特集 「働き方」大変革の時代に

羽鳥 智雄氏
Profile

羽鳥 智雄(はとり ともお)氏

社会保険労務士法人アシストワンはとり
マネージャー 特定社会保険労務士

早稲田大学商学部卒業後、大手クレジットカード会社に就職。会社経営に携わることを見据えて組織全体を知りたいと希望し、10年弱で新規営業から営業事務まで各部署を経験。起業志向だったが、次第に伯父(現在故人)が勧める社労士に興味を持つようになり、2010年、社会保険労務士法人アシストワンはとり入所、2013年、社会保険労務士試験合格。現在はマネージャーとして業務に邁進する一方、社会変化に合わせた事務所改革を推進中。趣味は剣道5段、ボウリング、ゴルフ、野球、囲碁、日本100名城スタンプラリー(82/100達成)。私生活では妻と2人の子どもがいる。

 働き方改革やハラスメントなど、人事労務問題が注目を集めるようになり、社会保険労務士の知識やスキルが求められる機会が多くなってきている昨今。
 現在、社会保険労務士法人でマネージャーとして様々な規模の会社をサポートする羽鳥智雄氏は、企業の主要な経営資源である「ヒト・モノ・カネ・情報」のうち、他の経営資源を扱う主体である「ヒト」に特化して仕事できる点が、社会保険労務士の魅力だと語る。
 早稲田大学卒業後、大手企業で10年弱勤めたのち、35歳にして社会保険労務士資格を取得した羽鳥氏に、資格取得をめざした経緯や現在の仕事のやりがい、そして社会保険労務士のこれからについてうかがった。

「会社経営に携わりたい」

──約10年の会社勤務時代を経て、社会保険労務士(以下、社労士)に転向しご活躍中の羽鳥さんですが、学生時代はどのようなキャリアプランをお持ちでしたか。

羽鳥 小学校高学年頃から、いつか会社経営をしたいと考えていました。もちろん当時は「将来の夢は社長!」というくらいの漠然とした希望でしたが、自分が理想と思えるような組織で、自分と縁がある人たちと楽しく仕事をしたいと思っていたのです。その後もずっと会社経営者になりたいという気持ちは持ち続けていたので、大学は商学部を選び、会計学や簿記、経営学、マーケティングなど、経営に必要なことを学びつつ、具体的にどのような事業をやろうか模索していました。

──開業社労士の伯父様に、大学在学中から社労士の仕事の話を聞かされていたとうかがいました。

羽鳥 そのとおりです。でも当時の自分は、まだ会社勤めをしたことがなく、そもそも会社の人事部が組織内において具体的にどのような役割を果たすのかが想像できなくて、社労士には興味が持てませんでした。ですから普通に就職活動をして、大学卒業後は大手クレジットカード会社に就職しました。
 入社時の面談では、「将来的に会社経営に携わりたいため、なるべく組織全体の動きが見たい」という希望を伝えました。同じ部署に何年も在籍してひとつの業務だけをひたすら極めていくという働き方ではなく、組織全体を見て俯瞰的な観点を身につけたいと思ったのです。ですから配属に関しては、できれば2~3年で異動して、各部署の業務を経験させていただければありがたいと言いました。

──意識の高い新人ですね。

羽鳥 最初の勢いだけはよかったかもしれませんね(笑)。その会社では、入社前の内定期間中に、クレジットカード契約をお客様に提案する営業研修を兼ねた取り組みがあって、私は同期100人中1位、それも2位にダブルスコアの差をつけてのトップでした。人事部の方によると、その当時から過去10年を通じて最高の件数だったらしく、社長賞候補だったのですが、肝心の大学卒業に必要な単位を2つ落としてしまい、半年間留年することになってしまったので、内定を延ばしてもらい10月入社になりました。
 そんな失敗はありましたが、会社は私の希望をほぼ叶えてくれて、10年弱で新規営業、既存営業、コールセンター、営業事務と部署を異動し、大阪への転勤もありましたから、いい経験をさせていただいたと感謝しています。中でも大阪への転勤は、自分の社会人としての基礎になったと思っています。大阪での上司は大変厳しく、実の父親から叱られているかのような教育的指導を受けましたが、言っている内容は至極もっともでしたし、叱ったあとには食事や飲みに誘ってくれる優しい方でした。「こいつを育ててやろう」という気持ちが、その上司にはあったと思います。今、部下を持つ立場になって、当時の自分が上司に対して思っていたこともわかるし、上司の立場で「こういうことを考えていたのかな」と思い浮かべることもあります。あのときの経験があって、今の自分がいます。

