのであれば、そのキャッシュフローを支えにして、多少はリスク資産への投資も可能だとする考え方も出てくるわけです。もちろん、病気などで働けなくなる可能性が若い頃よりも高まってくるため、人的資本自体のリスクも高くなっていることは考慮する必要がありそうです。
 このように、人生100年時代において、老後の長期化と金融資産の積立不足や退職金の減少、年金額の低下などによる老後生活資金の不足を補うためには、働く期間を長くすることや収入を高く維持すること、つまり人的資本を高めることが重要となってきます。心身ともに健康でいることはもちろん、これまでのキャリアで得たスキルだけでなく、どんどん新しい知識やスキルを身につけていく姿勢が大切となります。政府も社会人の「学び直し」を強く推進していますし、学び直しによって収入が増加するという調査結果もあるようです。

◆すべての人にFP知識を

 人的資本を高めるために、自分も何か新しいことを学んでみようと思われたら、FPの勉強を始めてみてはいかがでしょうか。FP技能士の資格を取得した人は累計200万人に迫り、多くの人がお金の知識の必要性を感じています。FPが持つお金の知識・スキルがますます求められるようになってきていますので、学んだ知識を活用して起業・副業したり、職場内でキャリアアップしたりして収入につなげられるチャンスが増えてくるでしょう。TACの受講生の中にも、現在の仕事やセカンドキャリアで活かすためにFPの最上級資格であるCFP®の取得を目指してがんばっている方がたくさんいらっしゃいます。
 また、FPでは、人生の様々な場面で役立つお金の知識を幅広く学ぶことができ、高齢期の生活を豊かなものにするための資産運用の進め方や社会保険の活用方法などについて知ることができます。キャリアに活かすためであれ、自分自身の生活設計のためであれ、ライフプランニングの実践的なスキルが学べる資格はFP以外にありません。この機会にぜひ始めてみませんか?

[TACNEWS 2019年5月号|連載|プロが教える!]

Profile

松田 大

CFP®、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、1級DCプランナー。
FP講座の責任者として日々、試験対策講座の企画・運営に従事。できるだけ多くの人に少しでも早くお金の勉強を始めてもらうべく、マネー知識の必要性を声を「大」にして喧伝中。