タックスファンタスティック Tax Fantastic!!第9回テーマ M&A 〜その3〜
「バリュエーションはバリエーション?」

税 太 襟糸先輩、僕が今関与している相続税申告のお客様なんですが。。。

襟 糸 お、税太、これまで毎回切れ味するどい洞察力を発揮してこの襟糸様をぎゃふんと言わしめてきたが、とうとう降参か!潔い敗北宣言、勇気ある撤退と湛えよう。

税 太 あの~、まだ何も言ってませんが。。。そのお客様、お父さんが和菓子の会社の創業者だったんです。亡くなるまでお父さんがずっと持っていた会社の株を今回相続したんですが、その株を売りたいと言っているんです。

襟 糸 第7回と似ている展開だな。それは自分が会社を継げないから?

税 太 いえ、いったんは継ぐ予定なんですけど、今作っている由緒ある和菓子は、将来はもう売れないと思っているからなんです。

襟 糸 なるほど、で誰に売るんだい?第三者かい?

税 太 そうです、決めてないみたいですけど。そこで、どれくらいで売れるものなのか、金額をざっくり知りたいというんです。でも僕はこういったM&A業務は今まで関与したことがなくて。

襟 糸 そうか、まあよくある仕事だし、ではここはこの襟糸様が評価してあげよう…と言いたいところだが、いやなに、この僕も人気者がゆえに忙しくてね。こういうのは後輩の監子君に譲ってあげよう。

監 子 あ、ひょっとして経験値がないわけね。いるいるそういう先輩。いいわ、私が評価するわ。今回は引き継ぐ息子さんとしては今後和菓子が売れないと思っているわけね。通常第三者とのM&Aでは、会社が持つ将来の収益力を現在の価値に還元するDCF法(Discount Cash Flow法)がよく使われるけど、今回は本人が売れないと思っているわけだし、将来の事業計画もないだろうから、仮に法人の資産や負債を全部現金に換えたらいくらになるか、という考え方がいいのじゃないかしら。となると、ざっくり純資産くらいの価値じゃないかしら。

田久巣 お、何の話かと思ったらM&Aか。わしも実務をバリバリやっていたときはよくやったし面白かったなぁ。税太君はどうだい、日頃その後継者とずっと相続のお客様として接していて何か思うところがあるんじゃないのかい?

税 太 実は僕は日頃から後継者である息子さんと接してきていてわかるのですが、息子さんはあまりお父さんが作ってきた和菓子の素晴らしさに目を向けていないように思うんです。一度相続財産の調査として工場にもお邪魔したんですが、他の和菓子屋さんがうらやむような匠の技術を持った職人さんや、その職人さんが働きやすい仕事場があったんですよね。でも息子さんはそういうことにもあまり興味がなくてITが好きみたいなんですよね…。あ、そういえばこの間一度お土産をもらったんですけど、僕の妻は大の和菓子好きで大絶賛でした。

田久巣 そうか、で、何が言いたいんだい?

税 太 つまり監子さんが言う純資産くらいの価値、というのももちろんひとつの考え方ですが、僕としてはこの和菓子をおいしいと思っている人が将来どれくらいの収益を生むかという予測を立てた計画をもとに評価したいですね。つまり、DCF法もいいのかなって。

監 子 言うじゃない!でも確かにそれはそうかもね、私は日頃からそのお客様に接していないけど、税太君はよく会っているものね。フフフ、恐れ入ったわ。

【今回のポイント】

バリュエーションとは英語では「Valuation」、つまり「評価する」という意味なんだ。M&Aの業務では「企業価値評価」のことを指すのだ。公認会計士試験を受ける方は管理会計や経営学で学んでいると思うが、将来の収益を現在価値に還元して評価するDCF法とかがメジャーだよね。でもこれにはデメリットがある。あくまで「将来」の計画に基づくから、その計画がバラ色の楽観的な数字だと価値は高くなるし、逆に保守的だと価値は低くなる。現在の価値に計算し直す時の割引率だって結構曖昧なんだ。だから他にも監子君が挙げたように時価純資産で評価する方法もある。つまり状況によってバリュエーション(評価)の方法や選択はバリエーション(変化)するんだ。でも今回は、公認会計士で評価の仕事を得意としている監子君のすすめた方法よりも、税太君の言うDCF法のほうがいいかもしれないな。税務の仕事をしていると、経営者の方と近い距離でより頻繁に接するから考えている気持ちがわかったり、また現場を細部まで見ているから気付くこともあるんだ。もちろん和菓子好きの奥さんがいることも勝因のひとつだな(笑)。


[TACNEWS 2019年5月号|連載|タックスファンタスティック]

Profile

筆者天野 大輔(あまの だいすけ)

1979年生まれ。公認会計士・税理士。税理士法人レガシィ代表社員パートナー、株式会社レガシィ常務取締役。慶應義塾大学卒業、同大学院修了(フランス文学を研究)。情報システム会社でシステムエンジニアとして勤務。その後公認会計士試験に合格、監査法人に入り、会計監査・内部統制監査・IPO準備監査に従事。また事業再生、M&A支援等のコンサルティング業務も行う。その後日本で最大級の相続税申告数実績のある税理士法人レガシィへ。現在は相続・事業承継対策コンサルティングを担当。
主な著書:『改訂版 はじめての相続・遺言100問100答』(2017年、明日香出版、共著)