「ヒト」を扱う社労士になる

──順調な会社員人生から、なぜ社労士をめざそうと思ったのですか。

羽鳥 社会経験を積むうち、次第に社労士という職業に興味を持つようになったのが理由のひとつです。20代半ばまでの私は、自分が給料をいくらもらっているかも気にせず、がむしゃらに働いていました。でも20代後半になると「自分の人生はこのままでいいのか」と考えるようになり、改めて自分の給与明細を見直してみたのです。すると、色々な名目で給与からかなりの金額が天引きされている。「これは一体何だろう?」と思いましたね。気になることは徹底的に情報収集するタイプなので、そこから保険料控除についていろいろ調べました。厚生年金、雇用保険、健康保険…、「ああ、こういうしくみなのか」と認識していき、そうやって調べている中で社労士という存在を知ることになったのです。
 また同じ頃、会社の衛生委員会(基本的に従業員が50人以上の会社には法律で設置が義務付けられている、労働者の健康障害の防止や健康の保持増進に関する取り組みなどについて、労使一体となって調査審議を行う場のこと)のメンバーになったこともきっかけになりました。ここでの活動内容がとてもおもしろかったのです。職場環境を変えることで組織がよくなり、人々が笑顔になるというのがいいなと思いましたね。

──社内での様々な経験を通じて、なじみのなかった社労士という資格に興味を持ち始めたのですね。

羽鳥 そうですね。私は商学部出身でしたから、税理士や公認会計士については知っており、会計関連の資格を意識したこともあります。でも、会計は会社経営に必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」の中の「カネ」について扱いますが、その「カネ」を扱うのは結局「ヒト」です。「ヒト」が機能しないと、組織は死に体になってしまう。そして実際、それを身を持って経験する出来事がありました。勤めていたクレジットカード会社が合併したのです。それも3社合併で、社員1,200人位の会社だったのが5,000人を超える会社になり、合併から半年後には、その3割強がリストラされたのです。優秀な同期や先輩が次々に転職していきましたが、私は「合併」というものを経験したいと考えて会社に残ることにしました。でもそのとき、50歳以上の社員は、ほぼリストラになりましたね。高給取りでパフォーマンスが芳しくない人にご退場いただき、若くてまだこれから長く働ける社員の雇用を優先する。経営とは、時に厳しい決断をすることも必要なのだと思いました。当時私は28~29歳でしたが、その私が営業部隊の中で2番目の年長者になるほどの人員削減です。決して自分が能力の低い営業マンだったとは思いませんが、このときはあまりにも案件が多くてパンクしましたね。会社の合併というのは、人生の中でもそうそう経験できるものではない特殊な状況だと思いますが、人員の配置や仕事配分のサジ加減で、組織の方向性や中にいる社員の健康状態にも影響があるのだと実感しました。

──勤めていた会社の合併を機に、人事・労務管理の重要性を痛感したとういことでしょうか。

羽鳥 そうです。その後30歳で、部下が34人くらいの営業事務部門のチームリーダーに抜擢されました。それまでは「仕事があるから、お客様のために残業しているのだ」「三六協定(1日8時間・週40時間という法定労働時間を越えて労働する場合についての労使間での取り決め)に自分の営業活動を縛られたくない」と思っていた私が、三六協定は会社として守らなくてはいけないものだと理解し、部下に早く帰るよう促す立場になりました。管理監督者というのは、自分が手を動かすのではなく、物事がスムーズに動くように全体の進捗を管理するのが仕事なのだと頭が切り替わりましたね。管理職として、仕事の割り振りや全体の進捗管理をしたことは、非常に勉強になりました。こうして社会経験を積むうちに、「ヒト」をメインテーマとして扱う社労士の仕事への興味がどんどん大きくなっていきました。

