日本のプロフェッショナル 日本の社会保険労務士・中小企業診断士

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Profile

木下 文彦(きのした ふみひこ)氏

ラグランジュサポート株式会社
ラグランジュサポート社労士事務所
代表取締役
特定社会保険労務士・中小企業診断士

1962年、長野県生まれ。1986年3月、関西大学社会学部社会学科卒業。同年4月、金融系リース会社入社。2008年、中小企業診断士試験合格。同年、中小企業診断士登録。2020年、社会保険労務士試験合格。2021年社会保険労務士登録。2023年3月、定年退職。同年4月、ラグランジュサポート株式会社、ラグランジュサポート社労士事務所を設立し、独立開業。

セカンドライフではなく、新たな挑戦。
自分で自分の人生のハンドルを握っている実感があります。

 37年間勤めたリース会社を定年退職後、ラグランジュサポート株式会社、ラグランジュサポート社労士事務所を設立した社会保険労務士(以下、社労士)・中小企業診断士(以下、診断士)の木下文彦氏。定年後の選択肢がいろいろある中で独立開業に踏み切った経緯、そもそもなぜ資格を取得したのか、そして、開業後の状況、今後の展望についてうかがった。

社労士と診断士のダブルライセンスをめざす

 現在、社労士・診断士として独立開業している木下文彦氏。氏は新卒で金融系リース会社に入社し、定年退職までの37年間、主に営業と営業企画関連業務に携わった。その中で百数十名の組織作り、課長職、支店長職を通して人材マネジメントの知見を深めてきた。

 定期人事異動で支店長に就任した2008年、木下氏は診断士資格を取得した。決算書からの財務分析や提案、SWOT分析など、当時の仕事は診断士の知識を十二分に活かせるものだった。

 定時後や週末には診断士活動も行い、コンサルタントとして中小企業の社長に経営戦略や販売戦略などの提案も行った。しかし、提案後の次回訪問時、なんの変化も起きていない現実を知った。

 「担当者が辞めてしまい後任がいない、そもそも担当者が見つからなかった、という中小企業の現実に気づきました。中小企業は、経営戦略より人で困っている。それなら、社労士資格を取得しようと決めました」

 診断士を受験しているころから、木下氏は「定年退職までに独立したい」と考えていた。

 「会社はシニア社員にあまりやさしくないと、在職中に感じていました。独立すれば、自分にしかできない定年後のキャリアが描ける。社労士と診断士のダブルライセンスなら、経営に関する仕事も人材に関する仕事もできます」

 こうして挑んだ社労士試験では、苦手な暗記に苦戦した。しかも受験中、人生の大きな転換点を迎える。中学2年生の娘が統合失調症を発症したのである。

 「社労士になれば障害のある人を助けられる。だから、どうしても取得したかった」と、当時の思いを語る。

60歳、定年退職を機に独立開業

 そんな思いに駆られて社労士受験を続けていた2020年4月、最後の定期人事異動で人事部障害者雇用部門の責任者に任命され、全社70名の障害者社員の雇用管理全般を統括することになった。運命とは奇なるものだ。

 「障害者雇用の責任者。すごく新鮮な気持ちで、異動の発令を受けた日に、書店で3冊、障害者雇用の本を買いました。しかし、内容は制度の概要が書いてあるだけで、担当者として明日から何をすればいいのかは、まったく書かれていません。なんとかしなければと、障害者の人材紹介エージェントなどの無料講座やセミナーをWebで聞きまくり、知識を仕入れて実務に反映させました」

 その年、木下氏は5回目の受験で社労士試験に合格した。社労士受験を始めたころは、すぐに合格して55歳で独立したいと考えていた。しかし、実際に合格したのは58歳。「それなら定年までに開業準備をしよう」と切り換えた。

 独立を考える中で気がついたのは「障害者雇用よりも障害年金で独立している社労士が多いこと」だった。「それなら人がやっていない障害者雇用で独立しよう」と決めた。

 60歳を超えて昇級・昇進のある職場も最近では増えてきた。木下氏の同期も会社に残る人は多かった。定年退職前、木下氏にも会社から継続雇用延長の打診があった。

 「辞退しました。会社には感謝していますが、独立を選びました。私は自分のやりたいことをやり、社会と長くつながっていたいという気持ちが強かったので、独立したことになんの後悔もありませんし、正解だと思っています。勤め続けていたら、やりたかった状況には決してなりませんから」

 2023年3月、定年退職。4月から障害者雇用を柱に、木下氏はラグランジュサポート株式会社、ラグランジュサポート社労士事務所を開設して独立開業を果たした。しかし、当初の目論み通りにはいかなかった。

