日本のプロフェッショナル 日本の行政書士|2018年10月号

Profile

岸部宏一(きしべ こういち)氏

行政書士法人横浜医療法務事務所 有限会社メディカルサービスサポーターズ
代表社員/代表取締役 特定行政書士

1965年、東京都出身。1988年、中央大学商学部商業・貿易学科卒業。同年、バイエル薬品株式会社に入社し、10年余りMRとして勤務。その後民間医療法人(人工透析・消化器内科)事務長として医療法人運営と新規事業所開設を担当。2000年、川原経営グループ/税理士法人川原経営にて医療経営指導部でコンサルタントの道に入る。2001年、行政書士登録。2004年、同僚と共に独立開業。横浜医療法務事務所を開設、2006年、メディカルサービスサポーターズ(MSS)を創設。 共著:(改)医療法人の設立・運営・承継・解散(2016.4.日本法令)、クリニック開業を思いたったら最初に読む本(2016.6日本法令)、小説で学ぶクリニック承継/ある院長のラストレター(2017.6中外医薬社)、医療法人設立認可申請ハンドブック(2017.9日本法令/) 連載:クリニック事件簿 、ある日院長が倒れたら(いずれも日経メディカルオンライン)

医療機関の許認可手続きへの行政書士関与は全体の約1割。
この分野を担う行政書士がもっと増えて欲しい。

 経営者の役割とはなんだろう。今後どう進むべきか。将来像が見えない中で、最も求められるのは「明確な経営のビジョン」とそれを実行する「強い意思」と言える。これは一般企業だけでなく、経営者がドクターである医療法人や病医院にとっても全く同じこと。しかし、医師はそもそも自然科学たる「医学」の専門家であって、経営にはあまり興味がないか、あっても社会科学の基礎的情報に欠けたまま断片的な情報に振り回されている場合もあり、結果、優秀な臨床医でありながらも経営は傾いてしまう、という事例も少なくない。そんな医療界で病医院の経営支援に取り組んでいる行政書士が、行政書士法人横浜医療法務事務所の代表社員の岸部宏一氏だ。医療経営コンサルタントであり特定行政書士。2つの視点から「医療を裏方として支える」岸部氏の医療法人・病医院への経営支援を追ってみた。