──そして最終的に社労士をめざすことになったのですね。

羽鳥 はい。勤めていたクレジットカード会社は銀行の子会社で、入社してからわかったことですが社長や役員はほぼ銀行の出身者なのです。会社経営を目標としてきた私は「鶏口となるも牛後となるなかれ」という気持ちがあったので、勤めながらもいつか起業するときのためのビジネスプランをあれこれ練っていました。一方で、社労士になることをすすめる伯父の存在も次第に大きくなっていたので、一度きちんと伯父と向き合って、自分の今後のキャリアについてしっかり話してみようと考えました。そのとき私は30歳を過ぎた頃。当時考えていたビジネスの事業計画書を持って伯父のもとへ行きましたが、計画の甘さや、30代になってからの起業という年齢的な問題も指摘され、伯父の強力なプッシュにもあい、最終的には社労士になるという選択をしたのです。そうして伯父の事務所に入ったのが32歳の頃です。友人は結婚したり子どもができたりしているときに、自分は会社をやめて一から社労士受験。実務をこなしながら資格試験の勉強をして、2013年に合格しました。でも、伯父は私の合格前に亡くなってしまいましたね。私が事務所に入って5ヵ月位のときに体調を崩して入院したのです。最後は「この場所が自分の人生の場所だ」と言って、事務所にベッドを持ってきて寝泊まりしていました。存命中の伯父に合格の報告ができなかったのは残念でしたが、合格後に伯父の遺影に向かって合格の報告をしたら、かすかに笑ってくれた気がしました。

勉強時間を作るために何を削るか

──受験勉強中はどのようなことに苦労しましたか。

羽鳥 勉強時間の確保が一番ですね。大学受験は試験勉強だけに集中することができますが、社会人になってからの受験勉強では、仕事と勉強の両立が必須になります。それに、高校受験や大学受験の倍率と比べると、国家資格試験の合格率はかなり厳しい。その上私の場合は転職して「仕事は一から覚え直し」という状況での試験勉強でしたから、条件は優しくはなかったですね。その状況で、自分が試験に失敗するとしたら、何がその要因になるだろうかと考えたところ、おそらく一番は「合格に必要な勉強時間の確保ができない」ということだと予想しました。つまり問題は、1日24時間の中から何を削って勉強時間を確保するかという点です。当時、私は埼玉の実家から都内の事務所へ電車で通っていたので、「通勤時間の往復2時間」、これを削るべきだと考えました。すぐに不動産屋をまわり、事務所から10分圏内に引っ越しましたね。
 前職時に蓄えた貯金は相当使ってしまいましたが、引っ越したおかげで通勤時間分の年間約400時間を確保し、結果、比較的短期間で合格できたと考えています。その頃は、朝7時位に家を出て仕事前に近くの喫茶店で1時間勉強。18時で仕事が終えられた日はその後20時位まで勉強。食事をして21時から喫茶店が閉まる23時位まで勉強。それ以外にも、昼休みの食事は15~20分で済ませて残り時間は勉強と、平日でも1日5時間程度は勉強していました。受験中は、「受験仲間」という新しい仲間はあえて作らずに、高校や大学の同期の友達と会話をしたり、24時間通えるジムで勉強後の深夜にトレーニングしたりしてストレス発散をしていました。せっせとジム通いをしたおかげで、受験中は胸囲103cmの筋肉ムキムキ体型でしたよ(笑)。でも体力があったおかげで、体調不良や体力切れを起こすことなく受験を乗り切れたのかなと思います。そういう意味で、「文武両道」は大事だと考えています。TACでは宮島哲浩先生に教わりました。社労士試験は、法改正によって条文内に出てくる数字が頻繁に変わるので、覚えるのが結構大変なのですが、宮島先生は法改正の度に語呂合わせの覚え方を考えてくれたりして、「ああ、先生も必死で考えてやってくれているのだ」と感じましたね。

