日本のプロフェッショナル 日本の会計人|2019年8月号

Profile

小野 敏人氏

OneWorld税理士法人
統括代表社員 公認会計士・税理士

小野 敏人(おの はやと)
1974年、福島県いわき市生まれ。横浜国立大学教育学部卒。25歳、業界未経験で須田特許会計事務所に勤務。公認会計士試験合格後、税理士法人山田&パートナーズ入所。2013年、会計事務所シンシア開業。2018年、OneWorld税理士法人設立、統括代表社員に就任。

中小企業を元気にしたい。お客様のために、やれることをやる。
ずっと、ただそれだけをめざしてきました。

 公認会計士・税理士の小野敏人氏は「すべてはお客様のために。自分がやりたいのはそれだけです」と断言する。小野氏が代表を務めるOneWorld税理士法人は、若手公認会計士・税理士を中心に財務戦略サポートを強みに急成長している。小野氏が初めて公認会計士試験を受験したのは31歳。試験の合格は34歳だから、言ってみれば遅咲きの会計人だ。そんな小野氏のビジネスプロセスを追ってみたい。

適性を求め30職種以上を経験

 1974年、小野敏人氏は福島県いわき市に生まれた。まだ「アントレプレナー」という言葉もなかった時代。中学生の小野氏は「自分で会社を興してみたい」という夢を持っていた。
「将来は起業家になりたい、ただやりたいという思いばかりで、当然のことながら知識も経験もありません。起業家になりたいけど、何をやればいいかわからない。それなら自分は何に適性があるのか、いろいろやってみるしかない」
 大学生になった小野氏は、片っ端からアルバイトや派遣社員に応募した。大学卒業後も続けた自らの適性を求める旅は、土木作業員や営業、塾講師、代議士の私設秘書など、その数は実に30職種以上に及んだ。
「当時はまだ20代。一生この仕事で身を立てようと思える職業に就きたいという思いはあっても、やったことがないから適性がわからない。だからと言って、とりあえず就職するというのも違う気がした。いろいろな仕事を経験してみたり、起業家セミナーに参加してみたり、適性がどこにあるのか、あちこちに触手を伸ばしていました」
 そんなある日、本屋に立ち寄ったときに、資格を紹介する本を手にした。最初に出てきたのが弁護士。次に載っていたのが公認会計士(以下、会計士)だった。ビジネス界で活躍したいという希望を持っていた小野氏は、そこにある「ビジネス系資格の最高峰」という言葉に目を奪われた。
「自分自身の起業にこだわらずとも、起業家のサポートも趣旨が同じこと。この仕事をやろう」。即決だった。
「一般的に、会計士や税理士をめざす場合、この業界に身内がいたり、友人から話を聞いたりしてめざすことが多いと思います。でも私は、会計士などの知り合いがいなくて、この業界との接点がまったくありませんでした。だから会計士という仕事を知るのも遅く、この業界に入る人なら当たり前に知っている情報も知りませんでしたし、『会計士、税理士はこうあるべき』という固定概念も当然ありませんでした。だから、資格を取得してから、自分自身の職業観、使命感だけですべてを進めることができました。中小企業の相棒、経営者の相棒としてどうあるべきかを純粋に追求できたんです。それが今につながっています」  いろいろな職業を経験し、多くの経営者に出会い、起業家セミナーで学ぶ。その後、巡り合った会計士・税理士という職業は「中小企業を元気にする仕事」だった。
「起業家を支援し、中小企業を元気にすることで日本を元気にしたい」。小野氏25歳。やりたいことが見つかった瞬間だった。

