日本のプロフェッショナル 日本の弁理士

中岡 静香(なかおか しずか)
Profile

辻󠄀田 朋子(つじた ともこ)氏

弁理士法人みなとみらい特許事務所 所長
弁理士 特定侵害訴訟代理人

1979年、神奈川県生まれ。お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。新卒でベンチャー企業に入社。1年後に退職し、弁理士試験受験に専念。2004年、弁理士試験合格。2005年、弁理士登録。2004年12月〜2010年8月、大手特許事務所(東京)勤務。2010年9月、みなとみらい特許事務所を開業。2023年6月、法人化にともない「弁理士法人みなとみらい特許事務所」へ商号を変更。

特許事務所として、これまでの日本にない価値を創りたい。
まだそのスタートラインに立ったばかりです。

 「すべての企業に知財戦略を。」というミッションを掲げる弁理士法人みなとみらい特許事務所は、開業16年目を迎え、弁理士14名、スタッフは総勢74名にのぼる。クライアント数は5,000社以上で、その約9割をスタートアップ、中小企業、中堅企業が占めている。所長弁理士の辻󠄀田朋子氏に、弁理士資格取得の理由、事務所の規模的成長、中小企業にこだわる理由、AI時代の弁理士像などについてうかがった。

1年半で弁理士試験合格

 神奈川県横浜市で弁理士法人みなとみらい特許事務所を経営する弁理士の辻󠄀田朋子氏。辻󠄀田氏が弁理士という資格を知ったのは高校時代の職業調査の授業。さまざまな職業を調べる中で、見つけたのが弁理士だった。弁理士の説明には「技術を理解する理系分野の能力が求められるが、文章を論理的に書く文系の能力も必要」と書かれていた。理系科目は得意だったが、飛び抜けて得意な科目があるというよりも、何でもそれなりにこなすタイプの自分に「向いているかも」と感じた。次に弁理士を思い出したのは進路に悩んだ大学4年生のとき。ただ、このときもめざすまでにはいたらなかった。

 「大学ではバイオ系の研究室に所属していました。ただ、研究者としてやっていくのは体力的にもきついと聞いていましたので、進路に悩んでいました。結果的には偶然誘われたベンチャー企業に新卒で入社しました」

 就職して1年が経つころ、ビジョンが見えない中で自分はどのようなキャリアを積んでいけるのだろうかと不安を感じた。そのときに思い出したのが、高校時代に出会った弁理士だった。初めて弁理士をめざそうと考えた辻󠄀田氏は、「1年間で合格するから、弁理士にチャレンジさせてください」と両親に頼み込んだ。

 こうして2003年2月から受験勉強をスタート。Wセミナー(現:TAC)の通信講座を受講し、ご飯とお風呂の時間以外、一日中ひたすら勉強を続けた。

 2003年5月、初めて臨んだ本試験では短答式試験に合格。しかし、7月の論文式試験は不合格だった。合格圏内の科目もあっただけに、ショックは大きかったという。その後、気持ちを立て直し、2度目の受験にチャレンジ。翌2004年、わずか1年半で弁理士試験に合格した。

ビジョンは「中小企業支援」

 合格後、辻󠄀田氏は大手特許事務所に就職し、弁理士としての第一歩を踏み出した。初仕事は国内案件の拒絶理由通知への応答書類作成。その後、国内案件だけでなく国際案件に関わる機会も得て、法律を駆使して知的財産を守り、様々な企業の発展に貢献できる弁理士の仕事に大きなやりがいを感じた。

 勤務を続ける中で、徐々に自身が理想とする特許事務所像が明確になってきた辻󠄀田氏は開業を決意し、6年間勤めた事務所を退社。

 2010年9月、みなとみらい特許事務所(以下、みなとみらい)を立ち上げた。そのとき、辻󠄀田氏がこだわったのは「中小企業支援」というビジョンである。

 「日本の法人の99.9%は中小企業です。中小企業の知財戦略の遅れは、日本全体の知財戦略の遅れになりかねません。一般的な特許事務所のクライアントは、大手企業がほとんどです。でも、中小企業こそ知財の専門家を必要としているのではないかと思い、私は中小企業やスタートアップを中心にサービス提供しようと決めました」