社労士に求められるスキル

──現在の仕事内容ややりがいを教えてください。

羽鳥 現在、社会保険労務士法人アシストワンはとりでは、従業員2、3人から数万人規模の会社の手続きや相談業務を行っていて、私も大小様々な規模の会社を担当しています。どの会社の人事担当者の方も、仕事に関する勉強はされていると思いますが、とりわけ上場企業の人事担当者の方は、専門家である我々に負けず劣らず勉強なさっていますね。そのため、人事担当者の方から来る質問や問い合わせの内容は非常にレベルが高く、私たちも日々勉強・研究させていただいています。まさに「お客様に育てていただいている」状況ですね。
 一般的に、社労士事務所ではクライアントのことを「顧問先」と呼びますが、では我々「顧問」はどのような存在であるべきなのかと、生前の伯父に聞かされたことがあります。伯父いわく、「顧問」とは、経営者に経営哲学の重要性を説き、その会社に合った経営哲学を確立させる存在だと。顧問先の社員ではない「顧問」は、顧問先に常駐しているわけではありません。でも、どのような思いで、どのような方法で会社を経営していくのかという経営哲学が確立されていれれば、もし自分がいないときに困難やトラブルが生じたとしても、経営者が自分自身で物事を判断できるようになる。そうなるように、経営者を導いていくのが顧問の役目なのだと、常々言っていましたね。
 伯父の領域に達するにはまだあと10年以上かかりそうですが、「顧問」とはお客様にとってどのような存在であるべきかと、私なりに自問自答をしてみたところ、「専門である人事労務の分野でどんな質問が来ても、すぐに答えられる人」というイメージを持ちました。ですからそれを実現するために、日々「自分が知らないことはないだろうか」「自分が知らないことはまだあるはずだ」と考え続けて、情報収集や知識の習得に努めています。人事労務の世界は本当に奥が深く、社会の変化に連動して法律もどんどん変化し続けています。ですから私は勉強のために、東京都社会保険労務士会の「産業カウンセリング研究会」「しつもん経営研究会」「国際労務研究会」という3つの自主研究グループに所属して、専門分野ごとの業務知識の習得のために自主的に研究を行っています。受験勉強をしていた頃は、社労士試験の合格がゴールだと思っていましたが、合格はただのスタートに過ぎなかったですね。大変ではありますが、そうした知識をもってお客様の役に立てることは本当にやりがいを感じます。顧問先の担当者の方とは、普段は電話やメールでのやりとりが多いのですが、年始のあいさつなどで直接お会いするときに「いつも助かっています」などと労いの言葉をいただけると本当にうれしいですね。

──異業種からの転向というのは、社労士として働くにあたっていかがだったのでしょうか。

羽鳥 社労士は、人事や労務など、会社の「働く環境」に深くかかわる仕事です。業種横断的に共通する部分があるので、社会人経験は必ず役立つと考えています。また、例えば私は前職で営業事務を経験しましたが、営業事務というのは書類を作成する仕事ですよね。業種・業態・会社によって書類の内容は異なっても、「書類作成」という業務がどのようなものであるか、どのようにすれば効率的にできるのかという点では、社労士業務にも通じるものがあります。そして当事務所は顧問先が数百社あり、事務所内の担当もそれに応じて分かれています。私が書類作成を部下や同僚に割り振る際には、「その人が現在どれくらいの案件を抱えているか」「自分の案件をお願いした場合、その人の残業はどれくらい発生しそうか」ということを意識して、お願いする人を選んでいます。その意味では管理職の経験も生きていると感じます。

