日本のプロフェッショナル 日本の司法書士|2019年3月号

Profile

島田 雄左氏

司法書士法人みつ葉グループ/株式会社みつ葉グループ
司法書士 代表社員/代表取締役社長

島田 雄左(しまだ ゆうすけ)氏
1988年生まれ、福岡県大野城市出身。2010年、中央大学商学部卒。同年、大手通信会社代理店・法人営業部に契約社員として勤務。2012年、司法書士試験合格。同年、司法書士事務所オフィスワン開業。2013年、事務所を法人化、司法書士法人オフィスワングループとなる。2018年、司法書士法人みつ葉グループに名称変更。

「資格」の枠にとらわれることなく周辺領域に広がるチャンスをつかんでいく。

 「士業」の世界でも、これまで独占業務だった分野が今後AIに取って代られるともいわれている。そんな時代の荒波にもまれながら、士業の専門的知識と経験による「士業だからこそできる新たなビジネス」を起業しようとしている若者たちが台頭してきた。司法書士の島田雄左氏、30歳。彼もそのひとりだ。総勢100人超の総合士業グループであるみつ葉グループを率いる司法書士でありアントレプレナーである島田氏は現在、4年後の株式上場をめざしている。島田氏の軌跡から「士業の多様化」を探ってみたい。

契約社員時代に培われた営業力

 福岡県大野城市に生まれた島田雄左氏は野球少年だった。ポジションはピッチャー。プロ野球選手をめざし、中央大学商学部進学後も野球部に所属し、東都大学リーグで戦っていた。部員の中にはすごいヤツがいて、何人かはプロの世界に入っていった。

「隣のブルペンには時速154キロの速球を投げるヤツがいました。『ああ、こういう人がプロに行くんだろうなあ、俺には無理だ』。そう思ったのが司法書士になろうと思ったきっかけです」と、司法書士になったいきさつを話す。

 司法書士を知ったのは、大学3年の時。祖母が亡くなって、相続を担当してくれたのが司法書士だった。それまでプロ野球選手をめざして野球漬けの毎日で、就職活動もしていなかったが、そこで「司法書士ってなんだろう」と調べてみた。すると法律系の資格には弁護士、行政書士とともに司法書士があることがわかった。弁護士になるために法科大学院へ行くお金はないし、行政書士は独立をイメージしにくかった。だが司法書士だけは、当時のWセミナーの宣伝文句に「司法書士を取ったら年収1,000万円稼げます!」と謳われていた。その頃から起業を考えていた島田氏は、「独立できそうな法律系資格、司法書士になろう!」と決めた。

 こうして島田氏は野球の道から司法書士へと舵を切り、大学の目の前にあるWセミナー中大駅前校に通い始めた。大学卒業後は福岡に帰ったが、就職活動をしていなかったので正社員の道はない。受験勉強をしながら続けられるアルバイトはないかと探していたところ、たまたま募集していた大手通信会社代理店で営業職の契約社員として働くことになった。実は島田氏には、実家で受験に専念することができない、ある事情があったのだ。

「当時彼女と同棲していたんです。だから実家には戻れないし、生活のために働かなければならなかった。あくまでも受験がメインのはずだったのですが、生きていくためには仕事がメインになりますよね。勉強を続けながら契約社員として1年間働きました。残念ながら、その彼女とは別れましたが(笑)」

 大手通信会社代理店の営業は、法人に飛び込み営業をかけて携帯電話を売るのが仕事だ。「御社はどこの携帯電話を使っていらっしゃいますか?」、「当社の回線でこうしたシステムを組んだら安くなりますよ。切り替えませんか?」。そのやりとりで1日に50〜100社に飛び込み営業をかけた。その大手通信会社代理店の営業研修で学んだのが「まず、相手のメリットを伝えること」だ。

「それが司法書士になってからものすごく活きていて、今の糧になっています」と話す。

 1年間営業の仕事をしながら受験勉強を続け、島田氏は3度目の挑戦で晴れて司法書士試験に合格した。

「1回で受かるつもりだったのに2度落ちました。2回目は、合格基準点はクリアしていたのに総合点が足りなかった。自分では受かったつもりだったから、かなりショックでしたね。合格した年も、本試験終了後に『これは受かった!』と騒いでいたのですが、フタを開けてみたらボーダーラインまで1点しか余裕がなかった。2年目と紙一重だったんです(笑)。