追いつめられて、34歳で公認会計士試験合格

 「まずはどんな仕事かを知るために会計事務所に入ろうと考えました。何のつてもないのでハローワークで探して、『入れてください』とあちこち頼みましたが、すべて断られました。そのとき、会計事務所で仕事をするには簿記の知識が必要だと知りました。教育学部出身なのでそれまで簿記の『ボ』の字も聞いたことがなかったんです。めざすべき道を見つけたと思い込んでいた私は、まず独学で2週間で日商簿記3級を取りました。それでハローワークで募集を見つけた須田特許会計事務所に入れてもらえることになり、さらに半年後に日商簿記2級も取得しました」
 こうして25歳の小野氏は、未経験のまま東京に本社がある会計事務所の茨城支店に入所した。初めて経験する会計事務所の業務を通じて、さまざまな経営者との出会いがあり、いろいろな業種や業務を知り、会社というものを初めて肌で感じることができた貴重な経験だった。
 ところが肝心の受験勉強がパっとしない。職場までは車で往復3時間以上。仕事と通勤で疲れ果て、勉強がはかどらないのだ。
「受験指導校の税理士受験コースを申し込みましたが、当時の福島の地元の田舎町ではビデオでの学習しかできませんでした。3年目に東京へ転勤になり、事務所の近所に引っ越したことで通勤時間も短縮され、29歳でやっとTACの公認会計士講座に通えるようになったんです。でも通い始めると、仕事をしながら受験勉強をするのはとてもきつかった。しかも受講生は20歳前後の大学生がほとんどで、その中に30代のおっさんが1人いるみたいな状況。受験勉強はどんどん遅れました。
 睡眠時間を2時間にまで削って勉強時間に充てましたが、成績は上がりませんでした。1年間は仕事と並行して勉強をしましたが、自分の能力ではこれ以上働きながらの受験は無理だなと、退職して受験に専念することにしました」
 初受験は31歳。32歳で仕事を辞めて、その後受験に専念した。年齢が年齢だけに、これが最後のチャンスと腹を括った。もはや背水の陣だ。
「とても大変でしたが、諦めようとは思いませんでした。これが20代前半だったら『こんなに苦しいならどこかに就職したほうが楽』と考えたかもしれません。若ければ他にいくらでも仕事はあるじゃないですか。でも私に選択肢はなかったんです。無職で30歳過ぎ(笑)、後戻りはできない。まして仕事まで辞めて受験に臨んでいるわけですから。毎日おにぎり片手にひたすら机にかじりつき、1日も休まずTACが開く朝6時から閉館される22時まで勉強しました」
 小野氏がすごいのは、この状況下でも決してネガティブにならなかったところだ。「もう30歳なのに、これから資格取るの?」なんてことは、当然言われた。「逆に、そのほうが追いつめられてモチベーションが上がった」とポジティブに受け止めていた。
 こうして受験に専念して丸3年。34歳で見事、公認会計士試験合格を手にした。
「30歳からでも決して遅くなんかない。いや、何歳からだって遅くはないんですよ」
 受験指導校の宣伝文句のような言葉も、実直な小野氏の口から発せられるとずしんと重みが出てくる。

すべてはこの道に入るときに決まっていた

 公認会計士試験に合格した小野氏は、税理士法人山田&パートナーズに入所。そこで相続案件や顧問業務、医療法人、大型の事業承継や組織再編と幅広く経験し、多くのことを学んだ。会計士の登録要件は、グループの監査法人で監査に従事することで満たすことができた。
 3年後、前職の所長が体調を崩し「戻ってきてくれ」と頼まれた。山田&パートナーズを退職して事務所を引き継ぐことになり、まずは職員として丸々1年間をかけて事業を承継。1社1社ケースバイケースだったサービスラインや顧問料の設定をすべて説明してまわり、統一した内容と顧問料に変更した。
「その作業に1年ほどかかり、ものすごいエネルギーを使いました」
 会計士の修了考査も無事に合格し、2012年12月、小野氏は公認会計士登録と同時に税理士登録も果たし、2013年1月、38歳で「会計事務所シンシア」の看板を掲げた。「シンシア」は英単語「sincerely:心から、誠実に」にちなんでつけられた。
「開業した瞬間からどんどんお客様が増えていったんですが、私は営業活動というものをしたことがありません。お客様からの紹介やいろいろな方の協力で、あちこちから案件をご紹介いただきました。東京に何のコネも友だちもいなかった僕にとって、すべて30歳を過ぎてから知り合った大切な方々です。一方、なかなか地元の福島県には帰省できないので、地元の友人たちは僕が何の仕事をしているかすら知らないと思います(笑)」
 実は小野氏は、「25歳で会計業界で生きる」と決めた時点で開業を決めていた。そのために書籍を読みあさり、情報収集してきた。思いつきではなく、起業家という夢を実現するためにここまで13年間順を追ってやってきたのである。
「資格を取って、ちょっと修業したから独立してみようかな、という感覚ではないんです。根底にストーリーがあって、その流れの中で動いている。すべてはこの道に入るときに決めていたことなんです。
 よく、なぜこんなに急成長しているのかと聞かれます。若手税理士に『ダイレクトメールですか?ネット集客ですか?』と聞かれますが、まったくやっていません。やる必要性も感じません。ただお客様のために一生懸命やっているだけなんです。1社1社を丁寧にサポートしていたら、『こんなにいい先生がいるんだよ』とお客様が宣伝してくれて、『そんな人いるなら紹介して』となったんです。きちんと対応していれば、必ずそこから自然に広がっていく。しっかりと目の前のお客様をサポートすることが実は一番の営業なんです」
 ネット社会の今からみると、まるで昭和時代の会計事務所の話を聞いているようだ。しかし泥臭いと感じるような、この真っ直ぐな「お客様のため」という目線が、自然と顧客拡大につながっているのである。「中小企業を元気にしたい。お客様のためにやれることはすべてやる」。この思いだけで開業した小野氏は、現在得意としている資金調達や金融機関との融資交渉も最初から得意だったわけではない。山田&パートナーズ時代は大型案件が多く、中小企業に対するような微に入り細に渡った相談に乗ることは少なかった。実務の中で、一つひとつ顧客のためを考えて丁寧に対応や交渉を進めていくうちに、次第に申告書作成や税務対策よりもむしろ財務戦略に強くなっていたのである。なぜならば、財務基盤が脆弱な中小零細企業にとっては、財務戦略が生命線となるからだ。
「お客様が困っていることを解決する、目の前のお客様のために一生懸命やっているというだけで、年間300社以上のご紹介をいただいています。全支店でみると常に受注残が100社近くあり、お待たせして大変申し訳ないのですが、これから取り組み始めさせていただくお客様も多くあります」
 「ネット集客しましょう」、「資金調達を得意技にしましょう」というセミナーに、多くの若手税理士が集まる。しかし、まずは「税理士として顧客のために何をするべきなのか」を一番に考えるべきだと小野氏は主張している。

