タックス ファンタスティック Tax Fantastic!! 第2回テーマ 相続税申告 〜その2〜「論より焼香?」

監 子 田久巣代表、大変です!私が会計監査をしているクライアントの社長が亡くなったという連絡が入りました!
田久巣 そうか、ご病気とは聞いていたが…。監子君、お葬式に参列する準備をしたまえ。その後のことだが相続の問題があるわけだね。どういう状況なんだい?
監 子 社長が100%自社株を所有していて、お子さんが3人会社に入っています。そのうち1人は前妻とのお子さんです。でも生前に遺言等の相続対策はされなかったようです。
田久巣 社長は生前何か監子君に仰っていたのかい?
監 子 はい、「うちの会社の一番のリスクは相続問題。もめてしまったらアドバイスしてくれないか」と仰っていました。経営ができそうなのは後妻とのお子さんです。でも前妻とのお子さんのことを社長はかなり可愛がっておられました。どのようにこの株を引き継ぐのがいいのか…。私としては相続人間で話し合うしかないのかと。そもそも私は相続の話には疎いのでアドバイス頂けないでしょうか??
襟 糸 なんだなんだ監子君、相続の話ならこの僕の空前絶後のエリート頭脳に任せたまえ。なるほど、前妻とのお子さんと後妻とのお子さんの対立だね。まず自社株を相続人で分割して相続すると議決権が分散して経営が安定しないから避けたいね。相続人同士の話し合いで決まらないなら、経営能力がありそうな後妻の長男に集約して自社株を渡すのがいいように思うから、僕ならそうアドバイスするな。もちろん他の相続人には他の財産を渡す手当をして。ですよね?田久巣代表。
田久巣 「そだねー」と言いたいところだが、別のフレッシュな意見も聞いてみよう。税太君はどう思う?
税 太 僕なら亡くなった社長にどなたに株を譲りたいか「聞いてみる」ことにしますね。
監 子 …あ、あのぅ、税太君ってひょっとしてUFOとか信じちゃう人?それとも死後の世界と交信できる超能力者?
襟 糸 よせよせ監子君、彼をいじめるのは。彼はまだまだ経験不足だし、この僕の頭脳には遠く及ばないんだ。聞かなかったことにしようじゃないか。ですよね?田久巣代表。
田久巣 「そだねー」と言ってしまいがちなのだが、実は税太君の意見は結構いい線いってたりする。税太君、先輩への反論を許可する。遠慮なくしたまえ。
税 太 僕は現実主義者ですし死者とも交信はできません。でも亡くなった社長が自社株の行き先についてどんな願いがあったのか、これは社長に聞くしかないと思っています。もちろん会話という手段ではできませんが。
監 子 たとえばお葬式でお焼香をあげながら社長の思いをくみ取るとか?
税 太 はい、そんなところです。僕が前の職場でシステムエンジニアだった頃、あるシステムの入替えを担当したことがありました。ただ、当初のシステム設計書が紛失していて、設計者も行方不明でした。そんな中、どうしても存在意義がわからないプログラムがあり、消去しようと思ったのですが、上司から「最初にこのシステムを作った人の気持ちを考えろ」と言われました。なので実際にサーバ群の前に座って何日もうなりながら思いを巡らしました。そうしたら分かったんです!結局消してはいけないプログラムだったんです。
監 子 恐れ入ったわ。ふふふ、ありがと。今回は借りね!

■親族関係図

【今回のポイント】

再び代表の田久巣だ。解説しよう。今回亡くなった被相続人の子供は3人いる。法定相続分は図の通りお母さんが1/2、お子さんは皆平等に1/6ずつだ。つまり自社株が財産の大半を占めていて、経営を任せられる誰かに全て渡すと、「私にも相続する権利がある!」ともめる状況なのだ。この状況で自社株を誰がどのように相続すると良いのか?まずは相続人同士の話し合いで決着させる。それで決着がつかなければ襟糸君のように相続人の適性・事情を考慮してアドバイスするだろう。ただ被相続人であるオーナーとしては、遺言はなくとも、誰に相続してもらいたいかっていう思いがあるのが普通なんだ。そしてその思い通りに相続するとうまく行くケースが多いんだ(オーナーがそのために何かしら準備しているわけで、相続人も先代の思いであれば納得できるからだろう)。ただオーナーのその思いを理解するにはオーナーである被相続人に「聞く」しかない。つまり遺産分割を相続人の立場で考えずに被相続人の立場で考えるというやり方なんだ。具体的なやり方はいろいろあるが、例えばお焼香をあげていると不思議と冷静になれて故人の思いが「聞こえて」くるものなんだ。これを相続のプロは、論より証拠ならぬ、「論より焼香」と言ったりする。ちなみに私も現実主義者だけどね。

[TACNEWS 2018年10月号|連載|タックスファンタスティック]

Profile

筆者天野 大輔(あまの だいすけ)

1979年生まれ。公認会計士・税理士。税理士法人レガシィ社員税理士、株式会社レガシィ常務取締役。慶應義塾大学卒業、同大学院修了(フランス文学を研究)。情報システム会社でシステムエンジニアとして勤務。その後公認会計士試験に合格、監査法人に入り、会計監査・内部統制監査・IPO準備監査に従事。また事業再生、M&A支援等のコンサルティング業務も行う。その後日本で最大級の相続税申告数実績のある税理士法人レガシィへ。現在は相続・事業承継対策コンサルティングを担当。
主な著書:『改訂版 はじめての相続・遺言100問100答』(2017年、明日香出版、共著)