 とはいえ1人での開業、クライアントゼロからのスタートだ。9月に開業し、年末までの出願件数は2〜3件。数百万円あった開業資金は残り数万円になっていた。

 開業半年後、機械系特許に強いメンバー1名が加入したことで、化学バイオ分野を得意とする辻󠄀田氏と二人三脚で対応領域は広がった。そして、3年目からはWebサイトでの集客も積極的に展開し、商標専門の弁理士にも入ってもらった。短期的に多数の仕事が発生する商標は未経験者でも担当しやすく、仕事を通じて成長が見込める。そこで商標登録を始めた3年目からは、新卒採用もスタートした。

 中小企業を支援するなら、特許と商標、どのような分野も扱える専門家集団の総合事務所になる必要があると辻󠄀田氏は考えた。特許だけでなく商標にも注力した結果、特許と商標の業務比率はほぼ同じになり、2014年から2019年にかけて商標登録件数で全国1位を記録。開業6年目には国際特許、国際商標といった海外での権利取得・活用も守備範囲となり、総合的な対応力がついてきた。

 まさに「どのような分野も扱える専門家集団の総合事務所」として、一歩ずつ前進してきたのである。

企業の未来を支援する体制

 化学、医薬、バイオテクノロジー、化粧品、食品、IT、AI、ロボット、有機材料、高分子材料、医療機器、診断機器、商標、契約、知的財産教育。幅広い領域を扱うみなとみらいには、特許、意匠、商標のスペシャリストが揃う。

 事務所は実務を担う特許・意匠グループ、商標グループ、知財管理グループと、バックオフィスを担う経営システム管理グループ、人事総務グループ、広報・マーケティンググループの計6グループから構成されている。中でも主軸となる特許・意匠グループは、機械・物理チーム、化学・バイオチーム、電気・ITチーム、AIロボットチーム、意匠チームに分かれているが、実際にはプロジェクトの枠組みで動く案件が多いという。

 「顧客のプロジェクトを最優先し、各チームとは別にその分野に特化したプロジェクトチームを組成します。精密機械、生活関連製品、食品、ライフサイエンス、医療、材料、AI、IoT、ブロックチェーンなど、あらゆる技術領域において、お客様の規模やビジネスステージに応じた特許戦略を提案・実行・伴走支援しています」

 既存の技術をきちんと把握した上で、最先端でニーズの高いAIやロボットの専門チームを投入するなど、時代を先読みしながら、企業の未来を支援できる体制を整えることが現在の課題である。

 商標に関しては、グローバルブランド、グローバル展開企業の世界各国での権利化、現地での商標のライセンス契約見直しの依頼、海外企業からの模倣品対策のオファーなど、現在は国内外で難易度の高い案件が大幅に増加している。

 2021年からはAmazon IPアクセラレータプロバイダーとしての商標登録出願サービスをスタート。対応件数はすでに1,100件以上となっている。

 2024年6月には、新たな国内商標登録サービス「Brandock(ブランドック)」をリリースし、無料調査・相談、マイページ機能による商標管理、登録後のアフターサービスも提供するようになった。2026年2月には、「Brandock」の対応範囲を海外商標登録にも拡大。商標の世界でもグローバルなブランド戦略によって、業務のすそ野は大きく広がっている。

弁理士は顧客の壁打ち相手になれる

 開業して16年。辻󠄀田氏は現在も、顧客窓口、プロジェクトチームへのアドバイスを中心にコンサルティング、戦略立案の最前線に立ち続ける。そのような中、「この16年で企業から弁理士に求められるものが変わってきた」と感じている。