 それでも3回目で合格できたのは、崖っぷちだったからです。プロ野球選手に挫折して、仕事は契約社員。『男なら家庭くらい守れよ』と思っていたので正社員にならないといけない。もう逃げられない、やるしかないという思いが合格につながりました。でも今の日本では正社員になってもなかなか給料は上がりません。自分で起業するしかないと強く思いました」

 営業で培った「相手のメリットになるサービス、人の役に立つサービス」。そして「起業したい」という夢を胸に、島田氏は司法書士の世界に飛び込んだ。

すべてが綱渡りの開業当初

 島田氏が司法書士試験に合格したのは23歳。世間で言う「まだまだ青い」年だ。

「とりあえず資格を取ったらすごく楽しいんだろうな。そんなイメージしかなくて、司法書士だから登記をやりたい、合併もやってみたい、なんて浮かれてました」

 大手司法書士事務所で実務経験を積んでから起業しようと、当時福岡で最も大きいと言われる司法書士事務所に入ろうとしたが、なんと最終面接で落とされてしまった。

「がく然としました。とにかく就職するならその事務所しか考えられませんでしたから。でも落とされてしまったんです」

 まさか自分が落ちるなんて……。ショックはかなり大きかった。モチベーションというものは、突き詰めればだいたいが愛情か復讐に行きつく。「それなら自分で事務所を作って超えてやる」。島田氏は自身にリベンジを誓った。

「それが私の独立の動機です。実務経験もないし、やってやろう、って気持ちだけでした」

 当時まだ23歳、実務経験はゼロ。事務所をどこに借りようか、どこに営業をかけるべきか、ひたすら考えた。とりあえず事務所のロケーションは福岡の中心地に決めたものの、人を雇うことなどできない。そこで秘書付きのレンタルオフィスを借りて電話を取り次いでもらい、事務所の体裁を成り立たせた。2012年3月3日のことだった。

「その時借りたのが福岡市中央区天神の富国生命ビル15階にある3坪のレンタルオフィスです。そこで司法書士事務所オフィスワンを開業しました。

 開業資金ですか?銀行に行っても、23歳で担保はないし実務経験もないのでお金は借りられません。そこで、自分が持っているすべての金融機関のカードをATMに差し込んで、カードローンなどで200万円を借りました。それが私の開業資金です。レンタルオフィスは月20万円、同棲中の生活費も出してましたから、あまりにも無謀、無計画ですよね」

 それでも、不動産登記を受託すべくひたすら毎日、銀行、不動産会社、税理士事務所に飛び込み営業をかけていた。すると運良く、開業1ヵ月目に売上80万円を稼ぐことができた。「この仕事、楽勝!」と調子に乗って車を購入。しかし2ヵ月目は売上5万円、3ヵ月目は売上8万円にしかならなかった。

「5ヵ月目には残高が2,020円になって、ああもう潰れるな、来月潰そう、と思っていました。それでも飛び込み営業だけはずっと続けていて、9月になりました。9月は銀行の半期決算があります。その時、300万円の売上が出たんです。これで何とかいけると胸をなで下ろしました。そこからやっと動き始めた感じです。今思えば、開業した3月の売上80万円は、ちょうど決算期だったから駆け出しの司法書士にも仕事が回ってきただけだったんです」

 それからは人を雇い、人を増やしてはまた飛び込み営業に行く時間を増やし、その繰り返しの中で、人員も売上も伸びていった。

「お金も綱渡り。やったことのない実務は同期に教えてもらいながらの綱渡り。すべて綱渡りでした」

 その後、飛び込み営業で獲得した不動産登記は、事務所の収益の柱として大きく成長していった。

新たなビジネスモデルでの失敗

 開業5ヵ月目に残高2,020円。そこから経営戦略を真剣に模索するようになった島田氏は、開業初年度から人を雇い、3人目には司法書士を採用しようと考えた。

「事務所を作る時はないものねだりで、自分にないものを取り入れようとします。私は営業タイプなので、私と真逆の実務タイプを採用しようと思いました」

 その時採用したのが、現在ナンバー2の副社長、司法書士の三ヶ㞍勇輝氏である。三ヶ㞍氏が入ってくれたので、創業1年後には司法書士2名、スタッフ1人となり事務所を法人化することができた。個人事務所から司法書士法人オフィスワングループという新体制になったのである。3人で「今月は売上200万円をめざそう!」とワイワイやりながら、銀行から融資を受け、Webサイトや広告を作成して、販促にも投資をはじめた。

