日本のプロフェッショナル 日本の会計人|2021年2月号

Profile

野口 五丈氏

リライル会計事務所 所長
公認会計士・税理士

野口 五丈(のぐち いつたけ)氏
1982年、静岡県生まれ。2005年、中央大学商学部会計学科卒。同年、公認会計士試験合格、有限責任監査法人トーマツ入所。2011年、同監査法人を退所し、都内会計事務所で実務経験を積む。2012年、野口五丈公認会計士事務所を設立。2018年、事務所名をリライル会計事務所に変更、併せてリライル株式会社を設立。

自分の人生のイニシアチブは自分で握りたい。
その一心で独立開業しました。

 クラウド会計ソフト「freee」の導入サポートで高い実績を誇るリライル会計事務所。所長を務めるのは公認会計士・税理士の野口五丈氏である。大手監査法人に就職して数年後、自分の将来について考えるために四国八十八ヵ所・お遍路の旅に出た野口氏は、歩みを進めていく中で、「自分の人生のイニシアチブは自分で握りたい」という思いに至ったという。一体どのような自問自答を経て独立開業という答えにたどり着いたのか、また開業後にクラウド会計特化の事務所へ舵を切った理由は何だったのかなど、様々なエピソードから野口氏のこれまでの歩みを辿ってみた。

1本の映画から始まった夢

 野口五丈(のぐち いつたけ)という少々珍しい名前は、登山好きな父親が富士山の山岳信仰のメッカ・金峰山五丈岩にちなんでつけたものだ。学生時代は、クラス替えがある度に、最初の点呼で担任の先生が名前を読めなくて困っていたという。静岡県焼津市生まれの公認会計士(以下、会計士)・税理士の野口氏は、両親の影響で中学生の頃からテニスを始め、高校時代は県大会ベスト8まで勝ち残った実力者だ。大人になってからも、会計士のテニス大会に出場して優勝している。

 そんな野口氏が会計士をめざしたのは高校3年生のとき。友人に薦められて観た1本の映画『ショーシャンクの空に』がきっかけだった。若くして銀行副頭取となった主人公が、妻殺しという無実の罪を着せられ投獄されるも、会計の専門知識を活かして、自分の人生を取り戻していくというストーリーだ。それまで、野口氏にとって映画のヒーローといえば、シルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーのような筋骨隆々の主人公。そうしたヒーロー像とはまったく違う『ショーシャンクの空に』の主人公の姿を見て、「シュワちゃんにはなれないけど、これなら努力すれば自分もなれるのでは?」という思いが湧き上がり、それが会計士の道へ進むきっかけとなった。

 宇宙飛行士になりたいと思い、理系での進学を予定していた野口氏は、この映画をきっかけに高校3年の秋、急きょ文系に進路変更。
「担任の先生にはすごく怒られました(笑)。でも、両親は驚きながらも、『お前がやりたい道に進みなさい』と背中を押してくれて。すぐに会計士試験の大学別の合格者数ランキングを調べ、合格実績のいい中央大学商学部会計学科に照準を合わせました。それからは合格するためにがむしゃらに勉強しましたね」

 無事合格を果たした野口氏は、中央大学に会計士となった卒業生がボランティアで勉強を教えてくれる「経理研究所」という会計士試験の受験指導機関があることを知り、そこで大学2年生から会計士試験の勉強を始めた。簿記の勉強からスタートして大学3年生のときにお試しで受験。大学4年生のときには本気で合格をめざして挑戦したが、論文式試験で不合格になってしまった。本気だったぶん、不合格という結果に相当なショックを受けた野口氏だが、「もう1度チャレンジしてみよう」と、3月に大学を卒業してから5月の本試験までの数ヵ月、実家から仕送りを受けながら勉強を続け、3回目の受験で見事合格を手にした。

最大手監査法人のリストラで感じた危機感

 合格した2005年、野口氏は有限責任監査法人トーマツ(以下、トーマツ)に入所した。世間は就職氷河期といわれている時期だったが、会計士試験合格者は売り手市場で、就職先の監査法人を自分で選ぶことができる状況だった。トーマツを選んだ理由を、野口氏は次のように話す。
「先輩に相談したところ、大手監査法人の中でもトーマツは風通しが良く、厳しく鍛えてくれると聞きました。ずっとテニスをやってきた体育会系の私には、トーマツの雰囲気が合っているのではないかと思ったのです」