気がついたら文系なのにMR

 東京都で生まれ、小学校に入る前から父親の実家のある秋田市で育った岸部宏一氏は、高校までを秋田で過ごした。実家は、幕末の地図にも名前が残っている老舗の酒問屋。父はサラリーマンをやめて後を継いだが、約20年前に同業他社に事業譲渡し、今は地元の様々な企業の相談役を務める身である。育った環境は確実に岸部氏に影響を与える。
「父は私に後を継がせたかったのかもしれません。でも、もうそういう時代じゃないとも思っていたようです。その父も祖父も、家業を継ぐ前に一度東京でサラリーマンをやっていました。そんな父の後ろ姿を見て育ったので、サラリーマンは丁稚として経験するものと思っていたし、父もそうだし親戚もみんな社長なので、男は自分の会社を持つのが当たり前だと思っていたんです」
 ひょうひょうとジョークを飛ばしつつ明朗謙虚、かと思えば毒舌も飛び出す。親しみやすいキャラクターの岸部氏は、大学進学時に東京の家に戻り、中央大学商学部に学んだ。とはいえ学生時代は勉強せずに、ひたすら離島に行っては海に潜ってばかりいたという。大学4年になると、そろそろ将来について考えなくてはならない。当時は就職協定が厳格で大手企業とは事前に明らかな接触はできなかった。一方、協定とは関係のない外資系製薬メーカーは解禁前に面接を行っていた。
「バブル全盛時代、当時の就職状況なら商社や金融機関に行けたかもしれませんが、とりあえず面接の練習目的で受けてみた製薬会社からたくさん内定をもらえました。だんだん面接を受けるのが面倒になったので、そこでもう投げちゃったんです」
 内定をもらった数ある製薬会社の中で、「聞いたことがあって、ちょっとカッコ良さげ」だったのがバイエル薬品だ。 「今考えるといい加減ですよね。だってMRをやるつもりもなかったし、そもそも文系、それも酒屋の息子ですから本当に何も知らない。で、バイエルに入社して、気がついたらMRになっていたんです」
 こうしてMRになった岸部氏は、入社後3ヵ月間の研修で徹底的に医学、薬学、生理学等の知識をたたき込まれた。その後、横浜支店に正式配属となり、それが縁で以後30年間ずっと神奈川県に住んでいる。
 MRといえば、医療系ドラマにしばしば登場し、ドクターを接待したり、ひそかに札束を渡したりするイメージもある。
「あれは都市伝説です。大昔はいろいろあったと聞きますけど、いまどきMRがあんなことをすることはありません。実際、私は一度も接待と名のつくことはしていませんし、ゴルフはできない上、お酒は一滴も飲めませんし麻雀もやりません。だけどMRを10年やって、後半は年間2億円を売り上げました。別に接待なんかいらないんです。要は患者さんにメリットがある仕事をしていればいいんです」
「患者のためによければいい」。その思いはその後の人生に通底する哲学となっていく。
 MRは自分に向いていたと岸部氏は話す。
「楽しかったし勉強になりました。結局今もそのときの流れでやっているので、MRが私のスタートです。当時ご縁があった方やお世話になったドクターがいまだに私の顧問先になってくれています。間違えてバイエルに入ったことから始まって今があるんです(笑)」
 MRとなって6年目。仕事にも慣れて少し飽きてきた頃、昼休みに担当病院へ行くと、ドクターがある患者の前に岸部氏を連れていった。そして「こいつ、こいつが持ってきてくれたんだよ!」と告げた。
「聞けば、私の紹介した糖尿病の新薬でその患者さんは劇的に良くなったと言います。とても喜んで、感謝してくださって、両手で握手まで求められました。そこからですね。自分は患者さんに食べさせてもらっていると自覚したのは。だから自分は患者さんのために仕事をする。仕事に飽きてきた自分の目を覚まさせてくれた事件でした」

気合いと根性で何とかなる!

 MRとして10年9ヵ月バイエルに勤務した岸部氏は、そろそろ退職して何か始めることをおぼろげに考えていたある日、偶然同じ日に2つの医療機関の理事長から「事務長として来ないか」と誘いを受けた。
「もしかしたら俺はこっちなのかなぁ。昨日までMRだったのに、いきなり民間医療法人の事務長になって医療法人運営と新規事業所開設を任せられちゃったんです。MRと立場が真逆ですよね。それも考えないで受けちゃった。そうしたら、にわか事務長なのでわけがわからないことばかりで…」
 これではダメだと、医療専門の川原経営グループ/税理士法人川原経営に教えを請いに行ったところ、「コンサルタントに欠員があるから来ないか」と川原経営から誘いがかかった。それから事務長を続けながら川原経営で医療経営コンサルタントとしてスタートしたのである。
 加えてこの当時、行政書士試験にも合格している。なぜ行政書士なのか。あまりにも唐突なので理由を聞いてみた。 「MRの時、資格を取って独立しようかなと何となく考えていたのに、気がついたら事務長になっていた。最初に資格取得をめざしたのはMR時代で、なんとなく司法書士の勉強をしていたんです。その後、事務長をやっているときに、「行政書士」のポスターを見かけて『俺、こっちかな』という気がして。受験申込の締切が近かったのでとりあえず申し込んで、そこから勉強を始めたんです。よく考えると思いつきばかりのひどい生き方ですよね(笑)」
 それでも春先に見かけたポスターから始まって半年間の受験勉強。11月が行政書士の本試験だ。司法書士受験で法律に関してはひと通り勉強した後だったので「特に苦労は感じなかった」というが、とはいえ昼間はまがりなりにも事務長としての職務を果たし、勉強は夜と土日の休みという過密スケジュールの中、岸部氏は空いている時間の詰め込み勉強で一発合格を果たしたのである。
「合格は、詰め込みの力技の成果だったと思います。バイエル入社時の詰め込み研修の経験が活きていたのかもしれません。やればできるんだっていう成功体験がありました。気合いと根性で大概の事は何とかなる。実はこれまで、やろうと思ったことでできなかったことって、そんなにないんです。時間はかかるけれど、どこかで根性出してやればどうにかできちゃう。だから私のコンサルティングのスタイルは、精神論で全然ロジックがないと今でも後輩にバカにされるんです(笑)」
 それでもできるならノープロブレム。聞いているほうもなんとなくそれでいいような気がしてきた。

