特集 元金融マンが「男女問題専門家」の道を選んだ理由
~離婚問題に特化した行政書士~

露木 幸彦氏
Profile

露木 幸彦 (つゆき ゆきひこ)氏

露木行政書士事務所
行政書士・AFP 男女問題専門家

露木 幸彦 (つゆき ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ、神奈川県大磯町出身。2003年3月、国学院大学法学部法律学科卒業。同年4月、地元金融機関入社。2005年1月、行政書士試験合格。同年3月、AFP認定。同年4月、露木行政書士事務所開業。男女問題専門家、離婚サポーターとして著書11冊。メディア出演、Web連載多数。

 「私たちの暮らし」をいろいろな切り口で見ていくと、思いのほか生活に身近なところで行政書士が活躍していることがわかる。男女問題に注目し、専門家として活躍している行政書士・AFPの露木幸彦氏もそのひとりだ。近年では、男女問題専門家・離婚サポーターとしてメディアに数多く登場し、刺さる表現で注目を集めている。そんな露木氏の金融機関勤務からのキャリアチェンジ、離婚に特化した経緯とその後の展開について探ってみたい。

金融マン時代に住宅ローン契約1億円を達成

──現在「男女問題専門家」として活躍中の露木先生が行政書士をめざしたきっかけを教えてください。

露木 行政書士をめざそうと思ったのは、子どもの頃から正義感が強かったからです。法律を知っていれば悪い人をやっつけ、困った人の役に立つことができる。そんな正義への憧れから、法律家をめざして法学部に進学しました。大学2年から行政書士試験にチャレンジを始め、6回目に合格しています。

──神奈川県大磯町で開業した理由を教えてください。

露木 私はここ大磯町で生まれ育ち、現在も居住しています。実家は祖父の代まで専業農家でしたが、それ以降は地主としてアパートなどの賃貸経営をしてきました。土地と建物がありますので、自分で何か有効活用できたらと子どもの頃から思っていました。それが大磯町で事務所を開いたきっかけで、今も実家の敷地内にある建物のひとつを自宅兼事務所にしています。

──開業前はどのようなお仕事をされていたのですか。

露木 地元の金融機関に勤務していました。私が就職活動をしていた頃は就職氷河期といわれた時代で、140社にエントリーしましたが、内定をもらえたのはたった2社でした。私は大手企業の分業制に価値観の相違を感じていましたので、この中から幅広い会社を見ることができる地元の金融機関を選びました。

──金融機関ではどのような業務を担当されたのでしょうか。

露木 1年目は研修を兼ねて渉外担当としてお客様と話をする日々でした。基本的には普通預金のご案内から始まって、積立預金などの契約をいただき、継続的に営業して、その中でニーズをつかむやり方が一般的です。2年目からは融資係として普通預金や積立預金だけでなく、住宅ローンなど融資商品を扱うようになりました。私も初めのうちは先輩に教えてもらったように普通預金から話を始めたのですが、なかなかうまく融資商品にまでは結びつきませんでしたね。しばらく続けているうちに、このやり方では結果が出るのに時間がかかることがわかってきました。

──どのような工夫をされたのですか。

露木 いにも当時は住宅ローン借り換えの需要がありました。すでに低金利時代で10年固定金利は1%になっていましたが、まだ10年固定金利4%という高い金利で借りている方がいました。4%から1%に借り換えれば、返済総額が300万〜500万円も少なくなります。
 また、当時は個人情報保護法の施行前でしたので、法務局で登記簿の閲覧が可能でした。融資に関連して法務局に書類をもらいに行ったときに、そのことを知り、登記簿を閲覧してみたのです。住宅ローンを利用していると、不動産に抵当権が設定されていますので、どこの家がいついくら借りているのか、借りた年を見れば当時の金利もわかります。このことに気づいてから、担当地域の不動産登記を閲覧して、固定金利4%と思われる家を訪ねて「金利が1%になりますので、試算してみませんか」と提案して回りました。
 住宅ローンは自動車や教育のローンと違って1件で何千万円という融資額になります。1件の契約で月間の目標が達成できるほどで、1ヵ月に3件の契約が取れたときには表彰もされました。入社2年目には3ヵ月で住宅ローン契約5件、融資額1億円を達成していて、自分の担当地域の戸建ての住宅ローンは、ほとんど私が借り換え契約を行っているような状態でした。早く合格して行政書士として独立したいと考えているのに、いつの間にか「期待の若手社員」となってしまったのです。