 トーマツ入所後は上場企業の法定監査をメインに、ときにはIPO(株式公開支援)にも携わった。業種としてはアパレル業界や映画産業、IT系企業と華やかな会社に多く関わったという。入所1年目は仕事を覚えるのに精いっぱいだったが、慣れてくると楽しさとやりがいを感じられるようにもなった。何より社会人になりたての若者が、上場企業の経理部長や役員クラスと対等に話ができるのがおもしろくてたまらなかったという。野口氏は人柄のいい先輩や上司に恵まれた楽しい監査の現場で順調に実務経験を積み、入所3年目に会計士の登録を済ませた。

 そんなさなか、2010年に新日本有限責任監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人)で400名規模の早期退職者募集が発表された。最大手監査法人の突然の大規模なリストラ発表に、野口氏は驚愕した。
「それまで、監査法人は終身雇用で年功序列。給料もどんどん上がっていくし会計士になれば一生安泰だといわれていました。にもかかわらず、業界には無縁と思っていたリストラが最大手の監査法人で発表されたのです。当事者の友人たちは、わずか1ヵ月の間に退職するか残るかの選択をしなければならなくなり、焦っているようでした」

 思い描いていた会計士、監査法人の世界が大きく変わろうとしていた。
「遅かれ早かれトーマツでもリストラが始まるだろう。今の環境はとても気に入っているけれど、一度自分と向き合って、この先どうするのか、ゆっくり考えなければ」

9日間、お遍路の旅へ

 何年後にはパートナーに昇格して、何歳で年収いくらになって、いろいろ経験を積みながら定年まで勤めて……、ある程度のマイルストーンを思い描いていた野口氏の胸算用は音を立てて崩れていった。
「大規模リストラに備えて先手を打たなければ」

 今後の進路について悩んでいたとき、たまたまNHKのテレビドラマ『ウォーカーズ 迷子の大人たち』を観た。ドラマの中で、登場人物たちは四国八十八ヵ所を巡礼しながら、自分探しの旅をしていた。
「それまでお遍路には暗くてつらい修行のようなイメージを持っていましたが、そのドラマではとてもライトにお遍路が描かれていました。主人公たちがスタンプラリーのように御朱印を集めている様子を見て、お遍路とは思っていたより明るくておもしろいものなのだと思ったのです。人生に迷っている今、じっくり考えごとをするにはうってつけなのではないか、そう思い立ってすぐに9日間の有給休暇を取って、四国へ旅出ちました。
 お遍路の旅は第1番札所の徳島県霊山寺から時計回りに四国をぐるりと香川県まで88ヵ所回るのが習わしですが、私は、その9日間で霊山寺から23番の札所まで回りました」

 気候の心地よい10月。Tシャツに杖だけ持って、気分は「お遍路さん」で歩きながら、野口氏は自分の今後についてゆっくりと考えた。
「トーマツで働き続けていくとする。でもトーマツもきっとリストラを断行するだろう。たとえ今でなくても、10年後にリストラがあるかもしれない」

 そう考えると、何か自分の人生のイニシアチブを他人に握られている感覚があって嫌だなと思った。そこでトーマツに残る選択肢を最初に消した。次に考えたのは、他の監査法人あるいは税理士法人に転職するか、あるいは独立開業するという2つの選択肢だ。
「税理士は7~8万人いて、そのうち8割近くが開業税理士。それだけの人が独立しているのだから、独立開業自体はそれほどリスキーではないのではないか。そもそもなぜ自分は独立をリスキーだと考えているのだろう。まず初期投資としてはパソコン1台あればいいから、10万円ぐらいでいい。それに在庫はないから在庫を抱えて倒産することもない。あとは仕事がもらえるかどうかだ。とはいえ会計士業界なら非常勤の監査アルバイトがあるから、顧客開拓している期間は監査の仕事を受け請ってつないでいけば極端に収入が減ることないだろう……」

 そんな風に自問自答しながら、最終的に腹に落ちた答えは「独立」の2文字だった。
「自分の人生のイニシアチブは自分で握りたい」
 旅から帰ってくるときには、すでに「独立しよう」と心が決まっていた。
 旅に出たのが2010年10月。その9ヵ月後、トーマツは大規模なリストラを発表した。野口氏の危惧が現実のものとなったわけだ。心の準備ができていた野口氏は、すぐに希望退職に応募。希望退職者として割増退職金をもらい、トーマツを去った。

退職金はすべて開業の運転資金に

 トーマツを退職した野口氏は、すぐに独立することも考えたが、開業前に法人税、所得税、相続税などの実務を身につけておきたいと思い、中小企業の税務業務をメインとする都内の会計事務所に入所した。
 そこで順調に実務経験を積み上げていった野口氏は、1年後の2012年、ついに野口五丈公認会計士事務所を開業。当初は下北沢の自宅を事務所としていたが、そのあとすぐに渋谷のレンタルオフィスに移転した。