 福岡の中心地・天神にはリベンジを誓った100人規模の事務所がある。それなら郊外で勝負に出よう。この戦略で地元大野城市に10坪ほどのオフィスを開設したのはこの頃だ。当時、島田氏はある考えを持っていた。

「登記は不動産会社などから依頼される仕事のため、先の見通しが立てにくいんです。せっかく国家資格を取ったのに、下請け的に依頼を待っているだけ。そこに違和感を持っていました。自分たちでコントロールできる仕組みを作りたいと思い、ひらめいたのが住宅の購入などを考える人の入口となる「住宅相談所」です。今では不動産会社が同様の展開をしていますが、当時、あれと同じようなことをやろうと、銀行から2,000万円を借入れて勝負に出ました。ところが、4ヵ月でその2,000万円がなくなって閉鎖です」

 入口を押さえて、川上から展開すれば、紹介手数料も稼げるし、他の司法書士事務所との差別化にもなる。業界の新しいビジネスモデルとして完璧なはずだった。それがわずか4ヵ月で閉鎖の憂き目に遭ったのである。

「敗因は、登記がBtoBなのに対して、住宅相談所のモデルがBtoCだったことです。私たちはBtoBとBtoCのキャッシュイン、キャッシュフローの時間軸の違いを知らなくて、入金までかなりの時間が必要でした。もちろんBtoCの集客ができなかったこともあるし、住宅相談事業自体を大手がやっていなかったので、マーケットが組成されていなかったこともありました。資金繰りと時間軸、マーケット、全部足りなかった。それが敗因でした。まず一回閉めて、もう少し体力をつけようと、登記と相続の足固めをすることにしたのです」

 苦しいときもあれば楽なときもあり。人生はその繰り返しだ。この苦い経験は、今の経営を行う上で大きな教訓となって活かされている。しかもこの苦しい時期を超えると、ラッキーな出来事が起こった。不動産登記の地固めに動き始めたまさにその時、クライアントから「東京に進出する。案件は全部任せるから一緒に東京に来て」と誘われたのである。

 こうして2014年4月、念願だった東京オフィスを出すことになった。それに際してはもちろん東京にも司法書士を1名置かなければならない。その時、Wセミナーの中大駅前校の自習室で隣で勉強していた仲間を思い出した。連絡して近況を尋ねると、「就職先を探してる」という。「それならうちで働いてください」と、いきなり東京支店長に抜擢した。

「その方は司法書士としてきちんと案件をこなしてくれましたが、安定しているだけでは事務所の成長は難しく、人も増えません。自分は福岡に専念して、東京はその方に任せようと思っていたのですが、変化がない状況のまま2年目を迎えました。福岡がまだ組織として完成していなかったので、私は離れることができなかったのです。これではいけないと思い、福岡を組織として成長させて、20人ぐらいになった段階で三ヶ㞍に福岡を任せて、『僕は東京に行きます』と宣言しました。2016年12月のことです」

 上京後、本店を東京に変更して、事務所を代々木に移転。島田氏の生活の拠点も東京に移した。こうして東京での営業を本格化すると、福岡では人材が育ち、東京は激戦区の中でスタッフ10人へと成長することができた。

 その後、大阪、広島でオフィスを開設。2018年4月には、スタッフが沖縄に移住するタイミングで沖縄オフィスを開設し、現在国内5拠点となっている。

「とんとん拍子に来ていますが、本当に私は運だけで生きてるんです」と、島田氏は綱渡り人生を笑った。

士業ではなく「問題解決事業」

 不動産登記と相続対策。そして、拠点展開と並行して、新しく始まった業務もある。いま話題となっている民事信託だ。2015年頃から増え、現在80組近くの顧客を獲得。業務の柱のひとつになっている。「民事信託といえばみつ葉グループ、と言われるような実績を残していきたい」と、島田氏も意欲的だ。

 登記と相続をメインに、民事信託は相続の一貫として相続信託に取り組んでいた2017年、業界では債務整理専門の司法書士事務所の撤退や解散が起きていた。2018年1月、解散した事務所で働いていた司法書士が入ることになり、何をやりたいのかを聞くと「債務整理をやりたい」という。そこで債務整理部隊を組成したところ、これが大ヒットして、現在債務整理部隊は40人の大所帯になった。