裏方系医療経営コンサルタントの誕生

 2000年から川原経営の医療経営指導部でコンサルタントの道を歩み出した岸部氏は、2001年に行政書士登録を果たした。川原経営は会計事務所だが、岸部氏は会計部門ではなく別動部隊である経営コンサルタント部門に所属していた。
 会計部門が毎月巡回監査を行う中で、顧問先である医院の代替わりや息子さんの開業、新規開業や病院経営の立て直しといった特別な案件が発生すると、岸部氏らがいる部門に要請が来る。するとコンサルタントが出向いてその課題を解決するプロジェクトを担うのである。岸部氏は3年間そこで医療系コンサルタントとして経験を積んだ。
 2003年、岸部氏は川原経営を退職して独立開業を果たし、横浜医療法務事務所の前身である行政書士岸部宏一事務所が誕生、翌年、同僚と共に有限会社メディカルサービスサポーターズ(MSS)を設立。当時の岸部氏は、何をめざして独立を考えたのだろう。
「もともとどこかで独立は考えていました。この事務所、士業の事務所に見えると思うんですけど、私の中では『医療機関の裏方』、病院の経営企画室的な場所なんです。
 日本の医療機関というのは現場力はあっても裏方が弱い。白衣を着たドクターや看護師さん、技師さんやセラピストさん達、現場の実力にはすごいものがあるんですが、事務方が弱いこと多いのがバイエル時代から何となく気になって、何とかならないかなあと思っていました。でも、その当時はちゃんと経営や法務について勉強したことがなかったので、もやもやしながら、仲の良いドクターに断片的なアドバイスをしているだけでした。それがしばらくして体系立てて学ぶうちに、そのやり方が見えてくるようになってからは、医療機関を裏から支えるのが自分の仕事だと思うようになりました」
 例えばある病院が最新のCT(コンピュータ断層診断装置)を入れると、張り合うように隣の病院はより高機能のCTを入れようとする。これではお互い食い合いになるだけで、儲かるのは機械メーカーだけだ。
「仲良く連携関係を築けば、CT撮影が必要だから隣に行ってね、と患者さんに言えるんです。するとかたやCTの稼働率が上がるし、こちらの病院はそのお金で違う設備を入れれば、相互補完関係になれていいじゃないですか。でも医療界はそういうのがないんです。地域の中でそれをうまくやったら誰も損をしないし、地域住民は最新の医療を受けられる。中途半端なCTが2台あるより、よほどためになるんです」
 そこで出番なのが裏方だ。MR時代から感じていたもやもやが、院内で裏方に回ってみるととてもたくさん見えてきた。「ここをやらなきゃ、あそこをやらなきゃと思う。今となっては使命感です」と話す。
 と言っても独立当初から順風満帆だったわけではない。同僚との共同経営はわずか2年で解散となった。
「責任を持って方針を決められるのは経営者一人。共同経営は私の判断ミス。今思うとあそこがどん底でした。
2年でリセットボタンを押して、改めて自分でやろうと思いました。
 でも自分の会社を1回潰したから、やっと真のコンサルティングがわかるようになった気がします。勤務時代は事務所のお金で勉強させてもらっているので情報はいっぱいあるのですが、今考えると頭でっかちで経営の本質をわかっていませんでした。経営者って孤独、あれって本当です。経営者の判断や決断、腹を決めるとか、それが前は外側でわかっていただけで、自分のこととしてわかっていなかった。今は『先生、腹決めなきゃダメだよ』と心の底から言えるようになったし、アドバイスの内容がより深まりましたから、良い経験をしましたね」
 リセットをして12年、仕事は順調に伸びている。