 次に考えるのは、どのような業務を扱い、どのような事務所にしていくのかという事務所のビジョン。このとき野口氏は、トーマツ時代に最も大きな達成感を味わえたベンチャー企業の上場前監査の仕事を思い出した。小さな雑居ビルで創業者が寝泊まりしながら始めたベンチャー企業が、みるみる大きく成長して上場を果たし、成長し続ける姿。社員たちの熱量に応えるように全力でサポートしていくのは、刺激的で何よりやりがいがあった。
「ベンチャー企業のIPO支援をやろう」

 成長意欲のあるベンチャーを支援しながら自分も成長したい、それがそのまま事務所のコンセプトになった。
 トーマツの退職金は、開業の運転資金に充てる。当初からそう考えていた野口氏は、退職金約700万円のほぼすべてを、顧問税理士を探す中小企業の紹介サービスにつぎ込んだ。高額なフィーを支払う上、顧問契約が決まれば契約後1年間は顧問料の6割を紹介手数料として支払うことになるが、それも1年目のみだと割り切った。顧問先になったクライアントからの紹介が増えれば、自然に顧問先が広がっていく。長い目で見ればクライアント拡大のために必要な投資だと考えたのだ。実際、好循環を生み出すことができ、最初の顧問契約先50社については効率的に確保することができた。

 退職金を使った初期投資としてもう1つ実行したのは、士業専門のコンサルタントをつけて営業方法を指導してもらうことだ。コンサルタントの指導によって、同じ渋谷区内を拠点とする行政書士、司法書士、弁護士とアライアンスを求めて業務提携し、相続案件などにワンストップで対応できる体制を整えることができた。こうして事務所の運営が徐々に軌道に乗っていった。

クラウド会計freeeの導入

開業から2~3年はクライアントもわずかに増えた程度だったが、あるときから急激に顧問数が増え始めた。きっかけは、2014年から取り組み始めたクラウド会計「freee」の導入支援だった。
「クラウド会計導入支援を始めたのは2014年、そして顧問先が増え始めたのは2015年からでした。始めてみたらライバルが少ないのでほぼ独壇場で、企業へサービスを提案すれば、すぐにいくつもレスポンスが来ました。クライアントはそこから順調に増え、事務所は段々と成長してきました」

 現在の顧問数は約580社。ということは、単純計算で2015年から毎年約100社ずつ新規開拓ができていることになる。
 一体どのような部分が評価されているのだろうか。それまで会計ソフトは弥生会計を使っていたという野口氏にfreeeの特徴について聞いてみた。
「両方ともクラウド型ですが、厳密に言えば弥生会計とfreeeは違うものです。当時の弥生会計は、会計データをクラウド上に保存するだけでした。本格的な自動的仕訳ができるようなクラウド会計ソフトは、freeeとMF(マネーフォワード)クラウドが2大勢力です。
 よくfreeeとMFクラウドとの違いを聞かれるのですが、端的に言ってしまうとMFクラウドは複式簿記を基準としたユーザーインターフェイスで、会計事務所向け、つまりプロ仕様なのです。それに対してfreeeは一般の方向けのユーザーインターフェイスでわかりやすい。我々のクライアントはスタートアップ企業なので、お金がなくて記帳代行は頼めないから『自分でやります』という方が結構います。そういう方にとっては圧倒的にfreeeのほうが扱いやすいのです。それがfreeeでやっていこうと決めた理由です」

 よりお客様のためになる選択としてのクラウド会計、その中でも自分のお客様の使いやすさの視点でfreeeを選択した野口氏だったが、自分の事務所内でも副次的にいい変化があった。導入後、事務所の残業時間が月40時間(2012~2015年平均)から月20時間に、さらに2018年になると20時間を切るようになったのだ。freeeを使うことで会計事務所内でも入力の手間を省くことができるので、生産性をアップさせる切り札となっている。

 クラウド会計を使う利点について、野口氏は次のように強調する。
「クラウド会計には3つの利点があります。1つ目は、作業が効率化されるので労働時間が減って仕事が楽になること。
 2つ目は、スタッフ1名当たりのクライアント報酬の合計を増やせること。それにともなってスタッフの給与も上げることができます。
 3つ目は、リモートワークへの移行が容易なこと。弊社では、コロナ禍によって緊急事態宣言時は80%をリモートワークに、その後は50%をリモートワークにしていましたが、その体制にスムーズに移行できたのはクラウド会計に拠るところが本当に大きいです。自宅のパソコンからはもちろん、弊所はノートパソコンを支給しているので、それを持ち帰って仕事してもらうこともでき、リモートワークへの移行はとても簡単でしたね。リモートワークへの移行に失敗したという会計事務所の話も伝え聞くので、そんな中でしっかり対応することができ、お客様への不安を軽減できたことはクラウド会計を導入していてよかったと思う点の1つです」