「今の3つの柱は、登記という本業に、まさに時代の流れに沿った相続と民事信託、そして債務整理ビジネスです」と、多角化した事業をアピールする。

「当社の強みは集客です。集客とは案件数。不動産登記はネット銀行の住宅ローンに関連した登記、商業登記は提携している全国50社の税理士事務所から毎月50件の案件が来ます。相続案件は金融機関と業務提携しているので、銀行のお客様に相続が発生する度にご紹介いただける仕組みを作ってあります。

 民事信託は、相続対策の一貫として生前に使われるものです。家族同士で信託契約を行いますので、家族信託とも言います。司法書士にとっては登記とは違い、クライアントに提案やコンサルティングをしていくことになります。正解がない業務なので、司法書士としてのやりがいはものすごく大きいと思います」

 人生の最後の相続を、生前対策含めて全体的にコーディネートしていく。それは毎年見直しも必要になる、長く続くサポート。まさに「人生のコンサルタント」と言っていい。

 「今、グループの業務については、『士業の仕事』という捉え方はしていません。私たちの本当の目的は、『悩んでいる人の問題を解決する』ことに集約されます。ですから、今私たちの事業ドメインは、士業ではなく『問題解決事業』と捉えています。そう捉えると、毎年いろいろなニーズが出てくるんです」

 このビジョンの元、2017年末に、事務所名をみつ葉グループに変更するとともに、グループ全体をホールディングス体制に変更し、士業グループとしての体制を強化した。

「例えば、税金で悩んでいるなら、グループの税理士事務所が解決にあたります。相続登記で複雑なものがあるなら、グループの司法書士法人がご相談に乗ります。悩みを解決するための手段として士業を活用していく。これが今の私たちのコンセプトです」

2022年、マザーズ上場をめざす

  問題解決事業を標榜する組織は、司法書士法人から始まり税理士事務所、行政書士法人、土地家屋調査士事務所と士業グループを増やしてきた。債務整理への参入は、多角的だからこそ利用価値が生まれるビジネスと、島田氏は指摘する。

「債務整理ビジネスを始めたのは、先を読んでのことでした。現在のマイナス金利は2~3年で終わるでしょう。その時住宅ローンの破綻が増えると予想されます。そうなると中古住宅市場が活性化して、登記ビジネスも活性化すると考えています。そこで登記事業の柱をさらに大きくできるのではと考えたのです。今のうちに債務整理で情報収集しておいて、相続、登記と並ぶ柱でみつばグループ全体のさらなる成長をめざそうというものです。

 現在、信託会社設立をめざして免許申請をしています。信託会社は不動産仲介ができるので、債務整理で不動産の売却を考えはじめたお客様に『信託会社に預けませんか』と勧めることができるからです。

 ここで重要なのが『お客様の財産を預かるとき、どこで信頼性を担保するか』。そこで2018年に信託会社を設立し、4年後の2022年に東証マザーズに上場しようと考えました」

 社名変更・体制変更はこのビジョンを見据えてのものだった。みつ葉グループの「みつ葉」には「世のため、人のため、自分のため、三方よしの未来を創る」というビジョンを込めている。広告事業と人材派遣事業の株式会社みつ葉グループ、司法書士法人みつ葉グループ、行政書士法人みつ葉グループ、税理士事務所みつ葉グループ、土地家屋調査士事務所みつ葉グループが、それぞれのシナジー効果でワンストップサービスをめざす。三方よしの精神がグループ全体に行き渡り、さらには世の中に広がっていくことを、島田氏は願っている。

IPO後は周辺事業領域を拡大

 現在みつ葉グループは、株式会社みつ葉グループのスタッフが80名、司法書士法人19名、行政書士3名、税理士1名、土地家屋調査士1名の陣容で、総勢100名を超えるグループに成長した。以前は人を増やして規模を拡大することにこだわっていた時期もあったが、今は必要に応じて人が増えればいいと考えている。

「資格者以外、スタッフ部門はパラリーガルも含めて全員株式会社みつ葉グループでの採用・所属です。士業組織には資格者しかいません」と棲み分けも明確にされている。

 2016年からは採用専門サイトをオープンし、2017年には新卒採用一期生1名が誕生した。2018年には二期生2名が入社、2019年4月には3名が入社する予定だ。 「2018年入社の1人にはIPO準備のサポートをしてもらう予定です。もう1人には相続サポートを担ってもらいます。その人その人に応じてやることを変えていけるのが中小企業の魅力ですね」