逆ピラミッド型の組織

 2018年4月、会計事務所シンシアは山田&パートナーズ時代の同僚であった税理士・行政書士の小木曽良氏率いるフロンティア会計事務所と合併し、OneWorld税理士法人として法人化した。現在では東京、名古屋、福岡の3拠点、総勢40名になった。顧問数も2019年で500社を越える。小野氏は開業当初から「全国都道府県に事務所を置く」と決めていた。
「やりたいことは中小企業支援。日本の中小企業が強くなれば日本の経済も強くなる。その支援を本当に愚直にやっています。全国津々浦々に支店を設置し、中小企業を支援する。それを他人任せにするのではなく、我々がやる。これまで財務基盤の弱さが原因であえなく潰れていった会社を、我々が関与することで潰れなくする。さらに業績まで上がるようにする。そんな会社が1社、2社ではなく100社に、1,000社、10,000社になったらどうでしょう。雇用も生まれるし、海外に進出して外貨を稼ぐ企業も数多く輩出される。いまそれを実現している途中です。めざしたときはただ未来の夢を思い描いていただけでしたが、それを実現できる力がついてきました」
 業務内容は、会計・税務コンサルティング、業務の現状分析と改善提案、バックオフィス最適化、MAS(経営アドバイザリーサービス)・進捗管理、財務戦略・資金調達、IPO(株式公開)支援・M&A、組織再編、事業承継、戦略立案・計画策定など、企業経営のあらゆる課題にまたがる。「中小企業支援」を本気でやってきた結果、このラインナップになったという。税理士法人でできないコンサルティング業務は、コンサルティング会社を受け皿に両輪で網羅する。
「私たちは1社につき2〜3名で対応して、業務に手間をかけています。だから人手が必要ですし、これによって安価な金額ではできないサービスになっています。お客様には最初から『当社のサービスは安くないです』とはっきりお伝えし、お客様からは『高くてもいいからちゃんとやってほしい』と言われています。お客様は命がけで事業をしているので、安さだけを求めてはいないんです。
 もちろん中には事業がうまくいかず倒産寸前のお客様がいることもあります。そんな場合は、すぐに顧問料を支払ってくださいなんて言いません。『何とかサポートするので事業が再生できたらお願いします』とお伝えすると、お客様はきちんと応えてくださる。そんなお客様とこれからもお付き合いしていきます」
 この夏、札幌に4拠点目を開設する。その後1〜2年で大阪に5つ目の拠点開設を計画している。
「普通の会計事務所はトップに所長がいて、その下にスタッフがいて育成していきますが、当社は事務所の運営自体の発想が違っていて、OneWorldというプラットフォームをスタッフが立つ舞台だと考えています。どんどん舞台に立ってもらって、全国津々浦々に高水準のサービスを提供していこうという構想です。当社のメンバーは、とある事務所のナンバー2や所長の右腕であったエースが集まっています。そのメンバーが将来的にはどこかで拠点を展開していくイメージですね」
 開業以来、OneWorldは優秀な人材を中途採用してきた。メンバーに転職理由を聞くと、「今の環境では力を発揮できないから」という人ばかりだった。
「仕事ができるスタッフにとって、自分のやりたい仕事をしてお客様を喜ばせることほどやりがいを感じられることはないでしょう。当社では、会計人としてやりたかったことを全部やってくださいとスタッフに伝えています。お客様のためになることなら何をやってもいいというのが根本的なルールです。
 逆に、私はスタッフをサポートするスタンスです。一般的な組織はピラミッド型ですが、当社は逆ピラミッド型組織です。もちろんお客様が一番トップですが、社内では現場にいる担当者が一番偉い。やりにくいところをどう修正するか、マネジメントをするのが私の仕事です。だからみんな僕よりも仕事ができるんです」と小野氏は笑顔で話す。
 人手が足りないときには小野氏が補うこともあるという。 「何でも屋になっちゃいますけど。手が足りないときは『じゃあこれ集計しておきます』と手になる。だから逆三角形の組織なんです」
 2〜3年のうちに100人体制へ、将来的には1,000人体制にするのが抱負だ。そのための今後の課題は人材教育にある。
「ずっと中途採用がメインだったので、教育プログラムがきちんと確立できていませんでした。これまでの環境ではできる人しか採用できなかったのです。新卒採用を始めて、未経験でもよい人材は採用しているので、そういうメンバーが力を発揮できる土壌を作らないといけません。ただし、未経験でも採用するのは、1やったら2、3とできる人、もしくはそうありたいと願う成長欲求が高い人です。何しろうちはベンチャーですから(笑)」
 メンバーの自己裁量に任せるから勤務形態も自由。人それぞれ一番パフォーマンスが上がる勤務形態を選んでいい。定時を押しつけることもなければ8時間労働にもこだわっていない。7時間労働でもよいし、子育て中でラフスタイル重視なら5時間勤務でもいい。業務が15時に終われば15時に退社もよしとし、フレックスの人もいる、まったくのフリースタイルだ。
「朝早く来て仕事するのでもいいし、ガンガン働きたければ働けばいい。そこは柔軟です。時間ではないのです。お客様がすごく喜んでくれれば、それだけでいい」