「障害者雇用の考え方」を「社員全体の定着手法」へ

 「障害年金は会社の規模に関係なく個人に支給されるので、開業すると周囲の社労士から仕事の紹介もあります。でも独立当時、障害者の法定雇用率は2.3%、対象事業主の範囲は従業員43.5人以上です(2026年7月以降は同2.7%に引き上げ、37.5人以上に引き下げられた)。つまり、社労士のメイン顧問先である中小企業は、ほぼ対象外で、障害者の雇用義務がない企業がほとんどです。開業してみたものの、仕事の依頼は数えるほどでした」

 それでも木下氏は、障害者を採用する企業側の考えを理解していたし、障害者が実際に企業で働くイメージは誰よりも頭の中に入っていると、自負していた。それは大きな強みだった。

 開業した翌年の11月、木下氏は『障害者雇用コンサルタントが教える 従業員300人以下の会社の障害者雇用』(中央経済社)を出版した。ある日突然、障害者雇用担当者になった人が、「実際に働いてもらう立場」としてどう向き合うか。担当者になった当時の自分に向けて書いた書籍だった。

 木下氏が実際に障害者雇用部門の責任者を務めてわかったことは、「障害者は能力が低いのではなく、不安感が強すぎて、どうすればこの職場に居続けられるのか、ばかり考えてしまうこと」だった。その不安感を取り除いてあげれば、健常者と同じように活躍できる。営業部門などでのマネジメント経験を活かして、不安を取り除く工夫を重ねたところ、入社1年後の定着率が97.4%。ほぼ辞めない職場が作れた。

 「この成功体験で、職場のコミュニケーションと安心感を高めて、存在感を認めることが、社員の活躍に必要なこと、そして障害の有無に関わらず安心して働ければ社員は定着することがわかりました。
 新入社員や派遣社員、パート社員が早く職場に馴染み、即戦力化できるようにすることは、障害者に対することとやるべきことは本質的に同じです」

 人手不足で悩む中小企業経営者に、「障害者雇用の考え方」を「社員全体の定着手法」に広げるアプローチへと木下氏は転換した。

 営業活動にも励み、異業種交流会、社労士などの士業の勉強会などに顔を出し、「障害者雇用が専門分野」と話し、さらにポッドキャストなどで情報発信も行った。

 障害者雇用だけでなく、ハラスメント研修、メンタルヘルス研修、マネジメント研修などの講師も務め、「障害者雇用の考え方とやり方を使うと、社員が定着しやすくなる」と伝えてきた。

情報発信を続け、少しだけ認知向上

 開業以来、木下氏は診断士の知識も活かせるコンサル業務を軸に活動し、社労士の1号・2号業務は積極的に受けてこなかった。

 「私は、決まっていることを繰り返すよりも、まだ答えのない課題を考えたり、仕組みをつくったりする仕事のほうが好きなんです。だから、社労士をし始めるときも、給与計算はやらないと決めました。給与計算を受ければ顧問契約につながりやすいことは分かっていましたが、独立したからこそ、自分の経験や強みを活かせる仕事に挑戦したいと思ったんです」と、木下氏は竹を割ったように話す。

 独立後、会社員時代に比べて収入は激減した。1年目は売上高50万円に届かず。2年目、3年目はそれなりに増えたが、定年延長して勤務を続けていたほどには稼げていない。

 「4年目に入って、ようやく今年はなんとか赤字から脱せそうだなという感じです。社労士としての立ち上がりはかなり遅いと思います。当然ですよね、1号・2号業務や給与計算をやらない社労士に、企業も何を頼んでいいかわかりませんから」

 人は人、自分は自分、比べても仕方ないと木下氏は考えている。

 「きちんと情報発信を続けていると、見つけてくれる人が出てきます。3年目から徐々にお話をいただけるようになりました。ようやく私がやりたいこと、そして、木下文彦という名前が、少しだけ認知され始めたと感じます」

中小企業は多様な人材を前提としたマネジメントを

 「世の中には障害者と健常者を分けて、障害者を遠い世界の人だと思っている人が少なくありません。でも、私の場合、障害がある娘がいる。障害があっても娘は娘なんです。親として、やはり子どもが生き生きと働けることが一番うれしいですから。
 障害者と一緒に働いていると、いろいろな障害者特性があって、いわゆる普通にはできないことはあります。でも強みもあるし、得意なこともある。その人に問題があるというより、環境に問題があることがほとんどです」

 木下氏が今一番強く感じるのは、健常者にも特性はたくさんあって、全員が違うということ。そこを前提に、「こうじゃなきゃだめ」ではなくて、「こういうこともあるし、それもあるよね」という社会になればいいということだ。