これからの社労士事務所とは

──昨今、働き方改革やハラスメントなど、人事労務問題が注目されることが多くなっていますが、事務所の業務にも何か変化などはありますか。

羽鳥 いよいよ社労士の時代がやってきたなと感じます。確かに、各手続きの電子申請義務化や人事労務ソフトの普及、AIの登場などによって、社労士も他の士業と同様、独占業務の優位性がなくなっていくだろうと言われていますし、実際、当事務所の売上で考えれば、現在7~8割をこうした書類作成等の手続き業務が占めているので、その部分は今後減少していくと予測しています。ですが、「ヒト」の問題は、数字やデータだけで表すことが非常に難しい。給与・会計という分野は数字をメインに扱いますからAIの得意分野だとしても、退職者の問題や労務上のトラブルなど、企業の「ヒト」に関する問題は本当に幅広く多種多様です。会社によって構成メンバーも違えば、就業規則も違う。社長の考えや会社のモットーも違うので、会社の数だけ性格の異なる労務問題があるのです。いずれはAIが高度になって、そうした問題にも対応できるようになっていくのかもしれませんが、そう簡単に機械が「ヒト」の問題を解決まで持っていけるようにはならないと思います。

──「ヒト」を扱う社労士の仕事は、簡単にはなくならないということですね。

羽鳥 社会は刻々と変化するし、それに連動して法律も変わります。例えば2020年は新型コロナウイルスの影響によりテレワークが広まったことで、仕事の「成果」が注目されるようになりました。実際、人事評価制度を成果主義に切り替えたいという企業からの問い合わせも増えていますので、社内制度も時代と共に変わるものだと思います。そして人事労務のトラブルというのは、姿形を変えてずっと起こり続けると思います。各種ハラスメントやメンタルヘルスなどで困ったときに、相談しアドバイスをもらえる相手が社労士なのです。
 そういった時流を踏まえて、今後、当事務所では、コンサルティング業務やセミナー業務の売上比率を徐々に上げていきたいと考えています。中長期的には、手続き業務と手続き業務以外の比率を5:5になるようにしていきたいですね。人事労務問題について高次のアドバイスができる社労士事務所へのニーズは必ずあると思います。

──今後はコンサルティングなどの分野に力を入れていかれるのですね。

羽鳥 我々社労士の顧問報酬は顧問先の会社から出ています。ですから基本は会社側の立場に立って、会社にアドバイスをしていますが、今後は「産業カウンセラー」などの資格を取得して、従業員の側からの不安や不満を直接聞く機会を設け、会社と従業員の架け橋となることで、労務問題の未然防止を図っていきたいと考えています。もし仮に裁判沙汰に発展した場合は「双方代理」の原則からその裁判には関われないことになりますが、そもそも「労使の裁判が起こらないようにする」ということに注力していきたいのです。
 また大きな目標としては、お客様の満足度をさらに上げていきたいですね。それには法改正セミナー等の「顧問先企業へのサービスの充実化」と同時に「当事務所の従業員の満足度」も上げる必要があると考えています。やりがいや幸せを感じながら仕事をしている人は、気力に満ちサービス精神にあふれて、お客様からの評価もいいケースが多い。そういう従業員を持つことで、結果的に顧問先企業の満足度も上がると考えています。

──社労士事務所の顧問先である会社側だけでなく、実際に手を動かして働く従業員の立場にも寄り添うことで、根本から満足度を上げていくのですね。

羽鳥 はい。そして実は今、会社や従業員の他にも、サービスを提供したいと考えている対象があります。
 ヒトの生き方や働き方は、時代によって変わります。それによって労務トラブルが変われば、連動して法律も変わります。2020年6月1日の法改正でパワーハラスメントの相談窓口を設けましょうという流れになってきました。当事務所も、ある企業の人事労務分野における従業員の外部相談窓口を担当していて、「会社の上司や同僚によるパワハラ」「職場いじめ」「上司の命令内容が法律違反行為かどうかの確認」といった相談に応じています。うつになってしまった人に対してどう対応したらいいかというお問い合わせも、ここ数ヵ月で本当に件数が増えました。
 ただ、このようなアドバイスやコンサルティングは会社や従業員、つまり「すでに社会人になった方」が対象です。でも今後は、「社会人になる前の方」を対象としたアドバイスやセミナーも必要となるのではないかと思っています。つまり大学生や高校生に向けた労務教育です。給与明細書の見方から始まり、給与から約20%も保険料として控除される雇用保険、健康保険、厚生年金の概要。そして各種ハラスメントやメンタルヘルスの状況、労災の事例、転勤の実態、社会保障、労務トラブルで困ったときに「誰に」「どこに」相談すればいいかなどです。こうした情報については、これまでは就職活動をする際などに知る学生の方が多かったと思いますが、もっと前の段階で事前情報として知っておけば、社会人として独り立ちをするときにも役に立つだろうと考えたのです。