──金融機関の若手エースとして活躍しながらも、行政書士受験を続けていたのですね。

露木 そうです。5回も試験に落ちていますが、4回目と5回目は1〜2点足りない不合格だったので、うまくタイミングさえ合えば合格できると信じていました。受験勉強に時間を割くというより、知識の確認と法改正部分だけを勉強していました。

行政書士とAFPのダブルライセンスで独立開業

──独立のタイミングはどのように決めたのですか。

露木 行政書士試験に合格したらすぐにでも独立したいと思っていました。会社組織という後ろ盾のない中で、1人でがんばってみてどれだけ結果が出せるのかを試してみたかったのです。
 また、住宅ローンで飛び抜けた成績を収めてしまったので、会社からの過度な期待があり、住宅ローン借り換えのしくみを、全支店を回って教えるという、新たな役目を任されそうにもなりました。それは本意ではなかったこともあり、このとき退職することを決めました。

──行政書士試験に合格後、同年3月にAFPに認定を受け、翌月に独立開業されています。ダブルライセンスのシナジー効果を狙ったのですか。

露木 AFPは、仮に行政書士試験に合格できなくとも、FPとして独立できるように、セーフティネットとして取得をめざしていましたが、無事に行政書士にも合格しましたので、AFPとのダブルライセンスになりました。
 シナジー効果は狙ったわけではありませんでしたが、結果としてライフプランニングや養育費の見積りなどにFPの知識は大いに役立ちました。例えば養育費に関する相談。お客様が決めてきた離婚条件では、養育費の支払い最終回を子どもの20歳の誕生日に設定していることがあります。子どもが成人するまでということで決めているのだと思いますが、多くの子どもが高校卒業後、4年制大学へ進学している今、20歳の誕生日ではなく、就職直前の22歳で大学を卒業する年の3月まで支払ってもらうように設定するのが適当でしょう。それに子どもが小学校やそれ以前の段階で養育費を決めても、高校を卒業したあとすぐに就職するのか、それとも専門学校や大学に進学するのかはわかりません。ですので、私の事務所では、それぞれのパターンごとに教育費を算出して、学資保険で補填するのか、貯蓄していくのかなど複数のケースを想定したプランを作成します。それをもとに打ち合わせをし、合意できた内容を公正証書にします。こうしたところにもFPの知識を活かせていますね。

──お客様の持ってきた条件をそのまま公正証書にするわけではないのですね。

露木 そうですね。まずは子どもが自立するまでのプランを立てますが、もうひとつ、ご自身の老後についても考えなければなりません。女性の場合、子どもが独立するまでは「母親」ですが、その後はひとりの「女性」として生きていくことになります。その際に元旦那様の退職金や年金分割を考慮して、65歳でこれくらい貯蓄ができて、離婚後は仮にパート収入でも「やっていける」と見通しが立つところまで試算します。そこまで長期目線で考えているお客様は少ないので、このような先を見通した提案はかなり喜ばれます。

開業から2ヵ月後に離婚問題に特化

──独立開業当初のエピソードを教えてください。

露木 行政書士試験の合格発表が2005年1月で、翌月には事務所のWebサイトを作りました。オープン予定の告知とともに、離婚を考えている方向けに無料の資料請求を募ったところ、早速かなりの件数の資料請求があり、「早く公正証書を作って離婚したい」という相談が5〜6名の方からありました。行政書士登録がまだでしたし、勤務中は兼業問題もありますので、退職と登録まで待っていただきました。
 退社後はすぐに行政書士登録をして、本格的に行政書士事務所を始めました。そしてお待ちいただいていた案件に取りかかり、見よう見まねで公正証書を作って公証役場とやり取りをしました。