全国行脚で医療機関を支える

 現在、岸部氏は、医業経営コンサルタントとして、全国の病院・診療所の経営指導・経営支援を行うかたわら、医療法務分野の第一人者として法務許認可実務や医療経営について講演を多数行い、執筆も多い。
 岸部氏のコンサルティングは、まず経営者の明確なビジョンとそれを実行する強い意志を確認するところからスタートする。ビジョンを実現するためには病院全体を、①自院の将来像(ビジョン)を明確にした上で、②現状を正確に把握し、③ビジョンを実現するまでの課題と解決の手順(ステップ)を明確にする、④ビジョンを実現するためのメンバーとチームを育成する、⑤ビジョン実現に向けての実際の行動を起こす、という手順を踏んで動かさなければならない。
 現在、顧問として医療機関に入っている案件が約15本,並行してスポットのプロジェクトが常時10本ほど走っている。
 顧問の入り方として、「何かあったときにすぐ行きます」で普段はメールか電話相談のみという一番ライトな契約もある一方で、がっつり外部役員として現場に入り、事業計画を立てたり経営顧問的な動きをする、あるいは法務コンプライアンス顧問という形で入る契約もある。
 スポット案件には、ドクターが新規開業する開業案件が多い。
「まっさらな状態から入る場合は、ドクターに開業して何を実現したいのか、そもそもなぜ医師になったのか、最初はひたすら聞くことに徹します。実家の家業まで根掘り葉掘り聞いていると、ドクターをめざした理由が見えてくるので、それをひっぱりだして、それに向けて『では先生が考えている開業場所のイメージはありますか?』と聞く。何をやりたいのかが見えてきたら、『こんな感じですか』と徐々に見える化して、最終的には開業場所の選定から建物の工事の手配、医療機器、薬、電子カルテなど、ぜんぶ探してきて手配します。さらには求人募集を出し、内覧会をやって、オープンの告知広告を打って集客する。開業はそんな流れです。金融機関とも連携して、開業資金調達もやります。あ、一応行政書士ですから、ドクターがやろうとしてる医療に必要な許認可手続や行政機関との折衝は、どこよりも完璧ですよ(笑)」
 スポット案件では、親子間承継、第三者承継も多く、代替わりプロジェクトという支援で解決していく。代替わりに際して医院の建替えや医療法人化が絡むことが多く、またこれを機に他の医療法人に売却する、といったケースもある。
 代替わりの他に分院展開もプロジェクトベースで関わっていく。仲間や後輩を集めていわゆる「グループ診療」を行う際は医療法人化して、それぞれのドクターの役割分担と院長や理事長の仕事の振り分けをして、理事会に集まる形で一緒に進める形式が一般的。あるいは、個人開設のクリニックの集合体としてフランチャイズ的な形式でいくなら、本部で共同購入したものを各院に供給し、名称使用料や経営指導料といった形で本部費用を負担する、といった契約関係構築や契約書面作成も行う。
「地方の例ですが、近隣の50床前後の病院を3つ集めて単純に150床の病院にするのではなく、そこで100床に集約して効率化を図る、といった形をとることがあります。これは、私が地方で良く行う『選択と集中』、『ダウンサイジング』です。地方に行くと、200床の病院に眼科、皮膚科、耳鼻科と一人医長の診療科が10科もあるところがあるんです。昭和の時代は必要だったかもしれませんが、人口が減った今は200床もいらないし、歩いて行ける範囲に眼科クリニックが2つもできてたりするわけで、中規模の病院に一人医長の眼科や耳鼻科はいらないケースは少なくありません。そうやって私が行くと診療科が半分でいいことになる。こんな調子だから、私が地方の病院にコンサルティングに行くことを、社内では『やめちまえコンサル』と言われる(笑)。でも、こうした経営の効率化や地方の病院のスポット案件もニーズがあります」
 こうした中でお客様は全国に増え、今や岸部氏は日本中を飛び回っている。