 「私が独立した16年前は、どこかまだ技術立国日本の成功体験が頭の中に残っていて、日本の技術力を持って世界に打って出る。そういう文脈で知財戦略は語られていました。
 でも、ここ数年は、未来の分野と言われている半導体、AI、プラットフォームデータビジネスと、逆に日本の存在感が弱くなってきている分野がたくさんあります。
 そのような状況の中で、確固たる技術を持ちながら、知財戦略をどのように立て、中国やアメリカなどの海外とどう協力し、世界のサプライチェーンにどう関わっていくのかは、これまで以上に重要なテーマになってきていると感じます。
 こうした変化を背景に、企業から求められる役割も変わってきています。特に大企業においては、AIの活用により既存業務の効率化が進む中で、IPランドスケープ分析や、それを踏まえた事業・知財戦略の立案といった領域に関するニーズが高まっています」

 「中小企業支援」というビジョンでスタートした辻󠄀田氏だが、現在は、今後日本を支える可能性のある企業が必要とする、知財戦略の実行をサポートできる組織をめざしている。たとえそれが大企業、グローバル企業、グローバルニッチトップランクの規模であってもだ。

 5年前からはオープンイノベーションも活発になってきた。

 「大企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)がスタートアップに投資する際、弁理士は大企業とスタートアップの共同プロジェクト代理人として、第三者的立場を求められます。
 弁理士は、明細書の作成をはじめとして、人を説得する文章を書くことや、目の前の事象を言葉で適切に表現することを、日々の業務を通じて積み重ねてきています。そのため、直接的な知財案件にとどまらず、知財を活用してどのようなビジネスモデルで利益を上げていくかを一緒に考える、顧客にとっての壁打ち相手としての役割も担うことができます」

 弁理士の重要な業務のひとつは明細書の作成であり、クライアントの知財を特許取得や商標取得という形で財産化していくことにある。こうした役割の重要性は現在も変わらない。一方で近年は、特許取得や商標取得といった手続にとどまらず、海外と連携しながら事業を展開していくために、プロジェクト全体の戦略をどのように構築するか。第三者的な立場から戦略に貢献していくことが、弁理士の役割になろうとしている。

AI時代の弁理士育成

 士業にとってAIは、ひとつの脅威として語られることが多いが、辻󠄀田氏はどう捉えているのだろうか。

 「AIの導入によって、文章の整理や構造化といった基礎的な部分の精度を短時間で高めることができるようになりました。その結果、独自性やアイデアといったクリエイティビティに、より注力しやすくなっています。結果として、AIの活用は業務の付加価値向上につながります。そういう点で、AIは積極的に活用すべきだと考えています」

 社内でも、すでに生成AIの利用規定を作成し、業務のさまざまな場面で活用が広がっている。AIは発想の整理や論点の構造化を支援する壁打ち相手として欠かせない存在になりつつある。

 「私が考えたアイデアに基づいて意見書を作成する際、私自身が手書きで文書を一から作成するより、AIにアイデアやポイントを指示して書いたほうが質が高いので、アシスタントとして活用するなら、AIは非常に有用です」

 こうした状況において、短期的な利益だけを追求するのであれば、新人を採用せずにAIを活用したほうが利益を出せるともいえる。

 「しかし、AIは人を写す鏡です。使う側が発明の本質を理解して使えば、今よりよい質の意見書が書けるし、将来は明細書も書けるようになると思います。でも、使う側が発明の本質を理解しないまま使えば、明細書のようなものはできても、発明や事業を保護する明細書にはなりません。
 優秀な若い人財を育て、彼らがこの特許業界でのさまざまな苦労をしながら経験値を上げていく。このプロセスを踏まなければ、将来使う側になる人間がいなくなってしまいます。その意味では大変な時代、重要な局面でもあると認識しています」