 「中小企業では、大企業と同じ採用環境は実現しにくいでしょう。労働力人口がこれからどんどん減っていく中で、今まで雇用しなかった人材も雇用しなければならない。そのときに、いろいろな人がいるという前提のマネジメントをしているか否かで、会社が生き残れるか決まります。
 障害者雇用は、そのひとつのきっかけにすぎません。実際に障害者を雇用する必要がなくても、その考え方と手法を社員にあてはめれば、会社はうまく回っていきます。そこを広めていきたいですね」

3つの柱でコンサルティング事業を展開

 障害者雇用に加え、木下氏はさらに今やろうと思っていることがある。障害のある人の「働く」に横串を刺すことだ。

 「障害福祉サービスの就労系障害福祉事業所を支援し始めています。処遇改善加算、職員の給料アップのための制度まで支援していくには、就業規則をきちんと作らなければならないし、支援する職員のキャリアパスをきちんと整備しなければならない。企業人としての経験と社労士、診断士の資格を活かせる業務です。支援する事業所と企業をマッチングする人材紹介業を行うことは考えてはいませんが、どちらもわかっていると、企業側にも就労させる人たちにもメリットがある。これを2つ目の柱にしていきます」

 さらにもうひとつ。障害の有無に関係ない従業員の定着に関するコンサルティング。これを事業の3本目の柱に据えていく。企業での長年のマネジメント経験から、伝えられることは山ほどある。「会社でやってきたことは何ひとつ無駄になっていない」と、木下氏は強調する。

100歳までのマイルストーン

 定年退職して開業4年目。これまでを振り返って後悔したことはないという。

 「収入面ではそこまで稼げていませんが、やりたいことをやりながら生活できています。障害者雇用と言えば木下文彦、と言われるようになりたいですね。そのあとは障害のない人の雇用にも障害者雇用の考え方を広げていきたい。そんな風に描いたイメージに、今、近づきつつあります。
 仕事の依頼が増え、仕事の幅も広がり、これからは一人の力だけでは厳しいので、仲間を募っていくフェーズに入ります。従業員か業務委託契約か、いろいろな方法があると思います。勉強会を主催するのもひとつのやり方です。そうしたことも含めて、仲間を増やしていくことを考えています」

 64歳の現在、木下氏は100歳までのマイルストーンを置いているという。

 「85歳までガンガン働いて、85歳から90歳は少しセーブして、90歳で完全引退。95歳から100歳ぐらいまでを目安に考えています。まだ25年くらいやることがたくさんあります(笑)。
 もうひとつの目標は、将来、障害者雇用の政策や制度づくりにも関わることです。現場で得てきた経験や考え方を、制度を考える側にも届けていきたいと思っています。実際にそうなれるかどうかはわかりませんが、なろうと思わなければなれません。富士山に登ろうと思わなければ、富士山には登れませんから」

セカンドライフではなく、新たな挑戦

 定年後、資格を取得して独立したいと考える人は大勢いるだろう。しかし二の足を踏んでしまう人がほとんどだ。

 「私は、定年後にのんびりしたいという気持ちがありませんでした。父が特技を持って会社で活躍している姿を見ていたからです。義理の父が社労士・診断士だったこともあります。私が診断士を取得して独立したいと思っていたら、先に義父が定年後に独立開業しました。見ていて楽しそうで、こういう生活ができるといいなと憧れていました。
 そして、何より自分の娘のことがありました。娘が働きたいといったときに支えられる社会になっていてほしい。ただ願うだけでなく、作る側になりたいと考えました。
 セカンドライフではなく、新たな挑戦。だからやりたいことがあれば、やったほうがいいと思います。もちろん困難や苦しいこともありますが、それも含めて楽しいし充実感がありますから」

 受験時代を振り返れば、社労士試験合格までに苦節5年かかった。

 「そのときの苦労があって、今がある。当時は多年度受験生と言われて、ものすごくコンプレックスがありました。今にして思うと、そこまでして合格したかったんだなと痛感します。その思いを大切にして、諦めないこと。そうすれば自分の道に後悔はないはずです」

 もしも独立していなかったら、今自分の周りにいる人たちとは決して出会えなかったと、木下氏は話す。

 「だからこの道、定年後の独立開業を選択してすごくよかった。同じ思いを持っている人たちと、一緒に社会を変えていく。そういう動きができることは、幸せです。
 今はセカンドライフではなく、新たな挑戦。セカンドライフというと悠々自適をイメージすることも多いですが、そんな雰囲気はまったくありません。毎日あくせく働いて、365日仕事をしています。疲れることもありますが、勤務時代の疲労感とはまったく違います。充実しているし、自分で自分の人生のハンドルを握っている実感がものすごくあります。
 仕事を終えるまでにまだ20年以上。今の私なら、20年あったら相当なことができるはずです」

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[『TACNEWS』日本のプロフェッショナル|2026年10月 ]

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