 実はクラウド会計の普及の大きな壁となっているのは顧問税理士だと、野口氏は指摘する。野口氏の顧問先のようなIT系ベンチャーの若い経営者はクラウド会計を導入したいと望んでいるにも関わらず、顧問税理士に反対されて導入できないケースがかなりあるという。
 こうした状況のため、野口氏のもとに若手経営者からクラウド会計導入依頼が殺到してくることになる。まだ大手税理士法人がクラウド会計ソフト導入支援に参入していない今、freeeの導入実績は野口氏の事務所の独壇場だ。

採用のポイントは4つの価値基準

 野口氏が最初にアルバイトを採用したのは2013年、そして2014年には初めて正社員を採用している。
「従業員が5名を超えたあたりから、事務所の規模を大きくしなければ従業員の給与水準を上げられないということに気がつきました。自分の目の行き届く範囲に規模を留めておきたいという思いもあったので悩みましたが、やはり従業員のためと考えて規模を拡大することに決めました」

 そこから毎年2~3名を採用し、現在は21名となった。その中で会計士は野口氏の他3名、会計士とは別に税理士有資格者2名、その他に宅地建物取引士、ファイナンシャル・プランナーも在籍している。
 採用の際、野口氏は4つの価値基準を重視しているという。

「1つ目は『常考』。常に考えることです。会計事務所はこうあるべきと考え方が凝り固まった会計事務所経験者は多いのですが、そうではなくて常にクライアントがどういうことを求めているのか、社内においてもどういうことを上司から求められているのかを考え、柔軟に行動できる人を求めています。
 2つ目は『ラッキー貯金』。困っている人がいたら手を差し伸べて、自分の心に前向きな気持ちを貯金。これもできない人が世の中には結構多いと思います。スタッフ全員が当たり前にできれば社内の環境は自然とよくなっていくので、このことを意識できる方を求めています。
 3つ目は『ミス共』。ミスを恥ずかしがらず共有することですね。自分のミスは隠したがる人が多いですが、ミスが起きた原因や対策案を共有してミスの再発を防ぐ。ミスを憎んで人を憎まず。この価値観も大事にしています。
 そして最後に、『まずやる』人であること。Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグ氏の言葉に“Done is better than perfect.”という言葉があります。100点を目標にして何もやらないより、50点でいいからとりあえずやってみよう。ミスしたら改善すればいいという考え方です。会計士業界は完璧をめざして動かない人が多いように感じます。例えばクラウド会計もそうですが、最近はZoomやChatworkなどいろいろなツールが出てきています。そういった新しいツールもとりあえず一度使ってみて、ダメだったらやめる。やらないことには前に進めないよねという価値観を大事にしています。
 面接の際には、これらの価値基準を知っているか、そのどこに共感できたかをお聞きして、価値観の共有をしています。一方で資格の有無はあまり重視していません。税理士試験合格者だから必ず優秀というわけではないし、科目合格者でも優秀な方はいますので、資格の有無よりもまずはこれらの価値基準に共感できるかを重視して採用しています」

コロナ禍で増えた新規設立

「事務所の一番の特徴は?」と聞くと、「クラウド会計を使って、お客様のバックオフィスを効率化し、経営者が本業に注力できる時間を生み出していること」という答えが返ってきた。現在抱えている顧問先580社のうち、IT系企業が約8割と圧倒的に多いことや、野口氏の他にも会計士が在籍しているために学校法人や社会福祉法人の監査ができることも特筆すべき点である。

 2018年、野口氏は事務所名を野口五丈公認会計士事務所から、リライル会計事務所に変更した。「リライル」とは「RELY(信頼)」を語源にした4文字の造語だ。また事務所の名称変更と同時に、コンサルティング業務の受け皿を作りたいという思いから、リライル株式会社も設立した。