求めるのは「マインドを共有できる人」

 OneWorld—ひとつの世界。みんなで同じ世界観を共有し、共同して世界を盛り上げていこうという思いを込めて、この名前がつけられた。OneWorldのメンバー全員、そして他の事務所、他の士業でもマインドが合う人たちと手を組んで最高のサービスができるように。そんな願いが込められている。
 国内拠点だけでなく、OneWorldは次にアジア展開を視野に入れる。
「大阪支店の次は沖縄支店を計画していますが、その次はアジアにも行きたいですね。進出するなら香港かベトナム。ただし、お客様の依頼次第という側面もありますから、まだどこかはわかりません。
 何もないところから1つ目を作るのはすごく大変ですけど、しくみができてくればあとは横に広げるだけになります。国内6支店にもなれば、支店を出していくためのハードルが少し低くなり、支店展開のスピードがアップすると思います」  現在、総勢40人、公認会計士・税理士3名、中小企業診断士1名、税理士1名、税理士有資格者1名、科目合格者4名という陣容だ。6年目を迎え支店展開も広がっているので、内部で税理士を育成できればまた打つ手が増えてくると小野氏は考えている。
「人手不足だからといって単に条件をよくして採用をすることはしません。それは本人のためになりませんから。あくまでプロとしての仕事をし、お客様にどれだけ満足してもらうかが報酬の基準となります。それがプロの在り方だと思います。」
 新卒採用も始めたOneWorldでは、採用でも方針転換が進んでいる。
「これからはむしろマインド、経験より専門職として学習意欲のある人、お客様のために何でもやろうという人が欲しいですね。資格の有無も全然こだわりません。資格よりも年齢よりも、学習意欲とお客様に対するサービス精神があるかどうかです。サービス精神といっても、言われたことを言われたとおりするのではありません。お客様のしたいことが会社の方向性や経営としてよくないと判断すればストップもしますが、要望された内容にさらにもうひとつプレゼントをつけて返す、そんなハートのある人がいいですね。できる、できないは別として、『私がやります』という気持ちは、お客様に必ず伝わりますから。常日頃対応する経営者は、結果責任の世界の方です。同じ目線に立たないと相手にもされません。私たちはプロ集団ですから、知識と経験を売りに常にお客様と同じ目線が必要なのです」
 「基本ダメだしはしない」というOneWorldは、成長意欲の高い人にとっては自由裁量のあるとてもよい環境だ。社内では事業承継のセミナーを開催するメンバー、その他企画を発案するメンバーもいて、次々と新規企画が飛び出してくる。
「新しいチャレンジが成功するかどうかなんて誰もわかりません。チャレンジに対してサポートはしますが、決して止めません。私の口癖は『お客様のためになることなら何でもやっていい』なんですから(笑)」
 顧問先の業種業態は幅広い。どのような企業や職種、分野だろうと、鮮やかにお客様の問題を解決するのがプロフェッショナルだと小野氏は言う。
「いろいろな業種や業界をやるから勉強になるんです。今後も特化はしません。逆に他の業種のノウハウをいろいろな業種に転用してアドバイスができるのがメリットです。『儲かるからこの分野専門でいく』という判断は絶対にありません。
 人によって得手不得手はあります。それなら自分が苦手な分野は、社内の得意なメンバーに任せればいい。社内で問題解決すればいいだけの話なんです。様々な業種に精通し、相続に強く、事業承継に詳しく、さらに海外税務も得意でと、そんな人いるわけないですから。1つ2つ得意分野があっても、突き抜けるのは大変です。だからどんな分野でも秀でた才能のある人にも来て欲しい。この分野だけは誰にも負けないという人がいれば、全社のためになるからです。専門分野を持ったプロを中心にメンバーを組み合わせてチーム編成していきたいですね」
 いち早くIT化・AI導入を進められるのも幅広い業種を手がけている強みだ。IT関連など、お客様を通していろいろな業種に関わっているからこそ、最先端の技術の導入もひと足早い。
「今ではテレビ電話ミーティングも可能です。福岡に専門分野を持ったスタッフがいれば東京のお客様を福岡で担当したっていい。今は場所にとらわれない時代、僕らにとっていい時代になってきました。場所よりもすぐ連絡ができるフットワークのよさが大事です。距離ではなく、どのようにお客様の会社と関わりたいかという意識や誠意が重要なんです。
 流行のクラウド会計は入口にすぎません。連携できるITサービスはどんどん増えています。それをどのように使ってお客様の課題を解決するのか、選択肢が増えてやりやすくなってきました。AI に公認会計士や税理士の仕事が取って代わられるという考え方はありえません」
 テクノロジーを使って柔軟に対応できる税理士。それこそ小野氏が追求してきた理想の税理士像、既成概念のない税理士像だ。最新のIT機器はもちろん、今後はAI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も導入していく方針だ。