 新卒だけではなく、みつ葉グループでは、引き続き士業をめざす受験生を採用していく方針だ。島田氏自身の経験から「実務をしながらの受験は合格への近道」という思いがあるからだ。

「人を増やすことが目標ではありません。問題解決事業ですから、『これ、おもしろそうだね』という分野を毎年お手伝いしていきたい」と、抱負を語る。

 2019年に新しくチャレンジする分野は、入管法(出入国管理及び難民認定法)改正に伴う「外国人ビザ申請サービス」。大量のビザ申請で行政書士法人みつ葉グループが大活躍する年になると、島田氏は意気込む。ビザ申請が攻めの部分であれば、守りの部分は「ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)」の取得にあるという。

「士業の事務所は個人情報の取り扱いが多いのに、情報に関するリテラシーが非常に低いのではないでしょうか。士業事務所でISMSを取っているところはほとんどありません。ですからISMSの取得は、金融機関から仕事依頼を受けるときにひとつの差別化になると考えています。」

 拠点としては、現在の5拠点に札幌・仙台・名古屋を加え主要8都市をめざす。100人体制になって、リベンジを誓った福岡の司法書士事務所の規模には既に追いついた。

「あとは4年後の上場ができれば、ひとつの完成ですね」と、顔をほころばせる。

 2022年のIPOのための準備と採用に余念がない島田氏に、司法書士という資格をどう捉えているのかをうかがった。

「資格を取らないと何も始まらなかったですね。以前、大手通信会社代理店の契約社員だった頃は、飛び込み営業をしてもほぼ門前払いでした。ところが今、『司法書士の島田です』と言って入っていくと、社長が出てくるんです。この違いはすごすぎます。それだけ国家資格というものの信頼性や安心感は圧倒的なんですね。23歳で独立して、人生がそこで180度変わりました」

 IPO後はM&Aを繰り返し、周辺領域の事業を拡大していき、最終的に弁護士、司法書士、税理士、行政書士など士業の仕事につながるような事業展開を考えているという。

「そうすれば、がんばって資格を取った人たちの仕事を増やせるじゃないですか。せっかく資格を取ったのに仕事がなくて廃業なんて悲しいことがないようにする。それを見据えてのIPOですから、士業の仕事につながる仕組みを作っていきたいですね」  今後、士業の世界を切り開くのは、島田氏のような大志を持って「業界の役に立ちたい」と思う若者だろう。だからこそ、受験生には多くのことを伝えたいという。

「モノより経験です。モノには価値はなくて、経験にこそ価値はある。今の受験という経験は、おそらくあなたの人生で大きな価値があるはずです。

 資格を取ったあとの道には、2つの選択肢があります。1つは私のような総合化をめざしていく道、もう1つは専門家としてやっていく道です。総合化か、専門家か。これはすべての士業に言えることです。総合化をめざすにしても、今はお客様のニーズがかなり多様化していて、求められるサービスレベルもより高度なものになります。全分野をやりたいという合格者は多いんですが、現実的には中途半端になりがちです。ですから最初はいろいろやってみて、この分野がおもしろそうだと思ったらそこを極めていく。そのほうが、今後の士業としてはすごく重宝されるのではないかと思います。

 私たちを取り巻いている世界はビジネスの世界ですから、受験生には資格を取るだけでなく、ぜひビジネスを考えてほしい。ビジネスがわかる人は、より資格が楽しくなるし、強くなれる。だから『資格にとらわれるな』と言いたいです。受験勉強中は、とにかく資格がほしいという気持ちでいっぱいだと思います。でも、合格したあとは、そこから外れてビジネスを考える。すると本業の周辺領域にはチャンスがたくさんあることが見えてきます。そこをいち早く捉えられる人が一気に伸びる。そこから人生は変わります」

 30歳という若さで100人を超えるみつ葉グループを作り上げた司法書士・島田雄左氏は、2022年の上場を見据える。士業だからこそ嗅ぎ分けられる潜在的な需要を事業へ。それは「士業の多角化」のひとつに他ならない。島田氏は、将来への危機感を持つ受験生が多い今、資格の枠を超えて広がる可能性を示してくれている。


[TACNEWS|日本の司法書士|2019年3月号]

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