ドクターを裏方で支える仕事

 岸部氏のコンサルタントとしての判断基準は「患者さんにメリットがあるかどうか」。これはMR時代からずっと変わっていない。
「この仕事のやりがいもそこです。患者さんが元気になって帰っていくのって嬉しいじゃないですか」
 では行政書士という観点からは、どのようなやりがいがあるだろう。
「医療機関というのはヒトの命にかかわる場所ですから、必然的に許認可のかたまりです。ですから行政書士を持っていると非常に便利なんです。役所や自治体にはいろいろな部署があって、医療の部署、福祉の部署はそれぞれ別にあって、保健所にも出先機関があったり、その保健所にも都道府県の保健所と市の保健所があったり、とにかく複雑です。それとは別に財源面でも医療の分野と福祉の分野とあって、健康保険の分野は直接国の厚生局がやっているし、その他薬務の部門があって、それぞれまったく別々に動いています。その中で、必要な許認可は全部取らなければならないし、指定も受けなければならない。しかもそれぞれの役所ごとの受付スケジュールが決まっているので、この日から診療を始めようと思ったら、それに合わせて逆算して、段取りよくすべての手続きを終わらせなければなりません。そこまで全部揃ってやっと診療ができるんですね。これをきちんとやっておかないと患者さんが来ても診療ができなかったり、診療はできても保険診療ができなかったり、使えない薬があったり…というようなことが平気で起きてしまうんです。このように医療機関は許認可が取れないと何もできないんですが、そこに横断的に横ぐしを入れられるのは私たち行政書士しかいないんです。そこは私たちがやらなければと強い使命感を持っています。
 加えてドクターはそもそもが自然科学者ですから、法制度面にはあまり興味がありません。建物ができて、器械器具が入って、薬と診療材料があれば診療できると思っている方も多いんです。たしかに自然科学的にはそうですよね。しかし社会科学的に言えば、それが医療機関として届け出ている医療機関でなかったら、ヒトに針を刺したら傷害罪になる。そう言うとびっくりして『だって自分は医者だよ』と言われますが、医者だって医師免許があれば何をやってもいいわけじゃありません。「医療」と「医学」とは違います。ドクターが専門的に学んできているのは医学なんですね。でも、医学の回りに社会科学の衣をかぶせてこそ、やっと医療なんです。もちろん真ん中のコアのところは自然科学ですけど、そのまわりに法律や経済、税務の社会科学があって、そこまでやって医療、そこで初めて診療という行為になります。その外側をつくり上げるのが私たちの仕事なんです。
 麻薬だって、麻薬の施用者免許は医師免許とはまた別にありますから、医師であっても勝手に処方はできません。麻酔薬には麻薬扱いではないものもありますが、その名前や作用、用法用量は判っても規制区分は知らないドクターは存在します。向精神薬、麻薬、毒薬、劇薬等々、医薬品だけでも規制区分がいっぱいあって、区分ごとに手続きや取扱いのルールが違います。種類によっては個別の許認可を取らないと使えない薬が出てきてしまうんですね。
 何をやりたいのか根掘り葉掘り聞くのは、そのためでもあります。許認可についても何が必要か、何をしなくてはいけないか判断するためです。ドクターのやろうと思っていることが実現できる環境を作るのが事務方、裏方の仕事。ドクターのできないところを裏側で支えるのが仕事だから、うちは裏方事務所なんです」
 ところが、この分野を専門とする行政書士はほとんどいないのが現状だ。
「とにかく行政書士の人手が足りない。医療機関の許認可手続きをやっている中で、行政書士がまともに関わっているのは全体の1割もありません。あとはすべて行政書士資格を持たない開業コンサルタントと称するブローカーか、あとは法律を知らないで『勘と経験』で支援してるコンサルティング営業の業者さん達です。あちらがマジョリティで、こちらがマイノリティなんです。だから、開業してからトラブルが起きてひどい状態になって、うちに駆け込んでくる。不都合が起きてからの後始末はいっぱいあります。本当に最悪です。悪徳ブローカーを撲滅して、無資格の素人に法律面での関与をさせない状況を作るのが私たちの仕事ですよ」と憤りを隠せない。
 医学の周囲を整えて医療にしていくのが仕事のはず。資格も持たず、専門知識もなく、医療機関を食い物にする悪徳業者をきちんと取り締まれればと、岸部氏は切に願っている。