日本一人気のある特許事務所をめざして

 弁理士事務所で新卒採用を実施しているのは、大手事務所がほとんどだが、みなとみらいは開業当初から毎年4〜6名の新卒採用にこだわってきた。

 そして、将来のリーダー、かつAIを活用する側の人財を育てるために、みなとみらいは、人材育成に注力している。法律、技術などの専門的知識に関する研修や勉強会だけでなく、ビジネスマナー、コミュニケーション・プレゼンテーションスキル、ヒューマンスキルに関する研修も、職種を問わず実施。キャリアアップに応じた管理職対象プログラムも用意するなど、大企業並みの教育体制を整備している。

 「ビジョンを共有できなければ組織作りはできません。新卒なら面接時にビジョンを共有できるので、生え抜きメンバーを中核として事務所を大きくできます。また、変化が大きく早い時代、まっすぐに未来を考えることができるメンバーは貴重な人財です。自分の組織を好きになってもらいたいという思いで、みなとみらいでは決算書をメンバーに公開し、年に3回、事務所の経営状況や業界内の優位性、大切にすべきビジョンや理念を共有しています。
 メンバーが幸せかどうかで事務所の価値は決まります。ここで働くことが、それぞれの夢や目標の実現につながる。そのために努力は惜しみません。日本一人気のある特許事務所をめざします」

新しい価値を持つ特許事務所へ

 開業6年目の2016年、総勢22名、弁理士4名だった組織は、2026年4月現在、総勢74名、弁理士14名に成長した。10年前のインタビューで、辻󠄀田氏は「2025年には100名規模の事務所をめざしたい」と話していた。

 「現在は、74名と組織規模としてはまだ道半ばですが、AI活用による効率化を含め、組織としてのパワーは一歩ずつ着実に理想の形に近づいています」

 開業当初から続けてきた新卒採用の積み重ねが、組織の成長につながる大きな要因のひとつだ。2026年4月にも6名が入社し、新卒採用、中途採用のメンバーのほとんどが弁理士をめざしている。そして、弁理士だけでなく資格取得をめざすメンバーには、受験費用として年間10万円の補助と年5日の教育訓練休暇制度があり、弁理士受験生は1年間時短勤務も可能となっている。他にも2年間勤務したメンバーにはキャリア休職制度も設定している。

 プライベートでは、13歳の長女、10歳の双子の二女・三女を育てる母親でもある辻󠄀田氏。働く女性にとって最大の課題は「仕事と育児の両立」といわれることが多い。

 「娘は全員サッカーをやっています。長女は2025年に関東大会まで進みました。そのため、土日は練習への送迎と試合の応援で、ほぼ予定が埋まります。仕事と育児の両立とは、どちらも完璧にこなすことではありません。そのとき、自分にとって一番大切なことを選び、プロフェッショナルとしても、お母さんとしても、自分の心が元気な状態でいられるようにすることです。そのためには、優先順位をつけて割り切ることも必要ですし、客観的には十分でない状態でも、自信を持ってそれを受け入れることが大事だと思います」と、ありのままに話す。

 15年後に60歳。まだまだ現役で第一線を走り続ける。

 「少なくとも今までの日本にはない、新しい価値を持つ特許事務所を創りたい。メンバーやお客様、家族に支えられて、ようやくここまで来ることができました。まだ、スタートラインに立ったばかりです」

 弁理士をめざす若手には、次のようにアドバイスする。

 「AI時代が到来し、これまで汗をかき、時間と神経を使って維持してきた基礎的な部分に対するプレッシャーは、徐々に軽減されていくと思います。弁理士として、プロフェッショナルとして、クライアントとともに知財を活かし、事業を成功させるという思いを共有しながら伴走していくことに、より力を注げるようになっています。数やパワーではなく、自分の個性や特徴をもとに、世の中に新しい価値を提供していくことができれば、独立してもやっていけます。
 弁理士は常にクライアントとともに未来を見据え、これから何をしていくかを考え続ける仕事です。クライアントの思いや描く未来、ときには夢のある構想に向き合いながら、知的財産をどう保護するか、真剣に緻密に考えていく。これほど幸せな仕事はないと思います」


[『TACNEWS』日本のプロフェッショナル|2026年6月 ]

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