──学生を対象にした労務教育というのは新しい発想ですね。

羽鳥 もちろん、これらを勉強していただいたからといって、会社と労働者の入社初期段階でのミスマッチや入社後の労務トラブルをゼロにすることは難しいと思います。でも、「誰に」「どこに」相談すればいいかを知っていれば、社会人になったあと、仕事で思い詰めて精神的な病が発症する前に解決方法を見つけられるかもしれません。そうした手助けになればいいし、世の中のニーズとして取り組むべきだと思っています。
 現在、アシストワンはとりのスタッフは25名で、そのうち有資格者が7名です。今後、こうしたコンサルティングやセミナー業務を拡充していくためにも、スタッフや有資格者を増やしていきたいと思います。事務所内でも、退職金制度や就業不能保険、社労士受験生に対する家賃補助、月1回のイベントの開催など、福利厚生の充実を図り、結果的に、事務所の規模が今の倍の従業員50名規模になればいいかなと考えています。

人生は「回転寿司」のようなもの

──最後に、現在キャリアを模索している方や、これから資格取得をめざそうという方へのメッセージをお願いします。

羽鳥 いわゆる「学歴」が比較的効果を発揮するのは、新卒時の就職活動の時がピークだと思います。一度でも転職活動をすれば、「どこの大学を卒業したか」よりも「今までどのような仕事をしてきたか」という、己のスキルやノウハウのみが頼りだということがよくわかると思います。そういう意味では、能力や実力を客観的に示せるものとして、またそれまでの努力の結晶として、「資格」は強い武器になるはずです。
 受験に関しては、どれほど模擬試験でいい点数を取り「合格安全圏」という判定が出ていても、それは試験当日とは別の話です。「なぜかその年だけ合格基準点が高い」「あと1点が足りなくて不合格」などという負の結果に心が折れて、社労士になることを諦めた人を何人も見てきました。でも今まで私が見聞きしてきた合格者も、社労士試験に一発合格したという人は少なく、2~3回目以降で合格という人が大半です。ですから一旦決めた「合格」という目標は、少なくとも3年間は持ち続けてがんばってほしいと思います。プライベートな時間の大部分を勉強に費やし、仲間からの楽しい誘いを断るのは忍耐力がいることだと思いますが、合格後の明るい人生を想像して、ぜひとも受験生活を乗り切ってほしいと思います。
 そして、私は「人生は回転寿司」のようなものだと考えています。「人生」という1本の回転レーンの中で、アジ、イワシ、エビといった並のネタのような「人生で通常頻度で発生するイベント」に紛れて、時々中トロやウニといった高級ネタ、つまり「人生の中でもめったに発生しない前向きなイベント」も回っています。高級ネタは、数は少ないかもしれませんが、いつか自分の目の前に確実にやってきます。でも、誰もがその高級ネタを取れるわけではない。何の心づもりも準備もしていなければ、チャンスと気づかずにスルーしてしまったり、自分のものにすることを躊躇してしまったりする可能性もあるのです。努力や準備をしている人だけが、正しくタイミングを見極めて行動を起こし、うまくチャンスを形にしていくことができるのだと思います。その瞬間がやってくるまで、ぜひ諦めずにがんばってください。

[『TACNEWS』 2021年1月号|特集]