──なぜ、離婚問題という分野を専門にしようと考えたのですか。

露木 実は開業当初は離婚ではなく、住宅ローンの難しい案件を扱う「住宅ローンアドバイザー」として名刺を作成し、住宅ローン問題を前面に打ち出していました。  ところが寄せられる相談内容をみると、住宅ローンを組んでいる夫婦の離婚に至る相談が圧倒的に多かったのです。世の中には離婚に関する悩みを抱えている方がたくさんいるのだとわかりました。

──寄せられた相談内容が離婚に関係したものばかりだったのですね。

露木 そうですね。そして本格的に離婚相談を専門にしていこうと思い至ったのは、金融機関時代の最後のお客様のことを思い出したからです。ご夫婦で住宅ローンを組んでいながらも、離婚することになり、離婚後、奥様は実家に戻り、旦那様がその家に住むことになりました。住宅ローンを契約する際は、ご夫婦で連帯債務者になりますが、奥様から連帯債務者から外れたいという相談を受けたのです。金融機関としては連帯債務者がいなければ困るので、基本的には受け入れられない相談です。しかし、離婚して実家がある遠い土地に行ってしまう奥様を、いつまでも連帯債務者として残しておくのも釈然としないですし、収入的にも旦那様ひとりで返済できるので、審査部にかけあって、最終的に奥様を連帯債務者から外すことができました。奥様の気持ちに寄り添うことで、希望を叶えることができた印象的な事例でしたね。

──金融機関時代のお客様からの相談がきっかけだったのですね。

露木 そうですね。離婚問題となると、住宅ローンの問題だけでなく、子どもの養育費や学資保険、生命保険の受取人などに関する相談も寄せられます。このような相談への対応を通して経験や知識を積み上げていきました。こうして開業して2ヵ月で離婚相談専門に切り替え、離婚に特化した展開をスタートしたのです。

──離婚に関して、依頼者の代理人として相手側と交渉することなどは弁護士法に抵触してしまいますが、どのように対応しているのでしょうか。

露木 今は情報化社会なので、弁護士法についてもお客様が認知していて、行政書士が交渉することはできないと理解した上で相談に来る方がほとんどです。弁護士を紹介してほしいという話もよくありますね。紹介で報酬をもらうと別の弁護士法に抵触してしまうので、善意で紹介しているのですが、一定数の弁護士の人脈が必要になってくるので、懇親会などに参加してネットワークを広げる努力をしています。

──行政書士の定番の仕事ともいえる許認可業務などは行っていますか。

露木 基本は離婚問題を中心に対応していますが、その他のご相談についても、電話がかかってきて30分ほど話を聞くと何とかしてあげたいという気持ちになってしまいます。ですから、隣人の騒音トラブル解決の契約書を作ったり、地元のお客様が中心ですが、許認可業務も行なったりすることもあります。

離婚問題をさらに細分化

──離婚に特化した事務所として、心がけていることを教えてください。

露木 他の事務所で断られた「相談難民」を積極的に受け入れることにしています。これまでのお客様の中にはいろいろな事務所に相談して、私が5件目という方もいました。相談することに慣れているのか、要領よく理路整然と話されますが、言い方を変えれば、今まで他の弁護士や行政書士との相性が合わず、信頼関係が築けなかった方ということにもなります。「自己破産した相手から慰謝料を回収する」、「行方不明になった相手に手切れ金を支払わせる」といった難しい案件もありますが、行き場がない「相談難民」の最後の砦となるべく、できるだけ相談を引き受けるようにしています。