行政書士業は掘り尽くせない「宝の山」

 行政書士の仕事はいろいろな分野にまたがっているので、それぞれに特徴を出して活躍している。しかし岸部氏のように医療系コンサルティングを全面的に展開する行政書士はほとんど見当たらない。そこが悩ましいところだ。
「医療で検索すると出てくる行政書士や会計事務所はたくさんありますが、レベルがまちまちすぎて良いところもあればそうでないところもある。
 だからこそ、もっとこの仕事に真面目に取り組んでくれる行政書士に増えて欲しいんです。私は「行政書士の学校」や行政書士会での研修等で講師を務めて一生懸命訴えているのですが、なかなか増えません。講義はよく聞いてくれるけれど、なぜか参入には二の足を踏むんです。医療と聞くだけで引いてしまって、食わず嫌いなのかもしれません。  だから、ぜひ新たに行政書士を取ろうとしている方に入ってきていただきたい。勉強して、医療現場の空気がわかって、患者さんを支えようと思ったら、やることはいくらでもあります。困っているクリニックは本当にたくさんある。真面目で働くことが好きな人が多いドクターの世界、最も危険なのは自分が困ってることにさえ気づいていない院長です。経営がぐちゃぐちゃな中で、ただ頑張ってしまう。経営を効率化して、先生はもっと他にやることがあるんだよ、と教えてあげたい」
 岸部氏の名刺には「ペンの力で医療を護る」とある。そこには「医療の裏側で支えるよ」というメッセージが込められている。
 現在5人の所員のうち行政書士2人、有資格者1人。中には、川原経営時代から一緒に仕事をしている20年の経験を持つ医業経営コンサルタントもいる。
「最高のメンバーがいてコンサルティングや許認可、総務経理をそれぞれ担ってくれるので、私は楽なんです。噺家か物書きをやってればいい(笑)」
 7~8人、それ以上の規模拡大は狙わない。めざす組織を岸部氏は次のように話す。
「同じ志を持つ仲間がそれぞれ自分のチームを持ち全国各地に根を張って、いざという時は部下を引き連れて集結してくれる。だから本家はそれほど大きい必要がない――そんなイメージです」
 コンサルティングと執筆と経営で、現在は半分がコンサルティングや許認可の現場、残りの半分が執筆や講演、後はアヤシゲな社長業だと岸部氏は話す。
「現場をあんまり離れちゃいけないなと思っています。勉強していないと追いつけないので、誰よりも勉強です。知らないとカッコ悪いですからね、そこは譲れません。最近はメンバーに教えてもらうばかりですけど…」と笑う。
「行政書士の仲間が集うと、みんな、宝の山が掘り尽くせないぐらいたくさんあると言います。手付かずの領域がまだいっぱいあるけれど、余裕がなくて手を出せないと言っています。行政書士という資格に限って言えば、資格を持ってできる仕事はやる気になればまだまだたくさんあります。
 あとは信念をもってやること。私はたまたま患者さんのためという信念に突き動かされて今があります。入管業務や産廃業務を人生そのものみたいに熱く語る同業者もいます。あなたにとっては、それが医療の分野かもしれないし、入管かもしれないし、他の何かかもしれない。
 人の役に立てて、遠慮なく請求書を持っていける。たまにですけど、自分の一生を左右するような素晴らしい人との出会いまでついてくる。こんないい仕事はないですよ。興味のある方は、ぜひ行政書士の世界をのぞいてみてください」
 クリニック開業で、なかなか書類が揃わず、オープンぎりぎりで滑り込みセーフだったことがあった。受付の裏からのぞいてみると、患者がわいわい集ってきていた。それを見て、「ああ、よかったー」と安堵する。「それこそが自分のやりがい、生き甲斐」。そう岸部氏は言い切る。
「ちいちゃくガッツポーズ。裏方はそんなもんでいい」
 医療経営の守護神は、最後まで謙虚に、笑いで周囲を包んでくれた。


[TACNEWS|日本の行政書士|2018年10月号]

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