 進化型のリライル会計事務所は、クラウド会計導入によってリモートワークにもスムーズに対応してきた。2020年の初頭から続く新型コロナウイルスの影響は、どの程度あったのだろうか。
「4月は新型コロナウイルスの影響を心配していたのですが、振り返ってみると大きな影響を受けているクライアントは少なかったですね。やはりIT分野が圧倒的に多いからでしょう。クラウド系サービスを提供している企業は、逆に伸びています。当初は全世界的に不況になって、ベンチャー系も資金調達がすべて止まってしまうのではないかと危惧しましたが、止まったのは4~5月だけで、6月に入ってからは新規の資金調達もうまくいくようになりました。事務所の集客としても4月はほとんどストップしていましたが、6月以降は通常通りのペースに戻ったので、2020年も100件の新規顧問先の獲得ができました。
 集客部分に関しては、うちは新規設立が多いのが特徴で、当初はコロナ禍で起業する人なんていないだろうと思っていたのですが、『クラウド会計を使いたい。導入支援している会計事務所はどこ?』と問い合わせしてくる若い社長が大勢いました。7月あたりから新規創業の相談がどんどん増えてきて、コロナ禍でも起業する人がこれほどたくさんいるんだと意外な発見をしたくらいです」

 顧問先との打ち合わせや日常的なコミュニケーションをメールやチャットなどで行っているのに加え、現在はこれまで対面で行っていた決算報告会などもリモートに置き変えている。今ではリモート率は93%に上り、営業や広報活動で人と会う野口氏以外、スタッフはほとんど所外の人と会わないようになったという。このような状況の中、コロナ禍でリモートワークを実施したことによる課題があるとすれば、所内のコミュニケーションが難しい点だと野口氏は話す。
「もちろんチャットやZoomを使って補ってはいますが、経験の浅いスタッフのOJTはやりにくい部分もありますね。今までは隣にいる先輩に『すみません』とひと言声をかければよかったのが、今はチャットかZoomで『お願いしていいですか』と確認を取ってからになるので、どうしてもタイムラグが発生します。頼む側からすると時間を割いてもらわなければならないと遠慮してしまって頼みづらい。そこが今OJTで苦労している課題ですね。
 80%をリモートワークにしていた4~5月は環境に慣れていなかったせいか、お客様からのクレームが少しだけ増えてしまいましたが、6月に入って50%に減らしてからは通常に戻りました。現在のところ、この割合でうまく回っているので、しばらくはこのままでやっていこうと考えています」

 2021年には税理士法人化を視野に入れていて、その準備が進められている。さらには、クラウド会計の仕訳の自動登録のためのデータベースについても社内で構築中だという。
「例えば電力会社への支払いのように、どの企業にもあるような取引については、勘定科目を事前に登録しておきます。こうしたデータを集めて、新規のお客様がクラウド会計を導入すれば自動で仕訳が終わるデータベースを完成させるのが目標です。弊所のクラウド会計は今でも大分効率化されているのですが、それをさらに向上させることで、スタッフ1人当たりの売上をさらに上げていきたいと思っています。残業しなくても、給与がアップするしくみを作りたいですね。そうして優秀な人材が集まる事務所になれたら理想的だと考えています」

 現在21名中女性が11名と女性が多いのも事務所の特徴だ。これもクラウド会計導入の恩恵で、女性が働きやすい工夫が行き届いている。
「弊所では『時間と場所にとらわれない働き方をしよう』というスローガンを、新型コロナウイルス流行以前からずっと掲げてきました。それはクラウド会計に拠るところが大きいですね。特に子育て中の女性はありがたいと感じているようで、突然子どもが熱を出したとき、『早退します、休みます、家で仕事します』と言いやすい環境があります。有給休暇や看護休暇などは、制度としてはあっても、フレキシブルに、当たり前のものとして使うことができる組織は意外に少ないと思うのですが、弊所では『大変だね』と本当に心から周囲が気遣ってくれる。そんな働きやすい環境が整っているので、働く意欲のある非常に優秀な女性が応募してくれます」

 働きやすい環境を整えるのは所長である野口氏のミッション。会計士資格は、家族や従業員、クライアント、周囲のみんなを幸せにするためのツールだと野口氏は捉えている。だからこそ、資格取得をめざして勉強中の読者には「会計士となって選択肢が広がった」ことを伝えたいと話す。
「リストラを想定したとき、トーマツに残る、別の監査法人か税理士法人に転職する、独立開業する、この3つの選択肢がありました。このように広く選択肢が持てたのは資格があったからこそ。会計士になって本当によかったと思います。皆さんも諦めないで、資格取得をめざして最後までがんばってください」

 資格取得後の選択肢は、既存のルートだけではない。クラウド会計freee導入支援でクライアントをサポートする野口氏のように、新しい道を自ら開拓するイノベーターになることもできる。目の前にある世界を広げるために「資格」という、周囲を幸せにするためのツールを持ってほしいと、野口氏は願っている。


[『TACNEWS』日本の会計人|2021年2月号]

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