──開業から16年目を迎えて、相談件数はどのくらいになりましたか。

露木 有料相談件数1万件、離婚協議書作成数900件、著書は11冊になりました。Webでは「離婚サポート.net」を立ち上げ、ライフプランニングを応用した養育費見積りサービスを展開していて、1日の訪問者3,300人、会員数2万人と、業界ではかなりの規模になっています。
 15年間で解決した相談数は800件になりました。そのお客様たちに年賀状や暑中見舞いを送っていると、再度相談を受けたり、その方たちの紹介で同僚、友人、兄弟から相談を受けたりすることもあります。

──どういった経緯で「男女問題専門家」を名乗られるようになったのでしょうか。

露木 「住宅ローンに絡んだ離婚相談」というテーマで私に相談依頼があったのは開業当初の話で、社会情勢にともなって離婚に関する相談内容は変化しています。膨大な予算を広告に注ぎ込んでいる弁護士事務所や、同じ分野で追随する同業者と差別化するためにも、特化する内容をもう少し細分化してお客様のニーズに合わせていく必要があると考えました。
 そこで「男女問題専門家」と銘打って、10年前から医師夫婦の離婚案件へ特化を始めたのです。特化したことで医師ならではの特異性を反映したアドバイスができるようになりました。例えば医師夫婦に子どもがいる場合、その子どもも医者にしたいというケースは多いのですが、一般の4年制大学の学費と比べて医学部は高額ですから、離婚に際しては医学部の学費を想定した上で公正証書を作成するべきということや、養育費の支払いが止まった場合に、開業医であれば給料や役員報酬以外に診療報酬の差し押さえができることをお伝えしています。旦那様である医師とその奥様の離婚相談は、この分野の先駆者としてノウハウの蓄積があるため、今も需要があり、生き残ることができています。

──その他に、どのような分野を手がけていますか。

露木 最近では新型コロナウィルスの影響で、数年前に離婚した方から、収入が下がってしまい約束した養育費や慰謝料、解決金を支払えないといった状況の見直しの相談が増えています。こうした離婚や再婚での状況変更の見直しは2013年から対応しています。

社会情勢で変わる離婚問題

──名刺に「乳飲み子が10年後お金で後悔しないために」というフレーズを載せていますが、その意図を教えてください。

露木 養育費などの問題を伝えたくて、開業時からこのフレーズを使っています。離婚は子どもの小学校入学前が多い傾向にあります。物心がついてしまったあとだと、離婚により両親がバラバラになってしまうことが現実的にも心情的にも難しくなるので、離婚を考えるのはまだ幼い乳飲み子を抱えている時期が多いのです。「そうした方の力になります」というメッセージを、きちんと伝えたくて載せています。

──震災や新型コロナウィルスなどの影響で私たちの日常や生活環境も大きく変化しました。こうした変化の中で、印象に残っている離婚問題についてお聞かせください。

露木 2011年の東日本大震災では日本中が未曾有の大災害を経験しました。震災発生前は仲たがいしていた夫婦も、発生当時は家族の大切さやありがたみがわかって、一旦よりを戻したというケースが多々ありました。しかし、その後の余震や避難生活、原子力発電所事故の放射能の影響などいろいろな問題が起こり、震災から数ヵ月後、1年後にそれらが離婚の要因になってしまうケースが出てきました。震災から時間が経って、次に大きな地震があったときに今の配偶者とこのまま一緒に暮らしていていいのか、また、他にパートナーがいたらそのパートナーと再婚したほうがいいのかを、改めて考え始めたわけです。よりを戻すための契約書を作ったのに、1年後には離婚協議書作成に切り替わったケースもありました。

──世の中のさまざまな出来事が離婚にも大きく影響するのですね。

露木 東日本大震災発生直後はぱったりと国内案件が途絶えたので、国外案件に力を入れました。海外にいる日本人で外国人の配偶者との離婚を考えている依頼者が一定数いたので、日本でどのようにして公正証書を作るのかを、いろいろと研究していました。
 今もアメリカ、ベトナム、ブラジルなどに相談者がいて、帰国すれば公正証書に署名して離婚届を出して完了となるのですが、新型コロナウィルスの影響で日本への帰国ができなかったり、現地への再入国ができなかったりという事情で、保留中の案件が何件もあります。