ルールはひとつ

「ひとりでも多くの人が安心して夢をかなえられる社会を実現したい」、「操縦かんを握るのは、他でもないあなた」など、OneWorldのWebサイトにはビジョンとミッションが載せられている。コメントは小野氏ではなくスタッフが考えたものだという。その言葉は、この道に足を踏入れたときに小野氏が夢に描いた思いと一致する。
「思いが一緒で、みんなが同じ方向を向いているから、たとえ表現の違いがあっても、以前から私が言っていることと何ひとつ変わっていません。それをスタッフが理解してくれて、すばらしいストーリー仕立てにしてくれた。それがうれしいですね。これだけでOneWorldの雰囲気が伝わると思います。
 私は口ではきれいごとを言って、実態は違うというのが大嫌いなんです。当社は私がいなくてもみんなが同じ方向を向いています。毎朝、経営理念を唱和しなくても、思いは共有できているんです。『お客様の抱える経営課題に必死に取り組むこと』。シンプルに、そこだけしか共通ルールはありません」
 31歳から会計士受験をスタートして独立開業したのは38歳。スタートは遅かったとしても、小野氏の「起業家」の夢は見事に実現された。
「資格を取る過程では苦労することもあるでしょう。でも苦労以上のものは必ず手に入る。こんないい仕事はありません。30歳を過ぎてから挑戦しようと思っている人がいたら、挑戦することをお勧めします。心が折れかけている人がいたら、ぜひ私を思い出してください。
 この世界には、皆さんの活躍のフィールドはたくさんあります。確かに定型業務はAIに代わるかもしれませんが、その先の仕事をやればいい。AIによって税務申告などの定型業務をすべて自動化できれば、より一層コンサルティングに力を入れられる。だから会計士・税理士の仕事がなくなることはありません。活躍の場はものすごく広がっています。外部CFOも足りてないですし、企業自体、今はバックオフィスに人員を割けない状況です。経理スタッフを採用するより外部のプロに頼んだほうが効率がいいので、ますます外注化が進んでいくでしょう。経営者の相棒になりたいという志ある方がこの業界に入ってきてくれるのは大歓迎なんです。こんなにもやりがいがあって、すばらしい仕事があるのかと、今でも毎日感じています。」
 会計士になろうと志したときの「お客様のビジョンを達成する。そのために必死に取り組む」という思い。それは変わることなくずっと貫かれている。その志の強さが、急成長する税理士法人の大きなバックボーンになっている。


[TACNEWS|日本の会計人|2019年8月号]

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