著書11冊、メディア出演実績も多数

──11冊の書籍を出されていますが、タイトルを拝見すると『男のための最強離婚術』のように男性向け書籍が多く見受けられますね。

露木 1冊目は自分で企画書を書いて、出版社に持ち込み、採用されて出版に至りましたが、2冊目はご自身が離婚を考えているという男性編集長からのオファーで出版が決まりました。そこで書いたのが男性向けの離婚本です。当時の離婚本は女性向けばかりだったので、男性向けを出版したら売れるのではないかと考えたのです。予想通りその書籍はヒットして、それ以降も男性向けの離婚シリーズは5〜6冊続きました。
 最初のオファーに対してきちんとしたクオリティの書籍を作ることができたからこそ、その後の出版につながったのだと思います。今では累計部数5万部を超えて、書籍をきっかけとした相談も増えました。ここ7〜8年は連載した原稿の書籍化をしていて、Webメディアでは月4本の連載がありますね。

──執筆活動では膨大な量の原稿を書いていますが、どこかで学ばれたのですか。

露木 実は文章を書く練習はまったくしていません。書籍は1冊8万字以上ですが、その前に書いた文章は小学校の読書感想文400字。400字からいきなり8万字です(笑)。書籍の場合、章立てをして、章の中をさらに細分化してテーマを決めていきます。テーマに沿った内容を200〜400字で書いていった積み重ねが8万字ですし、日々やっていることを文章にするのでそれほど大変だとは感じていません。

──実務に執筆とかなり多忙な中で、メディア出演も多いですね。

露木 情報格差の解消も課題と捉えているので、積極的にメディアに出るようにしています。読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、雑誌『アエラ』『女性セブン』『週刊エコノミスト』をはじめ、各局テレビ番組などメディア実績は多数あります。
 先日もコロナ離婚特集を組みたいとフジテレビからオファーがありました。私が『サンデー毎日(毎日新聞出版)』に寄稿している内容をベースにしたいという依頼で、具体的な離婚の例として私のお客様6名に出演していただきました。他にも、放送日前日の午後の依頼で、翌日午前の放送までに4名の出演調整ができた事例もありますね。何度かの出演経験で私とテレビ局には信頼関係がありますし、私とお客様にも相談を通して築いた信頼関係があるからこそ、こういった出演依頼にも応えることができているのだと思います。

漫画の原作にチャレンジしたい

──今後、何か新しい展開を考えていますか。

露木 まったく別の分野にチャレンジしようとは思っていませんが、この先どうなるかわからないのでいろいろと触手を伸ばしています。先ほどお話しした書籍の出版、新聞・雑誌・Webメディアなどの連載や寄稿、テレビやラジオへの出演は得難い経験でしたし、もともとクリエイティブな仕事に素質があったようで、今では私の得意な仕事のひとつになっています。
 この経験と能力を活かせる分野として「漫画の原作」にもチャレンジしたいです。私はイラストは描けないのですが、ストーリーを作ってみたいと思っています。活字を読むより漫画のほうが伝わりやすいので、それが好評であればアニメ化、ドラマ化の原作者として名前が認知され、相談者の増加につながるのではないかと考えています。クリエイティブな才能を活かし、広く認知してもらうことで、行政書士としてこれからも夫婦問題に悩む多くの方々の力になっていきたいです。

大磯でスローライフを実践

──スローライフを実践されていますが、どのようなワーク・ライフ・バランスをめざしているのですか。

露木 仕事では全国を飛び回っていますが、30年以上大磯で田舎暮らしをして「ロハス」「地産地消」「食育」の普及をしています。私ひとりで受けられる仕事の数も限られていますし、特に不自由は感じていません。都内や横浜市中心部へ移転のお誘いを受けたこともありますが、お断りしました。今は新型コロナウィルスの影響で社会全体がリモートワークの流れになったので、大磯で大正解だったと思っています。
 定休日は土曜日・日曜日・祝日と水曜日です。月、火と働いたら水曜日は休んで、木、金と働いて、また土日を休むサイクルです。それが自分には合っていて、オフは乗馬や近くの山を散歩して、のんびりと過ごしています。

──いわゆる週休3日制にしたのはなぜですか。

露木 離婚分野専門の弁護士やカウンセラーの中には、精神面の重圧から、体調不良でやめてしまう方がかなりいます。離婚相談というお客様の人生にかかわる問題を扱うわけですから、休み過ぎるぐらいに休まないとメンタルを回復できないのです。身体を壊してしまう離婚専門家をかなり見てきたので、無理はしないようにしています。

──新型コロナウィルスの影響で案件数に変化はありますか。

露木 対面での相談は減っていますが、案件自体は減っていません。4月以降はオンラインでの相談を受けていますので、大きな変化はありません。

──スタッフ採用についてどのようにお考えでしょうか。

露木 以前はスタッフを採用していましたが、結婚や介護などの理由で退社してしまい、今はいません。スタッフの有無で一番大きいのは電話対応です。問合せの中には無料で最後まで話を聞いてもらおうとするひやかしのような電話もあるのですが、スタッフが対応すれば、5分間話を聞いて「先生の相談は予約制です」と伝えることで、有料でもきちんと相談したい方だけを効率的に誘導することができ、スムーズに仕事が進みます。ただ、今はメールやLINE、Facebookからの依頼も増えましたし、あまり必要性は感じていません。

時流を見て安定的経営を考える

──行政書士やFPとして独立開業をめざす読者にアドバイスをお願いします。

露木 私の場合、単にWebサイトを作ったから相談者が増えたというわけではありません。当時はGoogleなどで「養育費」や「離婚」などと検索すると、私のWebサイトに誘導するキーワード広告を出していました。その頃はワンクリック8円だったので、1ヵ月に4万円〜5万円の広告費を使えば、一定数の資料請求を集めることができたのです。現在の単価はワンクリック180円位。このクリック数の1%が資料請求につながるとすれば、1名の資料請求に1万8,000円もかかる計算になります。今はこのような広告は出していません。環境が変わってきているので、15年前と同じことをすればいいという訳ではないのです。
 私の現在の集客は、長年おつき合いのある新聞社や雑誌社、テレビ局、ラジオ、Webメディアなどとのつながりを活かしたスタイルです。定期的に記事を書き、出演依頼に対応することで、原稿料や出演料といった報酬をもらいつつ、読者を増やして相談者になってもらいます。今はSNSの普及で情報拡散が容易になったので、掴みとしてあえて「角の立つ表現」を使うなど、目に留まりやすい文章になるよう工夫しています。最近書いた記事では、新型コロナウイルスによる自粛期間中に夫がホテルを予約して不倫しているケースをあるタレントに例えて書きました。

──メディアに協力し、うまく活用して集客につなげているわけですね。

露木 今はこのやり方でうまくいっていますが、5年後、10年後はまた違ってくるでしょう。事務所の安定的な経営にどういった方法が必要か、時流を見ながら常に考えています。ふとしたことからチャンスが巡ってきたとき、そのタイミングを逃さないことが重要です。世の中も私自身も、3年後にどうなっているかはわかりませんので、絶対に正しいというアドバイスはできませんが、このような姿勢でいれば道は拓けると思います。
 私自身、受験生時代に今のような仕事をすると考えてはいませんでした。これから行政書士、FPをめざす方は、合格後、自分のやりたいことと、できることをすり合わせて、どのように仕事をするかを考えても遅くはないと思います。皆さんの健闘をお祈りしています。

[『TACNEWS』 2020年10月号|特集]